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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――09 夜更かし


「明日は休みなので、今日は少し夜更かしをしてもいいですか?」


 夜、自室のソファでくつろいでいると、話が途切れたところでフラウリアがそう訊いてきた。


「別に私に許可を得るものでもないと思うが」

「でもベリト様、私の就寝時間をいつも気にしてくださるので」


 確かにこいつが寝る時間が近づいたら『そろそろ寝ろ』とか『寝なくていいのか』とか言ってしまってはいるが……。


「それをこの間アルバさんにお話ししたら、ベリト様のこと『お母さんみたいだな』って言っていました」


 そのときのことを思い出すように、フラウリアが笑う。

 だれが母親だ。年齢的にせめて姉だろ、と思っていやいやそれも違うだろうと自分に突っ込みを入れる。そしてふと思う。そういえば普段からこいつには色々と言ってしまっている気がするなと。

 友人たちと出かけるときにはいつも『一人になるなよ』とか『日が暮れる前に帰れ』とか『知らん奴には付いていくな』などと言い聞かせているし、食事のときには『お替わりはいらないのか』とか『もう腹は満たされたのか』とかつい訊いてしまうし、夜に早く部屋にやってきたら『ちゃんと温もったのか』とか『早く風呂をあがると湯冷めするぞ』とかも言って…………いや、母親か。

 どうやら私は自分でも気づかないうちにフラウリアに対して過保護気味になってしまっていたらしい。そして反省する。こいつも子供ではないのだ。自分の面倒は自分で見られるし、以前のように気持ちが先走って一人で無茶をするようなこともない。あの事件で自分本位な行動がどれだけ回りに迷惑をかけ、心配をさせてしまうのかをこいつも身に染みてわかっている。それなのに本人が自覚しているものをしつこく言われたら、自分なら鬱陶しい。

 今後は言い過ぎないように気をつけよう――そう思っていると。


「流石に私はベリト様のことをお母さんみたいだと思ったことはありませんが、でもそのように色々と気にかけてくださるのはとても嬉しいです」


 とフラウリアが言ってきた。


「……嬉しい、のか?」

「はい」微笑んでうなずく。

「本当に?」

「はい」


 確認する私をフラウリアは微笑みを浮かべたまま不思議そうに見てくる。嘘を言っているような感じはしない。そもそもこんな嘘をつくような奴でもない。こいつは心からそう思って言っている。……それならば別に、私も気にする必要はないか。とはいえ今以上に言わないようには気をつけるが……これ以上は流石に口うるさく思われるかもしれないし――……そのように思って私は内心で苦笑した。

 人にどう思われるかを気にするなんて本当、らしくない。


「で、なんだ。夜更かしって読み進めたい本でもあるのか?」


 たまにこいつはベッドに入ってからも本を読んでいることがあった。そういうときは魔灯(まとう)を消さずに私は仕事部屋に下りるのだが、就寝時間が過ぎるとこいつはいつも必ず眠りについている。それは自室の魔灯(まとう)の反応が消えていることでわかる。

 そのように規則正しい生活をしているこいつのことだ。わざわざ夜更かしをしたいと言ってくるってことは、読みたい本でもあるのだろうと私は思った。そうに違いないと思い込んでいた。


「いえ。今日は私の戻りが遅かったので、もう少しベリト様とお話がしたいなと」


 だからにこやかにこう返されて、私は意表を突かれた。


「――そうか」


 それでもなんとかいつも通りに返したものの、視線は内の動揺を表わすように自然に横へと流れてしまっていた。それも仕方がないだろ、と内心でなぜか切れ気味に自分を擁護する。いつもより私と一緒に過ごす時間が少なかったからそれを取り戻すために夜更かしがしたい、とこいつが思っているだなんていったい誰が思い至る? それを唐突に恥ずかしげもなく伝えられたら誰でも動揺はするだろ。いや、フラウリアが私の立場なら普通に喜びそうだが。ほかにも私の回りにはこうなりそうな奴が一人もいないが――……なんだ? 私が異端なのか?

 なんか納得のいかない気持ちになりながら横目でフラウリアを見ると、こいつは微笑ましそうに笑っていた。


「……そう言うからにはなにか話題があるんだろうな」


 気持ちを誤魔化すようについぶっきらぼうに言ってしまった私にフラウリアはまた笑うと「そうですね……」と考えるように首を傾げた。


「素朴な疑問なのですが、ベリト様はルナ様のために夜に待機されているじゃないですか」

「あぁ」

「ルナ様の部隊は夜がお仕事時間なのですか?」

「そんなことはない。あいつの部隊も守備隊と同じく二十四時間体制は取っている。ただ、捕物をするのが夜間に多いってだけだ」

「それはどうしてなのですか」

「まぁ、夜のほうが一般人を巻き込む可能性が低く目立たず動きやすいのもあるだろうが、一番の理由は犯罪者側が日中を嫌うからだろうな」

「日中を嫌う……」フラウリアが口許に手を当てて考える仕草をする。「それはお日様の下では犯罪行為がしにくい、という心情が働くとかなのでしょうか」

「犯罪心理については私も明るくはないので明確な答えは示せないが……そうだな。お前はどうなんだ」

「私、ですか」

「もしもだが、盗みをするとしたら日中と夜間、どちらのほうが罪悪感がある?」

「変わりないです」フラウリアは悩むことなく即答した。「昼でも夜でも罪を犯してしまったという事実は同じですから」

「おそらくそれと同じだ。結局のところ犯罪を犯そうと思う奴には昼も夜も関係ない。お天道様に見られてるからなんて気にするのは小心者の小物だけだろう」

「それならどうして」

「それなりの犯罪組織にもなるとな、収入源として市街地や中心街に店を持っていたりする。その多くは稼ぎが多い夜の飲食店で、中には普通に経営をしている場合もあるが、大概は表向きは普通の店を装い、裏では違法取引などが行なわれている。それらを突き止めるのがセルナたちの仕事であり、その現場を抑えて犯罪者とそれらを求める客を一網打尽にするには夜が最適ということだ。それでそういう捕物がある場合は大抵、あいつは現場に出る。だから私も夜に待機しているんだ」

「そうなんですか。今さらですがルナ様、とても危険で大変なお仕事をされているんですね」

「本人はそう思ってはいないみたいだがな」


 フラウリアが小首を傾げる。


「あいつはドがつくくらいに仕事大好き馬鹿ってことだ」


 笑みを洩らしながらもフラウリアは納得するようにうなずいた。


「それはお仕事に行かれるルナ様をお見送りしたときに感じました」

「夜にか?」

「はい。修道院にいたとき眠れないことがあって、礼拝堂でお祈りをしようと行ってみたらそちらにユイ先生とルナ様がいらしてそれで」

「あぁ」


 以前セルナから、ユイが当直のときは修道院にピアノを弾きに行くことがあると聞かされたことがあった。なんでもピアノを弾いていると、捕物前の高ぶった気持ちが落ち着くんだとか。日頃からも精神統一の手段としてピアノを用いているらしい。


「そのときのお仕事に行かれるルナ様、本当に正義の味方みたいでした」


 微笑ましそうにフラウリアが言う。

 正義の味方は、あいつが自分の仕事について説明するときによく比喩として用いる言葉だ。それは自分が正しい力を振るえる立場にあるということを誇示するためではない。ただそういう心持ちでやったほうが仕事に身が入るからという理由らしい。要は一種の自己暗示みたいなものだ。


「そういえばルナ様の部隊って、ルナ様が設立されたのですか?」

「あぁ。卒院してから作ったらしい」

「ということは今の私と同じ歳のときですね」

「そうなるな」

「やはり正義の味方になるのが子供のころからの夢だったのでしょうか」

「いや、昔のあいつはそんなもんに憧れるような奴じゃなかった」

「そうなのですか」意外そうにフラウリアが言う。

「あぁ。部隊を作るのを思いついたのも修道院にいたころらしいしな。なんなら今度、あいつに修道院時代のことでも訊いてみろ。面白い話が聞けるぞ」

「はい。機会がありましたら訊いてみます」


 含みをこめた『面白い』を字面通りに受け取ったフラウリアは微笑んでうなずいた。

 お喋りなセルナが唯一、口を濁すことがある。昔の話題だ。頑なに隠したいほどではないようだが、体質のことを受け入れられず、やさぐれていた時代のことを知られるのはあいつと言えども恥ずかしいらしい。私はそのころのセルナを能力で視たことがあるが――正確には視させられたのだが――それはまぁ見事なまでに反抗期のクソガキだった。親に捨てられたころの私も人のことは言えないぐらいにやさぐれてはいたが、それでもあそこまでではなかったとは思う。多分。

 そのころのことを純粋な興味でフラウリアに訊かれたとき、セルナがどのような反応をするのか今から見ものだ。

 そのとき、遠くに気配を感じて私は思わず窓を見た。



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