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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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133/203

大陸暦1977年――08 泥土と白い花3


「よく思われていませんか?」


 風呂上がりにソファでくつろいでいると、隣に座っているフラウリアが心配そうに顔を覗き込んできた。

 フラウリアが言っているのはショーンに会うことについてだ。夕方からこのかた私が心ここにあらずだったから、怒っているのではないかと不安になったのだろう。


「いや」


 フラウリアがあの男に会いたいという気持ちは理解している。記憶を視ている以上、理解せざる得ない。それがなくとも相手は死刑囚なのだ。身も蓋もないことを言ってしまえば近いうちにこの世を去る人間ではある。だからあの男がフラウリアのことをどう思っていようが気にすることでもない。あの花屋の息子のときのような感情も浮かんではこない。


「考えごとをしていただけだ」


 私が心ここにあらずだったのは、あれからずっとフラウリアの記憶に気を取られていたからだ。そう。フラウリアとあの男の記憶に。

 フラウリアに限らず、これまで視てきた記憶が私の中に残ってしまうことはあった。そして、それがふとした切っ掛けで蘇ってしまうことも。だが、最近ではそれもなくなっていた。おそらくこいつがここに住むようになって、そんなことを思い出す余地もなくなったのだろう。


「それについてはなんとも思ってはいない。そいつの根城に行くとかならまだしも、中央監獄棟ならば警備も厳重で危険もないだろうし。だが、一応は私も付いて行くからな」

「よろしいのですか?」

「まぁ、犯罪者が多く収監されている場所にお前一人で行かせるのは」


 条件反射のように言葉が詰まりながらも、私は本音(それを)を口にした。


「心配、だからな」

「――ありがとうございます」


 フラウリアは嬉しそうに微笑むと、前を向いて視線を下げた。膝に組んでいる自分の手を見ている。


「おそらくベリト様もご存じだと思いますが、私、ショーンさんには本当にお世話になったんです」

「そうみたいだな」


 記憶によればあの男はフラウリアを危険から守るだけでなく、絵を描くときには食事や風呂、そして体調が悪いときには寝床も与えていた。それは被写体であるフラウリアの健康管理のためだとあの男は言っていたが、どんな理由であれこいつには関係ない。世話になったという事実だけが、こいつには大事なのだ。


「もちろんその、被写体になるのは恥ずかしかったですし、私だけ与えられたり守られたりしていたことに罪悪感もありましたけれど、それでもあそこで私が生き残れたのは彼のお陰です」

「あぁ。だから会うんだろ」


 あいつに恩を感じているから。


「はい。最後に、と言うのはとても心苦しいのですが、お礼を言いたいですから。……でも」


 フラウリアがこちらを見る。


「不思議ではあるのです。最後の慈悲まで使ってどうして私なのかなと」

「まぁ、死刑囚は基本的に面会が許されていないから、そういう希望は多いらしいが」

「それでもこういうのは普通、他人ではなくご家族とか身近なかたを呼ばれるのではないでしょうか」

「ほかの家族は知らんが、あいつの弟は逃亡中らしいぞ」

「そう、なんですか」


 フラウリアはわずかに顔を強張らせた。


「どうかしたか」

「いえ……少し弟さんのこと思い出してしまって」

「なにかされたのか」


 思わず食いつくように訊いてしまう。

 いくらフラウリアの全てを視たと言っても、それは言葉通り本当に全てを視たわけではない。人の記憶は膨大であり、私が視たのはこいつの人生において主軸の部分だけだ。流石に細々とした記憶や、こいつ自信が忘れかけていたような記憶までは把握していない。


「されてはいません」フラウリアは私を安心させるように微笑んだ。「ただ一度だけ、ショーンさんを待っているときに弟さんがいらして、そのとき色々と言われて腕を掴まれただけです。そのあとすぐにショーンさんが来て助けてくださいました」

「そうか」


 もしショーンが来なかったと思うと怖いが、それはもう過去のことだ。なにもされなかったのならそれでいい。


「あのときのショーンさん、いつも穏やかな彼とは違い少し怖かったのを覚えています」

「怖い?」

「はい。声を荒げたわけではないのですが、なんというか雰囲気が……。弟さんも怖じ気づいてらしたようで、冗談だよとショーンさんに謝っていました」


 なるほど。セルナはショーンがお飾りの首領を装っていたと言っていたが、それは間違いではないらしい。


「兄弟仲は悪かったのか」


 なんとなく話の流れで訊いてしまう。


「そんなことはなかったと思います。お話されているところを何度か見たことがありますが、仲の良いご兄弟という感じがしました」


 そこでフラウリアが「そういえば」とふとした感じで言った。


「ショーンさん、いつか弟さんのことをこんな風に仰っていました。『弟は単純で疑うことを知らない。ここに生まれ、ここで生きていくことになんの疑問も感じたことさえもない。それが少し、羨ましい』と」



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