大陸暦1977年――05 優先順位
「――と、言われたのですが」
夕食時。私は今日のこと、そして帰り道にアルバさんと話したことをベリト様に話していた。
「ご招待しても、大丈夫でしょうか?」
深く考えずに来てくださってもよかったのにと言ってしまったけれど、ここはベリト様のお家なのだ。確かにアルバさんの言う通り、人を招くにしてもまず家主である彼女の許可は必要だろう。
向かいに座っているベリト様は、食事をしながら静かに私の話を聞いてくれていた。今も魚のソテーを小さく切り分けてからそれをフォークに指し、口へと運んでいる。以前にも何度か思ったことがあるけれど、彼女の食事する所作はとても上品だ。
それに少しばかり見とれながらも、気持ちおずおずしながら返事を待っていると、口に含んでいるものを飲み込んでからベリト様は言った。
「好きにすればいい。ただし私は客を出迎えたりとかはしないからな」
それを聞いて私は安堵する。淡々とした口調ではあったけれど、表情からして嫌がっていないのがわかったからだ。本当に嫌だったら必ず、わずかでも眉根あたりにそれが表われている。ベリト様の感情は眉根に出やすいのだ。
「はい」
「ご招待されるときは是非お教えください」そばに立っていたデボラさんが手のひらを合わせて言った。「腕によりをかけてお菓子をお作りしますから」
「え、でも」
デボラさんはベリト様が雇われている使用人だ。そして私はあくまでベリト様の家の居候の身に過ぎない。そんな立場の私が家主の使用人であるデボラさんに、そこまでしていただくのは流石に気が引けてしまう。友人をおもてなすにしても自分で作るなりしてどうにかするつもりでいた。とはいえ、食材はお借りしてしまうようにはなってしまうけれど。
「遠慮なさらないでください。ベリト様もそうなされときっとおっしゃいます。ね? ベリト様?」
「あぁ」
ベリト様は短く答えるとこちらを見た。まるで『変な気を遣うな』とでも言うように。
「ね?」
「――ありがとうございます」
お二人の心遣いに心温かくなりながら礼を言うと、デボラさんはにっこりと笑って食堂から出て行った。
「では、お言葉に甘えまして、今度お誘いしてみますね」
「あぁ」
そこで会話が途切れる。
ベリト様は普段から物静かなかただけれど、食事の時はより一層、喋らない。
それが少し気になって一度『食事中は静かなほうがお好きですか』と訊いてみたところ、ベリト様は一言だけ『別に』と答えた。それをどういう意味で捉えるべきか頭を悩ませていると、さらに彼女は『今まで一人だったから喋る習慣がなかった』と言った。それで不愉快には感じていないのだなとわかった私は、食事中でもお話ししたいことがあれば遠慮なくさせていただいている。
「ベリト様は今日、なにをされていたんですか?」
今日のことについてはあらかた喋りきったので、私はそう訊いてみた。
「なにって……いつも通りだが」
いつも通り――そういえばベリト様、お一人のときはなにをされているのだろう。就寝、仮眠、食事などの生活習慣についてはデボラさんが教えてくださったけれど、それ以外のことは当人にも訊いたことがない。修道院が春期休み中とかでなければ、お仕事をされているんだろうなというのは想像がつくのだけれど……。
「いつもは大抵、本を読んでいる」
ベリト様が先ほどの言葉に補足するように言った。どうやら考えていたことが顔に出てしまっていたらしい。
それを聞いてベリト様は本当に本がお好きなんだなと思った。
そして続けてこうも思う。私がここに住まわせていただくようになってから、本を読む時間が減っているのではないかと。
私がそばにいるとき、ベリト様は本を読まない。それまで読んでいても私が来たら必ずやめてくださる。それは先日、新聞を読んでいたときに言ってくださったように、私を優先してくれているからだろう。
そのことは素直に嬉しく思うけれど、でも私のために我慢はしてほしくない。
「ベリト様」
食事から視線だけを上げて、ベリト様がこちらを見た。
「本を読まれたいときは、私に気を遣わず読んでくださいね」
彼女は何度か瞬きをすると、視線を下げて言った。
「別に、つかっていない」
「でも、どうしても続きを読んでしまいたいというとき、ありませんか?」
「ない、とはいえないが」そこで一旦言葉を止めると、ベリト様はまた視線だけを上げてこちらを見た。「それでも優先するほどのものではない」
「それって」
私よりも、という意味に受け取っていいのだろうか。
どんなに先が気になる本よりも、私のほうを優先したいと思ってくださっていると――。
その確信を得たくてベリト様を見つめてしまっていると、彼女はそそくさといった感じでまた視線を下げた。そして魚のソテーを切り分けてから食べる。その動作は先ほどまでと違ってどこか、ぎこちない。たったそれだけのことで、私の考えが間違いではないことが自ずとわかった。
本当にベリト様は不器用で、そして私を喜ばすのがお上手だな――自分の頬が緩むのを感じながら、私も魚のソテーを口にした。




