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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――09 治療士として友人として2


「お前らは帰っていい」


 セルナをベッドに座らせたシンと、そのそばにいる新人に向けて私は言った。

 それを聞いて、新人があからさまに慌てる。


「でも、俺の所為ですし、心配ですし」

「マドリックは普通の人間より自然治癒力がある。これぐらいで死にやしない」

「それでもせめて、治療が終わるまではここに――」

「あらエリク、意外と大胆なのね」


 食い下がる新人にセルナが言った。


「え」と新人がなんのことだとでも言うようにセルナを見る。

「だけど流石に治療しているところを見られるのは恥ずかしいかしら」


 セルナの両手で体を抱くような仕草を見て新人は、はっとすると顔を一気に赤くした。


「ち……! 違います! 俺は外で――」

「はいはい」言葉を遮ってシンが新人の肩を抱く。「むっつりエリクくん、帰るぞ」

「だから違いますって……! 俺はそんなつもりで――」


 シンは必死に弁解をしようとする新人の背を押すと、扉付近でこちらを一度見て笑みを浮かべてから部屋を出て行った。


「若い子をからかっては可哀想ですよ」


 二人の気配が離れたところで、デボラがセルナの衣類のボタンを外しながら言った。それが冗談めかした口調だったのは、セルナが気に病む新人を気遣って茶化したのだとわかっているからだろう。


「あら、デボラだって現役のころはよく隊の男の子をからかっていたじゃない」


 その冗談に乗るようにセルナが言う。その顔に笑みは浮かんでいるものの、先ほどよりは力がない。


「私は年齢関係なく、殿方をからかうのが好きですから」

「そういえばデボラって隊でモテてたわよね」

「当時は女性が少なかったですからねぇ。なかなかにちやほやといい思いをさせてもらいました」

「それでも本当、誰とも付き合わなかったわよね」

「隊内で付き合うと別れたときに気まずいですから。それに私、理想が高いですし」

「そういえば昔にそんなこと言ってたわね」

「くだらん話をしてないでさっさと準備しろ」


 決して手は遅まっていないのだが、話の内容がどうでもよすぎてつい口を出してしまった。それにデボラがいつも通り「はいはい」と軽い返事を返してくる。

 私はため息をついて、デボラが用意した別のタライで手を洗う。その間、部屋の入口に立つフラウリアが視界の端に映ったが、特にかける言葉が思い浮かばなかったのでなにも言わずに手を拭いてからそばに置いてある手袋をはめた。手袋は解剖のときに使う死検士(しけんし)が身に付けるものと同じものだ。これは弾力性のある珍しい素材で作られており、防臭や抗菌など魔法で特殊な加工もされている魔道具でもある。外部には出回っていないものだが、私は特別に持つことを許されていた。

 本当なら生きている人間の皮膚を縫合するぐらいなら手袋は必要ない。腐臭がつくわけでもないし、手を清潔にするだけでも十分だ。だが、これをつけていたら少しは記憶が視づらくなる。私の能力は魔道具や魔法などで防げるものではないが、それでも直接、触れるよりはなにかを介したほうがすぐには視えない。

 デボラは手際よく傷口を洗浄してセルナを伏せて寝かせると、汚れた衣類やらタオルやらとタライを一つ持って部屋を出て行った。

 私はベッドそばの椅子に座って、傷口を見る。デボラは几帳面な奴なので傷口になにか残っていることはないだろうが一応確認する。


「傷口がガタガタだ。たくっ安物で切られやがって」

「それ……私のせい?」

「怪我は全部自己責任だ」

「厳しいわね……」


 先ほどよりは明らかに声音に力がない。傷口を開かれてはいつもの元気は出ないらしい。いや、先程までも大分、やせ我慢をしていたのだ。アホみたいに明るいこいつだって痛みを我慢して笑うのは辛い。だから普段もシン以外の人間を連れてくることはないのだが、おそらく今日はあの新人が付いて来ると言って聞かなかったのだろう。

 傷口を検めてから針と糸を持ち縫い始める。

 それから手元に集中していると、背中に視線を感じた。フラウリアだ。


「フラウリア。終わるまでどこかにいてくれないか」


 部屋にいるだけならいいのだが、強い意識をこちらに向けられると流石に気が散る。


「はい。すみません」

「謝らなくていい。終わったら呼びに行く」

「はい」


 本当は先に寝てろと言いたかったのだが、それを言ったところでセルナが心配で素直に聞きはしないだろう。

 背後から扉が閉まる音がすると、セルナが小さく体を揺らした。


「なにがおかしい」

「ベリト……丸くなったなあと思って」

「別に、変わらんだろ」


 あいつに対してはいつもこんなものだと思うが……。


「そんなことない……先ほどだって以前の貴女ならきっと『邪魔だから帰れ』の一言だったわ」


 先ほど? あぁ、新人のことか。確かに、言われてみればそうかもしれない。以前の私なら食い下がる新人に苛ついて恫喝していただろうし、少しでも安心させるためにわざわざ『マドリックは自然治癒力が高い』だなんて説明もしなかった。なんというか自分でも自分らしくないと思う。もしかしたらフラウリアにはなるべく言動を和らげるよう気をつけているからその影響なのだろうか――そんなことを思っていると。


「フラウリアのお陰かしらね……」


 セルナが似たようなことを言ってきた。


「減らず口を叩くな」


 心の内が読まれた感じがして、その気恥ずかしさからついキツめに言ってしまう。


「減らず口ぐらい許してよ……私が痛みに弱いって知っているでしょう……?」

「根性がないだけだろ」

「そこは敏感って言ってほしいわね……」


 そこで会話が途切れた。傷口を押さえながら縫合を進める。長いこと触れていたらもう手袋も意味をなさない。押さえた指先から感情が流れ込んでくる。流石に痛みなどの感覚そのものは伝わってこないが、痛みを感じることによって生じる感情は伝わってくる。これまでもこいつの治療をする度にこれを視させられているが、何度体験しても気持ちのいいものでも慣れるものでもない。


「……今日は、怒らないのね」


 短い沈黙のあと、セルナが口を開いた。たとえいつもの元気がなくとも、お喋りなのは変わらない。まぁ、痛みを紛らわすためなのもあるだろうが。


「なにが」


 そのお喋りに付き合うのもいつものことだった。

 普通なら静かなほうが治療に集中できるのだろうが、私の場合は違う。治療し始めはそうでも、今はもうこいつから感情が流れ込んできている。痛みから生じる感情が私の中をかき乱そうとしている。それをこいつの痛みと同じく無駄話で紛らわしたかった。


「彼を庇ったこと」

「言ったって無駄だろ」

「諦められるのも少し寂しいわ」

「面倒くさい奴だな」

「今ごろ気がついた……?」

「最初からそう思ってる」

「見る目あるわね」

「見る目もなにも、出会った当初に視るように煽ってきたのはお前だろ」

「そうね……そうだったわね。あれからもう九年か……早いものね」


 ……そうか。九年になるのか。

 壁近(へきちか)にいた私の前にセルナが現われてから。


「あのときお前を殺していたら、こんなことにはならなかったんだがな」


 私の皮肉にセルナが小さく笑う。

 九年前のあのとき、セルナは自分の治療士にならないかと私を誘いに来た。

 だがセルナは最初、それを言わなかった。ただ役所に届けられた身元不明遺体の損傷具合に違和感を覚え、それを回収して届けた死体回収人を追ったらここに辿り着いたとだけ言った。それは壁区(へきく)で野垂れ死んだり殺されたりした人間を解剖に使ったあとに回収人の知人に片付けてもらっていたものであり、私はこいつが自分と知人を捕らえに来たのだと思った。

 だから――殺そうとした。

 そう。私は殺そうとしてこいつに触れたのだ。

 そして視てしまった。

 こいつの心の色を――根原色(こんげんしょく)を。

 雲一つない空のような青色を。

 そして気づく。

 まるで天啓のように気づかされる。

 あの色は、星王家(せいおうけ)根源色(こんげんしょく)だ。

 星王家(せいおうけ)の始祖から脈々と受け継がれてきたその血の本質だ。

 一介の村人から一国の王にまでなった、その人柄で多くの人を魅了し愛されたといわれる稀代の神星(しんしょう)魔道士、初代星王(せいおう)ルーニア・セレンの色だ。

 そしてセルナはあの血筋の根源を一番、強く引き継いでいる。

 あいつの兄や親族の心を視たことはないが、それはわかる。

 今代で何人もが持ちえる色でないことは私にはわかる。

 それを視せられたとき、私はこいつから手を離していた。

 殺意が一気に削がれ落ち、殺すことが出来なくなった。

 こいつは私が今まで手にかけてきたごろつきとは違う。

 暗く淀んだ同じ色を持ったあいつらとは違う。

 唯一無二の色を持つ。

 言うなれば、王の器を持つ人間だ。

 無能者(マドリック)でさえなければ、王にすらなっていたかもしれない人間だ。

 私がここで摘み取っていい命ではない。

 私なんかが、手にかけていい存在ではない。

 ――そう、不本意ながらにも私はこいつの根源色(こんげんしょく)を視て敬服させられたのだ。


「そうだった……私、貴女に殺されかけたんだわ」


 言葉とは裏腹に愉快そうにセルナは言う。


「私の気まぐれに感謝するんだな」

「気まぐれ……? 殺せなかっただけでしょう……?」

「どうして、そう思う」

「だって私、魅力的だし」


 おどけるように、それでも本気でセルナはそう言った。

 ……全く、その自信はどこから湧いてくるものか。

 そのくせ困ったことに、こいつの言うことはあながち間違いではないのだから困る。

 結局のところ初めてセルナに触れたとき、私はこいつの心の色に魅せられたのだ。

 そしてあのときのセルナは私の能力について記憶が視られることと、触れて人を殺せるかもしれないということだけを知っていた。そう、触れさせたら死ぬかもしれないということをこいつは知っていたのだ。

 それでもこいつは私に自分を触れさせた。

 自分の記憶を視せて、敵ではないことを伝えるために。

 手っ取り早く私の警戒を解くために。

 私を治療士にするという目的のためだけにこいつは自分の命を賭けたのだ。

 もちろん最初から殺されない自信があったのだろうが、それでも並の神経で出来ることじゃない。

 どう考えてもまともではない。

 理解もしがたい。

 それなのに若気の至りというか、若さ故の過ちというか、そんなところにも私は興味を惹かれてしまった。

 面倒くさいマドリックの治療士なんて引き受けてしまったのはその所為もある。

 だとしても『そうだな』なんて死んでも言えるわけがないわけで。


「言ってろ」


 だから冷たくそう返すと、それでもセルナは楽しそうに小さく笑った。



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