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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――07 泥土と白い花4


 ショーンとの面会はセルナが話を持って来た日から三日後の午後に決まった。

 その日フラウリアは日勤だったが、セルナがユイに事情を説明し午後休としてもらった。

 そして当日の昼前、修道院から戻ったフラウリアにデボラが昼食を摂らせてから手配していた有蓋(ゆうがい)馬車で私たちは出発した。

 馬車の中でフラウリアは静かだった。窓の外を流れる景色を(うれ)いげに眺めている。これが死刑囚に会いに行くとかでなければ、この顔には笑顔が浮かんでいたことだろう。きっと嬉しそうに色々と私に話しかけてきていたに違いない。私と出かけるときはいつもそうだから。そう考えると、初めてこいつと馬車で出かけたのが監獄棟だなんて残念だなんて思った。そして今度は普通にどこか連れてってやるのも悪くないかもなとも。……全く、らしくない。

 そうして静かな馬車に揺られ、星都(せいと)の中央区にある中央監獄棟に到着したのは昼過ぎのことだった。


「ミッセル殿とリベジウム殿ですね。お待ちしておりました」


 中央監獄棟の本棟、大きな円筒の建物の入口の前には壮年の男が待っていた。


「私は獄吏官長の補佐ライン・ウルテと申します。獄吏官長からお二人をご案内するよう申しつかっております。どうぞ、こちらへ」


 ウルテに付いて中に入る。本人確認などはされなかったが、おそらく私たちの特徴は聞いているのだろう。まぁ、私たちほどわかりやすい特徴の人間もそういまい。白黒の髪の人間が来ると言えば済む話なのだから。それ以前にここには私も何度か訪れたことがある。この男には今まで会ったことがないが、黒髪の解剖学者の噂ぐらいは聞いたことがあるはずだ。

 玄関広間に着くと、そこにいた女の獄吏官から身体検査を受けた。部外者は武器などの持ち込みが禁止されているためだ。もちろんそのことは知っていたので、今日はいつも遠出するときに上着の裏に忍ばせている護身用のナイフ一式は持ってきていない。ここには凶悪犯なども収監されているが、その分、警備も厳重ではある。丸腰で歩いても危険はない。それにいざとなったら力で対処すればいい話だ。しかしその場合、相手に触れなければいけないのと、相手の記憶でこちらの中をかき乱されるのが難点だが。


「では、ご案内いたします」


 身体検査が終わると、私たちはウルテに先導されて玄関広間の階段を上った。それから曲線の通路を進む。


「面会は通常、使われる尋問室ではなく、特別面会室で行なわれます」


 前を歩いているウルテが、肩越しに振り返りながら言った。


「その部屋は尋問室とは違い、外から中の様子を(うかが)うことができません。そして室内に書記官も衛兵もおりません」

「書記官や衛兵がいないのは普通なのか」私は訊いた。

「はいとも、いいえとも言えます。通常、特別面会室で面会を行なうのは、こちらに収監されております社会的地位がある犯罪者です。その人物が凶悪犯ではない限り、面会は犯罪者と面会人の二人で行なわれます。ただし人物によっては不正取引が行なわれないよう、聞き取り人が同席する場合もありますが」


 要は貴族や王族が国事犯などで捕まった場合に使われるということだろう。


「ですがこの度のように重要犯罪人が、しかも衛兵も聞き取り人もなしで特別面会室で面会を行なうのは始めてのことです。私が知りうる限りで、ではですが」


 だから普通であって普通ではないということか。


「ならなんで」

「イルセルナ王妹殿下からのご命令だと獄吏官長に伺っております」


 なるほど。普通の面会室では鉄扉の窓から外に会話の内容が筒抜けだから、セルナはフラウリアのためにそう配慮したのだろう。


「本日、面会されますショーン・カテルは尋問を黙秘している以外は問題行動もなく、非常に穏やかな人物です。ですがどれほど人が良さそうに見えましても相手は犯罪組織を率いていた人間です。面会時には手枷も外すとのことでしたのでどうか、十分に用心なさってください。そして万が一のときには扉を叩いて衛兵を呼んでください。外からは中の様子がわかりませんので」

「わかった」


 やがて特別面会室とやらに着いた。そこは家の居間を豪華にしたような部屋で、暖炉や絵画や机やソファもある。まさに貴族の邸宅の居間といった感じだ。


「では、担当獄吏官がショーン・カテルを連れて参りますので、ソファに座ってお待ちください」


 そう言ってウルテは部屋を出て行った。

 私はそれまで静かだったフラウリアを見る。するとフラウリアもこちらを見た。馬車を降りたときからだが、表情がいつもより硬い。


「緊張しているのか」

「……はい。お会いすることもですが、こういう場所にも慣れていなくて」

「始めてなんだから当り前だろう」苦笑しながらソファに座る。

「ベリト様は来られたことがあるのですか」右隣に座りながらフラウリアが言った。

「何度かな。言っておくが、犯罪者としてではないぞ」

「そんなこと思っていませんよ」


 フラウリアが笑う。控えめではあるが自宅を出発して以来の笑顔だ。それを見て死刑囚の中から解剖の検体を選別するために来たことがある、とは言わないほうがいいなと思った。

 それから二人で雑談をしていると、少しして外に気配がした。それにフラウリアも気づき、言葉を止めて扉を見る。

 やがて、扉が開くと男が現われた。獄吏官だ。獄吏官は軽くこちらに礼をすると、開けられた扉の脇に寄る。すると今度は通路から男が姿を現わした。

 両手に鉄枷がはめられた色白の男――ショーンだ。

 その顔を見て、フラウリアから視たおぼろげな記憶が補完されるように鮮明になる。

 なるほど……こういう顔だったのか。確かにセルナの言う通り、生気のない目をしている。

 ショーンは部屋に入ると伏せていた目を上げた。そして出入口に目を向けている私たちを見る。その目がフラウリアを認めた途端、虚ろな目にわずかな光が灯った。

 獄吏官はショーンを私たちの向かいのソファに座らせると、手枷を外してから「外で待機しておりますので終わりましたらお呼びください」と言って部屋を出て行った。

 それを見届けてからショーンは口を開いた。

 

「久しぶりだね。フラウリア」

「はい。ご無沙汰しております」

「こんなところまで来てくれてありがとう」

「いえ」フラウリアが首を振る。


 それをショーンは目を細めて見ると、今度はこちらに視線を向けてきた。


「そちらは?」

「ええと」

「衛兵の代わりだ」


 紹介しかけたフラウリアの言葉を遮って私は言った。


「心配するな。こいつの事情は全て知っている」


 確認するようにショーンがフラウリアを見る。フラウリアは首肯した。


「そうですか」

「……あの、ショーンさん。私」


 痛ましげな表情を浮かべるフラウリアに、ショーンは苦笑した。


「そんな顔をしないでくれ。なにも私は君に心を痛めてもらうために、ここまで来てもらったわけではない」


 ショーンは両手を足の間に組んでから続ける。


「フラウリア。私は自分のことを君に話したことは一度もないが、君は幼いころから聡い子だった。おそらく早いうちから私が犯罪組織の首領であることには気づいていただろう」


 フラウリアがうなずく。


「私の組織がしてきたことは紛れもなく犯罪であり、私がここにいることは当然のことだ。私の指示で多くの人間が不幸になり、多くの善良でない人間が私腹を肥やし、そして多くの人間が命を落とした。そんな私は君に哀れんでもらう資格はないし、むしろ蔑まれたって仕方がない」


 その言葉を重く受け止めるかのようにフラウリアは目を伏せた。


「……確かに、貴方がされてきたことで多くの人が辛い目に合ってきたのかもしれません。……でも」伏せていた目を上げてフラウリアは続けた。「少なくとも私は、貴方に助けられました。たとえそれがお仕事の対価だったとしても、助けてもらったことは私にとって紛れもない事実です。だから私は貴方を蔑むことなどできませんし、この先、貴方に起こることに心痛めずにもいられません」


 ショーンはかすかに目を見開いた。次いで視線を下げる。


「変わらないな。君は」


 それからそう言って小さく苦笑した。


「一つ、訊いてもよろしいですか」フラウリアが言った。

「あぁ」

「どうして私に会おうと思ってくださったのですか」

「それは、君に贈りたいものがあって」

「私に」

「そう。ここに来る前にね、絵を描いたんだ。君の絵だよ。あぁ、心配しないで。裸婦ではない。自画像だ。中央区のカセンデル画商に預けている。そこは知人の画商で、私の名前を出せば絵を渡してくれる。もちろんそれを受け取るか、受け取らないかは君の好きにしてもらっていい。そして受け取ってからどうするのかも。あれならそのままそこで売ってくれても構わない。世の中には物好きがいるようでね、私の絵はそこそこに良い値がつくようだから」


 そこでショーンはちらりとこちらを見た。


「誤解がないように申し上げておきますが、その画商は犯罪には手を染めていません。ただ純粋に私の絵を気に入って、買ってくださっていました。ご心配でしたら貴女やほかのものが取りに行っていただいても構いません。私の名前を出す人間に渡すようにと伝えていますので」


 返事をしない私を特に気にする様子もなく、ショーンはフラウリアに視線を戻す。


「それと私が以前に描いた君の絵は、捕まる前にほかの絵と合わせて全て焼いて処分しておいた。そしてこれまでにも人にあげたり売ったりしたことは一度もない。だからどこにも君の絵は残ってはいない。そこは安心してくれ。用件はそれだけだ」


 ショーンはそう話を締めた。


「……ショーンさん。私、貴方には感謝しています」


 フラウリアの言葉に、ショーンは苦笑する。


「感謝は君が修道院に入る前にも何度も聞いたし、する必要もないと言ったはずだ。ただ私は君を被写体にしたいがために、君を守っていたに過ぎないと」

「それでも、私があそこで生き残れたのは貴方のお陰です」


 フラウリアが真っ直ぐにショーンを見据える。

 それをショーンはしばし見ていたが、やがて視線を下げた。


「話は終わりだ。行くといい」


 フラウリアがこちらを見てくる。私がうなずくとソファから立ち上がった。私もそれに続いて腰を上げたとき「衛兵さん」とショーンが呼び止めてきた。


「衛兵さんはもう少し、よろしいですかね」

「……外で待ってろ」私はフラウリアに言った。

「あ、はい」


 フラウリアはショーンに向けて礼をすると、私たちを気にしながら出て行った。


「なんだ」私はソファに座り直してから言った。

「貴女にお伝えしたいことがありまして――ベリト・リベジウム」


 ……名前を知っているということは。


「あいつのこと、ずっと監視していたのか」

「いいえ。ただあの事件のあと、時折、様子は探っていました」


 それを監視と言うのでは。

 思っていたことが顔に出ていたのか、ショーンは小さく苦笑した。


「本当に半年に一度ぐらいです」

「それで私のことを知って調べたのか」

「いいえ、昔から知ってはいました。人に触れただけで人の内を探り、人を殺められる力を持つ闇治療士のことは」


 そこまで知られていることに、内心で驚く。


「貴女は壁近(へきちか)におられたとき治療院でも外でも何度も力を使いましたよね。そのとき貴女は細心の注意をはらって力を使用していたようですが、それでも案外、目撃者はいるものです。そしてその噂は私のような人間の耳にも届き、貴女の力に目をつけている組織もいる――いや、いたと言うべきか。その組織は貴女が壁近(へきちか)を離れる前、もっと詳細に言うのならばイルセルナ殿下が貴女に接触する前に、ことごとく取り潰されましたから。殿下の部隊によって」


 セルナが。


「そう。殿下は貴女を治療士にするにあたって、障害になりそうなものを全て取り除いていたのです。貴女に話を持ちかける前からそうしたのは余程、貴女を口説き落とせる自身があったのでしょう。そして今や貴女は殿下の治療士であり、この国、唯一の解剖学者だ。この国に、いえ世界にまだ解剖学が浸透していない現時点ではそれを大々的に公表はしていないようですが、でも調べればわかること。イルセルナ殿下が貴女を取り立ててそうしたことは」

「……なにが言いたい」

「犯罪組織が欲しがるような異能を持ちながらも貴女が平穏に暮らせているのは、殿下のお陰だということです。貴女は少なからず殿下の――星王家(せいおうけ)の恩恵を受けている。そういう人間に手出しするほど、裏社会の人間も馬鹿ではない。星王家(せいおうけ)に目を付けられるのは得策ではないですからね。そしてその恩恵は万が一、殿下が亡くなったとしても続くでしょう」

「なぜ、そんなことを私に教える」

「殿下は普通ならば許可が下りないであろう、重要犯罪人が善良な市民に会いたいという希望を叶えてくださいました。しかもこのように特別面会室までご用意いただき、枷まで外していただいて。これはそのお返しみたいなものです」

「私からあいつへの感謝がか」

「はい。喜ぶと思いますよ。感謝されるのは結構、嬉しいものですから」


 目を伏せてショーンが微笑む。まるで先ほどのフラウリアの感謝を思い出すように。


「……話は終わりか」


 私はソファから立ち上がる。


「えぇ。お付き合いいただきありがとうございました」


 出入口に手をかけようとして、私は振り返った。


「最後に教えろ」

「なんでしょう」

「二年前のあの事件、お前の元には早いうちに情報が入っていたな」


 以前フラウリアがいた修道院は、あいつが生まれ育った壁区(へきく)と同じ区画にあった。そしてこの男の組織もあの辺りを根城にしている。そんなこいつが自分の島で起こったことを把握していないはずがない。


「はい」


 案の定、ショーンは肯定した。


「それでなにもしようとは思わなかったのか」


 フラウリアが拷問屋がいる組織に浚われたと知ってなにも――。


「あの組織と敵対するには、こちらに損はあっても得にはなりえませんでしたから」


 ショーンは微笑みを浮かべたまま、当然のようにそう答えた。

 私はそれ以上なにも言わず、部屋を出た。



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