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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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125/203

大陸暦1977年――05 一番


「なんか凄い年代物ばかりだな」


 部屋の本棚を見ながら、アルバさんが言った。


「はい。以前の家主さんが残したものだそうです」

「へぇ……あ、でもこれは新しいな」


 そう言ってアルバさんが手に取ったのは以前、本屋さんにもらった恋愛小説だった。


「あ、ええと、それは」


 別にやましいことがあるわけではないのに、変に動揺してしまう。

 そんな私とは正反対に、リリーさんが涼しげな顔で言った。


「あぁ、それ。今、人気の恋愛小説ですよね」

「ご存じなの、ですか」

「はい。先日、本屋に行ったときに見かけました。私はその手のものは読まないので買いませんでしたが」

「お前は推理小説が好きだもんな」


 アルバさんの言葉にリリーさんが「えぇ」とうなずく。

 修道院でもリリーさんはよく推理小説を読んでいた。仕掛けや犯人を当てるのが好きなのだと聞いたことがある。


「修道院の図書館には推理小説は種類が少なかったから、選ぶの楽しいだろ」

「そうですね。外国のものまで含めればかなりの数がありますから。最近はロネが寝たあとに読書するのが楽しみになっています」

「へぇ。あ、今度よかったら読み終わったの貸してくれない?」

「えぇ。構いませんよ。フラウリアさんも……は苦手でしたね」

「はい」


 推理小説はリリーさんに勧められて一度は試してみたものの、向いていなかった。創作とはいえ人が死ぬものはどうも読んでいて心が痛い。


「んでこれ、フラウリアが買ったの?」


 本を私に見せながらアルバさんが言った。


「いえ、ベリト様の行きつけの本屋さんの店主さんが、おまけにくださって」

「売れ筋をおまけにつけてくださるとは、なんとも太っ腹ですね」リリーさんが言った。

「はい、本当に。ベリト様が仰るにはどうも私が選んだ本が若者らしくなかったようでして、それで気を遣ってくださったようです」


 私はアルバさんに近づいて、その本〈戦後の地質粒子量の変化〉を手に取って見せた。それを見て、アルバさんが苦笑する。


「確かに」


 それからその本を手に取って、ソファに座っているリリーさんに見せると、彼女も小さく苦笑した。……そんなに若者らしくないだろうか。凄く興味深い内容で面白かったのだけれど。


「まぁ、お前らしい気はするけどな。それで小説はもう読んだのか?」

「はい」

「それなら借りていい?」

「構いませんが、アルバさん、そういうの読まれるんですね」


 私の記憶にある限りでは、彼女が恋愛小説に限らず娯楽の本を読んでいるところは見たことがなかった。


「暇つぶしに、っていったら本好きに悪いけど、私はわりとなんでも読むよ。修道院の娯楽の本はだいたい読みきってたからさ」


 そうか。私がルコラに行く前に読んでいたのか。


「娯楽の本はそう多くありませんでしたからね」リリーさんが言った。「私も同じものを何度も読んでいましたし」

「それ前々から思ってたんだけど、犯人がわかっているものを何度も読むの面白いか?」

「面白いですよ。犯人や仕掛けがわかっていると、見る視点も変わりますから」

「へぇ」


 それから続けて本の話をしていると、しばらくしてロネさんが戻ってきた。


「ただいま!」


 ロネさんは勢いよくソファに座ると、喉が渇いたのか先ほど残していたミルクたっぷりの紅茶を飲み干した。


「おかえりなさい。ええと、探険、面白かったですか?」

「うん! クロ先生に会ったよ!」


 にこやかにそう報告してきたロネさんに私だけでなく、リリーさんとアルバさんも驚いた。


「お話しした!」

「話せたのか」アルバさんが言った。

「うん! ロネわかったの!」

「なにがですか」リリーさんが言った。

「クロ先生はフラウのことが一番好きなんだよ!」

「え……!?」


 ロネさんが口にした言葉に、私は思わず声をあげてしまった。


「なんでそうなるんだ?」苦笑しながらアルバさんが訊く。

「えとね! ロネはリリーと母さまが一番好きだから、先生もフラウのことが一番好きなんだよ!」


 どのようにしてそう結論を導きだしたかわからない私たちは、それぞれ頭の上に疑問符を浮かべてしまう。


「よくわかんないけど、つまりはもう、クロ先生のことは怖くないってことか?」


 アルバさんの問いに、ロネさんは笑顔でうなずいた。


「うん!」


 それは、とても、喜ばしいことなのだけれど。


「なんの話しをしたんだ? クロ先生」


 アルバさんがこちらを見る。


 私が知りたいです……。


 顔が熱いのを感じながら、私はそう思った。





 夕方になり、みなさんが帰られる時間となった。

 三人を玄関までお見送りしながら、思う。時間が経つのがあっという間だったなと。

 以前にリリーさんとロネさんのお部屋にお邪魔したとき、私たちが帰るのをロネさんが嫌がっていたけれどその気持ち、今ならわかる。楽しい時間が終わって、みんなが帰ってしまうのは確かに少し寂しい。でもアルバさんとはお仕事でいつも会えるし、お二人も凄く遠くに住んでいるわけではないのだからと、私は自分を励ました。


「ごちそうさまでした!」


 玄関に着くと、元気にロネさんがそう言った。それにリリーさんとアルバさんも「ごちそうさまでした」と続く。


「はい。またいつでもいらしてくださいな」


 みなさんが帰るのを察して玄関まで出てきてくれたデボラさんが、にっこりと笑みを浮かべて返した。


「じゃ、フラウリアまた明日な」

「お邪魔しました」

「フラウまたねー!」

「はい。みなさんお気を付けて」


 アルバさんが軽く手をあげ、リリーさんが礼をし、ロネさんが手を振りながら玄関を出て行った。


「それでは私は後片付けをして、夕食の支度に戻ります」


 三人の気配が離れるまで見送ったあと、デボラさんが言った。


「手伝います」


 付いていこうとすると、デボラさんが手で制してきた。


「今日はもう、ほとんど支度は済んでいますから」居間のほうへと顔を向ける。「フラウリア様は夕食までベリト様のお相手でもなさっててあげてくださいな」


 デボラさんはそう言うと、そそくさと二階へとあがって行った。

 そこまで甘えてしまっていいのかなと思いながらも、ベリト様のことが気になっていたので彼女のいる居間へと向かう。

 室内に入ると、ベリト様はソファで本を読んでいた。


「ベリト様」


 扉を閉めながら呼びかける。すると彼女は本を閉じて肩越しに振り返った。

 それからソファへと向かう私を視線で追いかける。


「みなさまお帰りになりました」


 私はベリト様の隣に腰を下ろしながら言った。


「あぁ」

「もしかして、騒がしかったですか」


 みなさんが帰られる少し前に、ベリト様が自室を出られたのは知っていた。

 何時に寝られたのかは気づかなかったけれど、自室を出られたときに時計を見たらいつも起きられる時間より早かったので、私たちが騒がしくて目が覚めたのかと少し心配になっていた。


「いや。早くに寝ただけだ」

「そうですか」


 それを聞いて安心する。

 それから今日のことでも話そうかな、なにから話そうかなと考えていると、ふとロネさんの言葉を思い出した。


 ――クロ先生はフラウのことが一番好きなんだよ。


 じわっと耳が熱くなる。気恥ずかしさを覚えた私は、ベリト様の横顔から視線を逸らすように下げた。すると視界にソファの上に置かれたベリト様の手が映る。それに私はいつもするように、ほとんど無意識に手を重ねた。途端、手のひらのしたでベリト様の手がわずかに跳ねた。

 どうしたのだろうと視線を上げたら、ベリト様の切れ長な目がわずかに見開いていた。彼女は私の視線に気づくと、逃げるように奥へと目を動かす。……どうやら恥ずかしがっているらしい。

 ……もしかして、ロネさんとの記憶が視えたのだろうか。

 そして反論しないところからするに、ロネさんが言っていたことはあながち嘘、ではないらしい。

 嘘ではない。

 なにを話したかわからないけれど、その事実だけでも私はもう満足だった。


「……今日は」


 嬉しさに浸りながら頬を緩ましていると、しばらくしてベリト様が正面を向いたまま口を開いた。


「楽しかったか」

「はい。とても」

「そうか。……なら、また呼べばいい」


 ベリト様が手を裏返して私の手を握ってくれる。


「遠慮することはない。ここはお前の家でもあるのだから」


 私の家――ベリト様と私の――。

 それは、両親が死んで住む家を追われて、根無し草のように生きてきた私には、とても温かな響きの言葉だった。


「――はい」


 私が微笑んでうなずくと、ベリト様も横目をこちらに向けて小さく口端をあげた。



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