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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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139/203

大陸暦1977年――09 治療士として友人として1


「どうかされましたか?」


 フラウリアが不思議そうに訊いてきたが、それに答えず視ることに集中する。

 ……四人だ。三人はよく知った気配。一人は知らない。


「ベリトさま――」


 私を呼んですぐ、フラウリアも窓を見た。馬車の音が聞こえてきたからだ。

 それで状況が読めたのだろう、確認するようにフラウリアがこちらを見てきたので、うなずいて見せる。

 全く、噂をすればなんとやらってやつか――そう思いながらソファから立ち上がり部屋を出る。それから急いで一階に下りて仕事部屋の明かりをつけた。

 普段、軽傷なら護衛と二人。それ以上なら手伝いを入れて三人だ。重傷なら私が呼び出される。しかし四人で来たのはこれまでに一度もない。本人の気配は普段よりも若干弱まってはいるが、それでも重傷のときほどのものではない。つまり四人目は多く手が必要で付いてきているというわけでもなさそうだ。

 馬車は家の前で停車すると、少しもしないうちに仕事部屋の扉が開いた。夜の静寂に、リンリンと高い音が鳴り響く。


「はぁーいベリト。こんばんわ」


 来訪者――セルナがいつも軽い調子で挨拶をしてきた。しかし人の肩を借りて微笑んでいるその顔はいつもより少し強張っている。服装もいつもより身軽で手足の防具や外套がいとうなどのマントは身につけていない。

 ざっと体を見れば、腰辺りに服の上から包帯が巻かれていた。その包帯、右脇腹の後ろ辺りには血が滲んでいる。


「準備してまいります」


 そう言って横をすり抜けたのはデボラだ。手が必要な場合はここに来る前にこいつを連れてくるようにしてもらっている。だから軽傷以上の場合は三人でやってくるのだが今日はもう一人、見たことがない顔がいた。そう。最初から視えていた知らない気配はこいつだ。おそらく十代後半ぐらいだろうその若い男は、セルナたちの後ろで視線を泳がせながら申し訳なさそうな顔で縮こまっている。


「立って出迎えてくれるなんて珍しいじゃない」

「いや、初めてじゃね?」


 セルナの言葉に反応したのは肩を貸している男――シンだ。こいつはセルナの昔からの友人の一人で、セルナが怪我をしたときは大抵こいつが付き添ってくる。


「なんだよベリト。ツンツンだったお前もついにルナにほだされちまったのか?」


 シンが年齢にそぐわない悪ガキのような笑みを浮かべて言った。


「別に出迎えるために立っていたわけじゃない。二階から下りて来たばかりで座る暇がなかっただけだ」

「それでも急いで下りて来てはくれたみたいじゃない?」


 シンに続くようにセルナが突いてくる。確かに急に動いて少し息が上がってはいるが、端からみたらわからない程度のものだ。それなのにそれに気づくとは本当、こいつは目がいいというか目ざといというか。


「くだらんこと言ってないで傷を見せろ。脇腹から後ろにかけてか」


 後ろに回ると、セルナが見やすいように腕を横にあげた。


「えぇ」

「獲物は」

「ダガーね」

「ったく、今日は軽賭場の取り締まりなんじゃなかったのか」


 軽賭場とは犯罪組織の息が掛かっていない、そして大きな金も動かない賭博場のことだ。

 セルナの部隊、碧梟の眼(あおふくろうのめ)は凶悪事件への対処や対犯罪組織が主な業務だが、軽犯罪を全く扱わないわけではない。近年は隊員不足を補うために新人教育にも力を入れており、その新人教育の一環として危険が少ない小さな捕物で実践を積ませたりしている。今日の軽賭博の取り締まりにしてもそうだ。たとえ荒事があったとしてもせいぜい抵抗されるか逃げる輩をとっ捕まえるぐらいで、賭場の護衛の腕もたかが知れている。そんな奴らにこいつが後れを取るわけがない。まだ未熟であった昔ならともかく、今やセルナの腕は星王国一(せいおうこくいち)の騎士と謳われる星王(せいおう)王勅騎士(おうちょくきし)と並ぶぐらいのものだ。そんじゃそこらのごろつきが何人、束になろうと適う相手ではない。


「まぁ、そうなんだが」シンが苦笑を浮かべる。

「お、俺の所為なんです」


 そう言ったのは後ろにいた若い男だった。


「俺を、庇ったから」


 まぁ、そうだろうな。それはこの若い男――新人の様子からして聞かなくともわかっていた。そして近年、こいつが怪我を負った状況には必ずなにかしら新人が関わっている。自分の所為ではなく他人の所為でこいつは負傷しているのだ。その度に私は何度も言ってきた。治療魔法が効かないマドリックが、魔法が効く奴を気にかけて怪我をするなんて馬鹿なのかと。お前と違ってほかの奴らは魔法で治せるのだから気にかけたり庇う必要はない――自分の身を優先しろと。それなのにこいつは全く聞く耳をもちやしない。挙句の果てに『体が勝手に動くのだから仕方がないじゃない』と開き直る始末だ。

 そのこれまでの積み重ねがあったからこそたとえ状況が読めていても、同じことを繰り返すセルナへの苛立ちから、遠回しにでも新人を責めるような言葉を口に出さずにはいられなかった。

 包帯をずらして傷口を見る。


「当番の治療士が深くはないって言っていたが」


 シンの言う通り傷口はそう深くはない。だが横に薙ぐように切られたのだろう傷口の範囲は広い。まぁ、それでも。


「そのようだ。内臓には達していない」

「そうか」


 シンが安堵するように息を吐く。新人の手前、顔には出していなかったが心配ではあったのだ。


「止血薬は飲んできたな」

「えぇ」セルナがうなずく。

「準備ができました」


 デボラが家側の入口でそう言ってきた。そのそばにはフラウリアの姿もある。先ほどデボラと一緒に気配が離れたので手伝っていたのだろう。


「こんばんわフラウリア。ごめんね。夜中に騒がせちゃって」

「いえ」


 フラウリアは精一杯の微笑みを浮かべて頭を振ると、シンに肩を借りたまま家の中に入っていくセルナの背を心配げな眼差しで見送った。



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