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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――05 好き嫌いと例外


 私はため息をついて、本を閉じた。

 ソファの背に頭をあずけ、上に視線を向ける。上階にはフラウリアのほかに四つの気配がある。

 フラウリアの友人たちとデボラのものだ。いつも気配を消しているデボラも、今日は流石に客に気を遣ってやめているらしい。それが出来るのならば普段から私にも気を遣えという話なのだが……もう元よりする気がないのだろうな。本当にいい度胸をしている。

 ともかくにも、どれも全く知らない気配というわけではないが、フラウリアやデボラのように見慣れてはいない。そのせいか、どうにも気分が落ち着かない。本を読んでいても気が散ってしまう。

 少しばかり早いが、部屋に戻って仮眠でもとるか。

 そう思い、居間を出て自室へと向かう。途中、デボラとすれ違ってから二階にあがると微かに和やかな笑い声が聞こえてきた。フラウリアの自室から漏れ出ているものだ。どうやら話が盛り上がっているらしい。

 友人が来ると決まって、あいつは今日という日を楽しみにしていた。家に友人を招待するなど初めての経験だと言って。

 思えば私にもそういう経験はない。子供のころは幽閉されていたし、壁近へきちかでも住まいが闇治療院と一緒だったのもあり私を助けた奴らとはそこで自然と顔を合わせていた。そして今もセルナたちは好き勝手にやってくる。だから招待をする必要はないし、それを喜ぶ気持ちもよくわからない。

 だがフラウリアが楽しいのならば、それでいいと思えた。あいつが喜ぶ姿を見るのは……嫌いじゃない。

 私は自室の扉を開けようとして、違和感を感じた。

 隣――フラウリアの部屋にはあいつを除いて二つの気配がある。しかし先ほどまであったもう一つの気配は目の前、自室の中にあった。

 扉を開けると、すぐにそれと目が合った。

 そいつはこれでもかと大きく目を見開くと、一目散にベッドの後ろに身を低くして隠れた。そしてその陰から恐る恐るといった感じでこちらを覗き見る。その姿はまるで警戒する小動物のようだ。


「なんでここにいる」


 小動物は――ロネは私の声にびくっと体を震わせて顔を引っ込めると、また顔を覗かせて言った。


「……ごめんなさい」


 泣きそうな顔で見られる。そこまで脅えられると、流石に困った気持ちになる。知らない奴ならともかく、こいつはフラウリアの友人なのだ。もし泣かせでもしてしまったら、必ずフラウリアに伝わってしまう。そうなればあいつはきっと、悲しむ。それは、望むところではない。

 私はため息をついてから、なるべく声を和らげるように気をつけながら言った。


「怒ってはいない。ここにいる理由を訊いているだけだ」


 ロネは迷う素振りを見せたあと、呟くように言った。


「探険」


 ……探険か。なるほど。それは私にも覚えがあるからなんとも言えない。もちろん子供のころの、閉じ込められる前の話しだが。


「駄目、だった、ですか?」

「いや……散らかしたり壊したりしなければ別にいい」


 そう言うとロネがむっと眉を寄せた。


「そんなことしない。ロネ、子供じゃないもん」


 子供がなにか言っている。

 いや、こいつもフラウリアと同じ歳なので成人はしているのだが、外見はどう見ても十がいいところだ。というか本当に成長が遅いなこいつ。


「だが、この部屋にはもう入るな」

「わかり、ました」


 ロネはベッドの陰から現われると、そろりそろりとこちらを警戒しながら出入口へと向かった。それを見ながらふと思う。今後も招待することがあるのならば、顔を合わす度にこう怯えられるのはこちらも気まずいと。

 それにロネが私を恐れていることに、常々フラウリアは心を痛めていた。私が誤解――とフラウリアは思っている――されたままなのがどうも嫌らしい。


「……おい」


 扉を前にして背を向けていたロネの肩が、びくりと跳ねた。それからぎこちない動作でこちらに振り向く。

 こいつの心身の発達が遅いことは、言動だけでも察しがついていた。ついていながら以前、怒鳴ってしまったのは今思えば……大人げなかったとは思う。


「前はその、言い過ぎた」


 ロネが首を傾げた。それから視線が泳いだのちに思い当たったのか、あっ、という顔をする。


「だが、ユイに言い付けられていて私に()れたお前も悪い」


 そう。そもそも私が怒鳴る羽目になったのは、こいつが言い付けを破って()れてきたからなのだ。それで視たくもない記憶を視させられてしまったのだから、こちらとしても怒鳴りたくはなる。


「でも」


 不服そうにロネが唇を尖らせる。

 どうやらいっちょまえに意見があるらしい。


「なんだ」

「私は()れられるの好きだもん。手を握ったり抱きしめてもらったら嬉しいもん」

「私は……嫌いなんだよ」


 以前まではなんの抵抗もなく言えた言葉が、今は引っかかりを感じた。

 今ではそう、言い切れないからだろう。


「それが意味わからないもん」


 自分が好きなものが嫌いという人の心理を理解できないか。子供らしい思考だ。


「お前はデカント豆が嫌いだろ」


 それは以前、食事にデカント豆が入っていたときにフラウリアから聞いたことだった。


「え、うん」


 私がそれを知っていることを特に気にするでもなく、ロネがうなずく。


「だが、お前が嫌いでもフラウリアはデカント豆が好きなんだ。それは知っているだろ?」

「うん。前に言ってた」

「それと同じだ。人によって好きなものも嫌いなものも違う」

「そっか」納得しかけて、すぐに小首を傾げた。「あれ? フラウはいいの?」

「なにがだ」

「さっき(さわ)ってた」


 さっき? 考えて思い至る。玄関で出迎えたときのことか。

 私に怯えて隠れていた癖に、そういうところはちゃっかり見ていたらしい。


「……世の中には例外もあるんだよ」

「例外って?」


 不思議そうな顔でロネが詰め寄ってくる。どうやら私への恐れよりも興味が(まさ)ってきたらしい。


「そうだな……」私はこいつから視た記憶の中から、納得させられそうなものを探しだす。「お前も絵を描いているとき、母親とリリーに邪魔されてもなにも思わないだろ」


 こいつが絵を描いていることは大分前にセルナから聞かされ知っていたが――わざわざその絵を見せられて私より上手いと(あお)られた――絵を描いているときに構われるのが嫌いだとか、母親とリリーだけは例外だとかは記憶で視て知ったことだった。

 普段は本人の口から聞いていないことを持ち出したりしないように気をつけてはいるが、こいつなら大して疑問には思わないだろう。


「うん」案の定、なにも疑うことなくロネはうなずいた。

「それと同じだ」

「同じ……」


 ロネは考えを整理するように小首を傾げると、やがて笑顔でうなずいた。


「わかった! それならロネが悪かったです! ごめんなさい!」

「あ、あぁ」


 謝られるとは思っていなかったので、少し意表を突かれてしまう。


「お邪魔しました!」


 ロネはそう言うと、先程とは打って変わって楽しげに部屋から出て行った。

 気配が離れたのを確認してから、大きく息を吐く。

 ……なんとか、なったみたいだな。

 私は疲労感にどっと襲われながらそう思うと、ソファへと寝転んだ。



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