表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と白の心  作者: 連星れん
その後

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/203

大陸暦1977年――06 カフェ2


 家から外に出て、日の眩しさにいつもの如く目を細めた。

 空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっている。

 フラウリアが言う、お出かけ日和だ。まぁ、雨期前の天気なんてだいたいこんな感じで、崩れるほうが珍しいのだが。たまに、にわか雨が降るぐらいだ。

 横を見るとフラウリアも空を見上げていた。これでもかとしかめっ面で見ていた私とは違い、晴れやかな笑顔で青空を眺めている。

 フラウリアは私の視線に気づくと、その笑顔のままこちらに向いて言った。


「先にお買い物をされるのですか?」

「いや、帰りでいいだろ」


 そう答えて歩き出す。フラウリアも横に付いてくる。

 その顔は相変わらず上機嫌そうだ。反して私の心にはいつも通り、出かけることに対しての憂鬱が浮かんでいる。それでもフラウリアの顔を見ていると、その気持ちが和らぐのを感じた。

 こいつは以前、私と出かけることが嬉しいようなことを言っていたが、私も、そのように感じられるようになっているのかもしれない。

 なにげなくそう考えて、むず痒い気持ちになりながら歩いていると、大通りを前にして声をかけられた。


「フラウリアさん。先生。こんにちわ」


 声がした方向を見れば、角にある花屋前の女がこちらに微笑みを向けている。

 花屋の店主だ。


「こんにちわ」


 フラウリアが挨拶をする。私も小さくうなずく。

 私が徒歩でここを通りかかるときはそういう時間帯なのか大抵、この店主は客の対応をしていることが多い。だからこうして口頭で挨拶をされたのは久しぶりで、こいつと二人でいるときにされたのは初めてだった。


「今日も先生とお出かけですか?」


 今日も、と言っているのは先日――先々週に本を受け取りにフラウリアと本屋に行ったのを見かけたからだろう。それをつい最近のことのように言うところ、この店主も私のことをよく理解している。

 それは私が店主と交流があるからではない。この店主とは顔見知りになってから長くはあるが、私自身は挨拶ぐらいしか交したことがない。彼女と交流があるのはデボラだ。あいつはここでいつも、家に飾る花を買っている。

 それだけでなくここはユイもひいきにしているし――商店街に花屋がないため――ルナも家に来るときにはたまに世間話をしているらしい。つまりは話の流れで私のことも話してしまっているということだ。だからこの店主に自分のことを一切、話したことがないのにいつの間にか先生だなんて呼ばれている。……全く、私の周りにはお喋りが多い。


「はい。今日はカフェに行くんです」フラウリアが言った。

「あぁ、商店街の?」


 訊かれてフラウリアがこちらを見る。小さくうなずくと「そのようです」と店主に答えた。


「そうですか。楽しんでいらしてください」


 店主は早々に話を切り上げて、私たちを見送った。

 フラウリアも店主とは家に勉強に来ていたときから顔を合わせていたので、最近ではよく世間話をすると言っていたが、今は私がいたので気を遣ったのだろう。


「息子さん、今日はおられませんでしたね」


 少し歩いたところで、フラウリアが言った。


「配達にでも出てるんだろ」


 幼年学校を卒業した店主の息子が最近になって花屋を手伝うようになった、とフラウリアから聞いたのは先日こいつと本屋に行ったときのことだった。

 あの店主に息子がいることはデボラやセルナが軽く言っていたことがあったので知ってはいたが、当人を見たのはそのときが初めてだった。

 あのとき花屋には客がいてお互いに頭をさげただけだったが……フラウリアを見るあいつの目、あれは――。


「ベリト様?」

「なんだ」

「いえ、凄く眉を寄せてらしたから、どうかされたのかなと」

「……日差しが眩しかっただけだ」

「そうですか。いいお天気ですものね」


 言い訳を素直に信じて、フラウリアが微笑む。

 ……まぁ、見る限りでは害がある人間ではないだろう。そう一人、結論づける。

 それからフラウリアの話を聞いているうちに、商店街についた。

 商店街には人はまばらだった。買物には中途半端な時間の所為だ。

 私がいつも出かけるときはなるべく人が少ない時間帯を選んでいる。人が多い中、人に接触せずに歩くのは気疲れするからだ。だが、今日は突発的な行動だったのもあり、特に時間を気にせず出てきてしまった。だから丁度、人がいない時間帯で助かったと思った。

 フラウリアと二人、商店街を進む。左右からはちらほらと視線を感じる。

 こちらに移り住んだころは、ここを通るたびに多くの視線を浴びせられたものだ。

 もちろん原因はこの容姿だ。目色もそうだが星都(せいと)では私のような黒髪は珍しい。星都(せいと)には黒髪の種族――鳴賀椰(ナルカヤ)族がちらほら住んでいるようだが、この区画では見かけたことがない。だから誰もが珍獣を見るかのように、視線を投げかけてくる。

 それでもここにはもう何年も住んでいることもあって、今ではそう物珍しく見られることは少ない。それはおそらくデボラの影響もあるだろう。あいつもこの辺りに住んで長いため、この商店街の人間とはほとんどが顔馴染みだ。そしてお喋り好きのデボラのことだから、ここらの人間はあいつが私の家で使用人をしていることを知っているだろう。もしくはセルナが話している可能性もある。あいつも休暇のときはユイとよくここに買物に出かけたりするらしいから。

 そんなこんなでこのような風貌な私でも、この辺りではもうそれなりに当り前の存在にはなっている。

 それでも今、少し視線を感じるのはフラウリアがいるからだ。

 フラウリアは商店街の人と目が合うと、律儀に挨拶をするように頭をさげている。

 こいつはデボラの買物に同行することがあるので、この辺りの商店街の人とも大分、顔見知りになっているのだ。

 やがて商店街の中程にあるカフェについた。

 ここは商店街で唯一のケーキ屋であり、カフェも経営している。

 窓から見るに、中に客はいない。午後のお茶にはまだ少し早いからだろう。

 私は店内へと入る。するとガラス張りのケーキ陳列棚の奥にいた二人の女の店員が「いらっしゃいませ」と言った。

 カフェには外にも席があるのだが、そこは明るくて日に当たる。私はあまり明るい場所が好きではない。それは薄暗いほうが気持ちが落ち着くというのもあるが、一番は日差しが眩しいのが理由だ。

 その原因はおそらくだがこの稀少な金色の目にあるのではないかと思う。

 生物の目は色味によって光を感じる度合いが違うようで、鳴賀椰(ナルカヤ)の黒目は光に強いとされている。その原理はよくわかっていないようだが、ともかくにも目色が濃いほうが眩しさを感じにくいらしい。私の目は金色といっても明るい場所で見るとかなり薄い黄色に見える。だからそれに倣えば眩しさを感じやすいのだろう。

 フラウリアは外の席のほうがいいのかもしれないが、悪いがここは自分を優先させてもらう。それでもせめて見通しがいい席にしてやろうと、奥の窓際の席を選んだ。

 そこに向かい合わせに座ったら、先ほどの女の店員の一人がメニューを持って来た。


「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください」


 店員はそう言って席を離れる。

 私はメニューを開いて横向きに置いた。フラウリアに向けてもよかったのだが、それだとこいつが遠慮しそうな気がしたので、そうした。


「結構、種類がありますね」


 フラウリアが少し身を乗り出してメニューを(のぞ)き込む。そして一通り目を通してからこちらを見た。


「ベリト様はどれにされます?」

「そうだな……」頬杖をついて何気なしにフラウリアを見ていた私は、気持ち慌ててメニューを見た。「日替わりにするか」


 日替わりにはその日のお勧めケーキに飲み物がついてくる。ケーキは二種類から選ぶようだ。


「お前は」

「でしたら私もそちらにします」


 決まったところで店員を見ると、こちらの様子を(うかが)っていた店員はすぐにやってきた。


「日替わり二つで。私はチョコレートケーキと珈琲。砂糖はなしで」

「私は苺ケーキとアップルティーでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員が席を離れたところで、フラウリアが言った。


「ここにはよく来られるんですか?」

「いや、初めてだ」

「初めて」フラウリアが小さく驚く。

「私が出不精なのは知っているだろ」

「はい。でもルナ様や、ユイ先生に誘われて行かれたりはするのかなと」


 こいつの想像通り、ここに住み始めたころあいつらには何度か誘われたことがあった。だが、当然の如く断ってきた。


「家でも店と同等のものが出るのに、どうして外食する必要がある」


 私の言葉にフラウリアは一度は納得したが、少しして、あれ、といった感じで首を傾げた。


「それでしたら今日はどうして」

「それは――」


 デボラに言われたから、と口にしかけて、思い留まる。

 そう言われたのは事実だが、それを素直に聞いたのはいつも私の引きこもりに付き合わせて悪いな、と少しでも思ったのと――。


「お前が……喜ぶかと」


 そう、思ったからだった。……そう、らしくないことに私はこいつを喜ばそうと思ったのだ。

 フラウリアは一瞬、驚いた顔をしたあと、笑顔を浮かべた。


「はい。喜びます。ベリト様と一緒なのも、初めてを共有できたのも、凄く嬉しいです」

「……そうか」


 にこにことしているフラウリアから私は視線を逸らした。

 本心を口にするのもそうだが、こうやって真正面から感情を伝えられるのにもまだ慣れない。どちらもこちらのほうが、気恥ずかしくなる。

 それにしてもこいつ、なんだかんだでここに来るの初めてだったんだな。

 まぁ、それもそうか。フラウリアが一人でこういうところに来るとは思えないし、家にはケーキを買うぐらいなら作ると断固する人間がいる。先日フラウリアがアルバの家に行くとなったときも、土産にケーキを買おうと考えていたあいつにデボラが『その必要はありません』とケーキを作って持たせていた。

 そんなデボラだからフラウリアと商店街で買物をしたとしても、カフェに行くことはまずないのだろう。

 それでも今日、デボラが外を勧めてきたのはフラウリアのためだ。

 デボラは結構フラウリアを気に入っているようで、なにかと気にかけてくれている。なんなら私よりも優先している節まである。

 今日だってそうだ。茶葉を買ってこいだの外に茶をしに行けだの今まで一度も言ったことがないのに、あいつのためならそれも言う。おそらくフラウリアが私と出かけたことを楽しそうにデボラに話していて、先ほどそれを思い出して二人で出かけるように仕向けたのだろう。いや、もしかしたら茶葉を買い忘れたことさえも計算なのかもしれない。……全く。まぁ、フラウリアのことを考えてのことなら私もなにも言えないが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ