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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――05 招待


 翌日、アルバさんのお部屋を訪ねて、遊びにいらしても大丈夫だということを伝えた。すると、折角だからリリーさんとロネさんも誘おうということになった。それにはもちろん私も大賛成だった。

 お二人への伝達役はアルバさんが引き受けてくれた。私も同行すると言ったのだけれど、そうしたらアルバさんが『仕事が始まったらクロ先生と過ごす時間が減るのだから、今のうちに堪能しときな』と断られた。私は気恥ずかしく感じながらも、その気遣いをありがたく受け取った。

 そうしてアルバさんがリリーさんとやり取りをしてくださり、三人が来られるのは春期休みが終わり仕事が始まった二週間後、全員の休暇が重なった日の午後になった。

 それを聞いたときはまだ先だなと思ったのだけれど、いざ修道院での仕事が始まってみれば新しい日常に追われ、その日はあっという間にやって来た。


「お招きいただきありがとうございます」


 玄関で三人を出迎えると、リリーさんが礼をしながらそう言った。

 お客様を出迎えることも、そしてそんなきちんとした挨拶をされるのも初めてだった私は、返事に(きゅう)してしまう。するとそんな私を見かねてか、左横にいたデボラさんが代わりに答えてくれた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 流石デボラさん慣れてらっしゃるなと思いながら、右隣に横目を向ける。そこにはベリト様が少し顔を逸らして立っている。客を出迎えたりしないと言っていたけれど、私が出迎えにソファから立ったら特になにも言わずに付いてきてくれた。おそらく、いやきっと私の顔を立ててくださったのだろう。


「お邪魔します」


 リリーさんとアルバさんがそう言い、後に続いて少し小さな声で「じゃまします」と聞こえた。ロネさんだ。彼女はベリト様を警戒して、リリーさんの後ろに隠れている。まだベリト様のことが怖いようだ。実際、今日のことでやり取りをしていたアルバさんによると、ここには来たがっていなかったらしい。だけど一人でお留守番も嫌だということでなくなく付いてきたそうだ。

 これまでもロネさんにはベリト様に対するよくない印象を払拭(ふっしょく)していただきたくて、ベリト様が怒ったのは()れられたからであり普段は優しい人なのだと何度かお話をしたことがあったのだけれど、どうやらこの様子からして効果はなかったらしい。そのことを本当に残念に感じながらも、今日は折角みなさんがいらしてくださったのだからとりあえずそのことは忘れようと思った。


「どうぞどうぞ」


 デボラさんが中へと招き入れる仕草をする。

 そんなデボラさんにベリト様は背後から「後は任せた」とささやくと、背を向けて歩きだした。私はそれを見て咄嗟にベリト様の腕を掴んで引き留める。そしてこちらに顔を向けた彼女に小さく「ありがとうございます」と伝えた。ベリト様は何事もなかったように顔を正面へ戻すと、そのまま奥へと歩いて行った。

 素っ気ないように見えて、その目に気恥ずかしさのようなものが浮かんでいたのを私は見逃さなかった。

 ベリト様の後ろ姿を温かな気持ちで少しばかり見送ってから、三人を二階の自室へと案内する。最初は居間をお借りしようかと思っていたのだけれど、以前にアルバさんが私の部屋を見てみたいと言っていたので、それならばと自室に招くことにしたのだった。

 自室の扉を開けると、一目散にロネさんが中に入っていった。きょろきょろと笑顔で部屋を眺めている。ベリト様が見えなくなったことで、いつもの元気を取り戻したようだ。


「立派な部屋だな」続いて中に入ったアルバさんが部屋を見渡しながら言った。「でも正直、庶民には広すぎて落ち着かなくないか?」

「はい。全く、その通りで」


 だからベリト様のお部屋で寝ている、なんてことは口が裂けても言えない。それはアルバさんといえど流石に知られるのは恥ずかしい。

 私は三人を窓際にあるソファへと誘導した。そして少しそこに座って話をしていると、デボラさんがお菓子とお茶を持って来てくださった。それは色どり(あざ)やかな果物ケーキだった。それだけでなく続けて持って来た三段のトレイにも、果物や色んな種類の小さなケーキやスコーンなど様々なお菓子が乗っている。以前に言っていたように、腕によりをかけてくださったらしい。


「さあさあ、召し上がってください」


 デボラさんに勧められ私たちは手を組んで簡略のお祈りをすると、それぞれ果物ケーキを口にした。


「めっちゃおいしー!」


 すぐにロネさんが目を輝かして感嘆の声をあげた。それに同意するように、リリーさんとアルバさんの顔にも笑みが浮かぶ。もちろん私にもだ。

 ありがたいことにデボラさんには今日まで様々なお菓子を食べさせていただいているのだけれど、本当にどれも笑顔になってしまうぐらいに美味しい。


「どこかのお店で修行とかされたのですか?」


 リリーさんが、デボラさんに訊いた。


「いえいえ、全て独学でして」

「凄いですね。お店が出せますよ」


 それにも私たちは同意する。するとデボラさんはふふっと嬉しそうに笑った。


「あら、みなさまお上手ですねぇ」


 そのあとデボラさんはトレイに乗った小さなケーキについて説明をしてくれた。それを聞き終わると、ロネさんが「ねぇねぇ」とそばに立つデボラさんの袖を掴んだ。


「はい、なんですか」

「なんで小指とひとさし指がないの?」


 その発言にリリーさんの表情が固まった。気づいていたけれど見て見ぬ振りをしていたのだろう。その気持ちは、わかる。私も最初はそうだったから。

 リリーさんが慌ててロネさんを(たしな)めようと口を開く。だけどその前にデボラさんが手のひらを見せてからにこやかに言った。


「これはですねー悪そうな人を見つけたのでつい付いていったら、その人がとーても悪い人で、それで取られちゃったんですよー」

「え!? 悪い人って指とっちゃうの!?」ロネさんが驚く。

「取っちゃう悪い人もいるのです。だから悪い人を見つけても一人でどうにかしようとはせず、必ず守備隊さんに教えてあげてくださいね」

「わかった!」

「いいお返事です」


 デボラさんはロネさんの頭を撫でると、姿勢を正してから言った。


「では、みなさまごゆっくり。フラウリア様もなにかございましたらお呼びください」

「はい。ありがとうございます」


 礼をしてデボラさんが部屋を出ていく。すると夢中でケーキをほおばるロネさんを横目に、リリーさんが小声で訊いてきた。


「あの、本当に……?」


 私もヘマをしたとしか聞いていないので、先ほどの話が本当かどうかはわからない。でも、以前に諜報員だったとデボラさんが言っていたので、おそらく嘘ではないのではないかと思う。


「デボラさんは元々軍人さんで、ルナ様の部下だったそうです」


 とりあえず確定情報としてそう答えると、リリーさんは納得するように小さくうなずいた。アルバさんは最初から特に驚いている様子は見られなかった。もしかしたらデボラさんのことを、以前にルナ様かユイ先生に聞いていたのかもしれない。

 それから話題はお仕事の話になった。


「え、信者の悩みとか聞いてんの?」 

「うん!」


 驚くように言ったアルバさんに、ロネさんが元気よく返事をした。


「お前が?」

「うん!」

「解決になるのか?」


 アルバさんがリリーさんを見ると、彼女は少し苦笑しながら答えた。


「それが、根本的な解決にはならないのですが、元気が出ると好評みたいでして」


 それはわかる気がする。私もルコラ修道院に移ってまだベッドから出られなかったとき、ロネさんと話していると元気をもらえたから。


「ロネがね、お話を聞いたり絵を描いたりしてあげると、みんな喜んでくれるんだよ!」

「へぇ。人の役に立ってて偉いじゃん」


 アルバさんに褒められて、ロネさんが嬉しそうに笑う。それからスコーンを手にして一生懸命に食べ始めた。

 そんなロネさんを微笑ましく見てから、リリーさんが訊いてきた。


「お二人は修道院のお仕事、どうですか?」

「何年もいたところだからなぁ」アルバさんが言った。「だいたいの勝手はわかるし、一年以外の見習いはまだ顔見知りだし、大きな問題はないかな。まぁ、手を焼く新人はいるけど」


 リリーさんが首を傾げる。


「ほら、毎年いなくはないじゃん。斜に構えてるっていうかちょっと大人に反抗的な子」

「あぁ。大変ですね」

「私はぜんぜん平気だけどさ、フラウリアは優しいからな」


 アルバさんが見てきたので、私は苦笑で返す。


「まぁ、穏やかな生活を続けてたらそのうち丸くなるさ」


 そのような感じでしばらく話に花を咲かせていると、デボラさんが紅茶のお替わりを持ってきてくださった。


「ねえねえ、探険してもいい?」


 紅茶を注いでくださっている様子を見ていると、そうロネさんが訊いてきた。


「ええと」私が許可していいものかと思いながら、デボラさんを見てしまう。


 そんな私にデボラさんは微笑むと、ロネさんに握りこぶしを作って言った。


「存分になさってください」

「わーい。行ってくるー」


 ロネさんは勢いよくソファから立ち上がると、部屋を出て行った。


「あいつ、ここがリベジウム先生の家ってことをもう完全に忘れてるな」


 アルバさんが苦笑しながら言ったその言葉に、リリーさんと私も苦笑をこぼしたのだった。



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