大陸暦1977年――05 似たもの同士
「そろそろおいとまするか」
アルバさんが壁に掛けられた時計を見て言った。時刻は十六時過ぎを指している。
「そうですね」
リリーさんとロネさんのお住まいは私たちが住んでいる場所と同じ区画内ではあるけれど、徒歩で一時間半程度は距離が離れている。日が暮れるまでには帰るようにとベリト様にも言われているし、帰路の時間を考えるとそろそろここを出なければならない。
「えーもう帰るのー」
椅子から立ち上がると、ロネさんが不満そうに口を尖らせた。
そんな彼女を見て、アルバさんが苦笑を浮かべる。
「また、会えるって」
「またっていつー」
「そうだなぁ。お前が教会の務めを頑張ったらかな」
「んじゃロネ、頑張る!」
「頑張れよ」
アルバさんは微笑んでロネさんの頭を撫でると、リリーさんを見て言った。
「ごちそうさま」
「ごちそう様でした」私もアルバさんに続く。
「いえ。帰り道、お気をつけて」
「またねー」
玄関でお二人に見送られながら、私たちは部屋を後にした。
アパートの階段をおりて大通りに出る。するとアルバさんが手を組んで上へと伸ばし、背伸びをした。それから歩道を歩き出したので、私も横に並んで付いていく。
「なんか久々によく喋った気がするな」
「そんなに喋る機会がなかったのですか?」
「ないない。あっても商店街の店員と軽い世間話をするぐらいだよ」
そうか。アルバさんは一人暮らしだから、お家では話し相手がいないのか。
「そういうお前こそ、そんなに喋る機会ないんじゃないのか?」
「え、どうしてですか?」
「クロ先生ってそんなにお喋りなほうではないんだろ?」
「そうですが、でも私の話をよく聞いてくださいますし、話を振っても答えてくださいますよ。それに」
「それに?」
「会話がなくても、一緒にいるだけでも楽しいですから」
「へぇ」
アルバさんが意味深長な微笑みを浮かべて見てくる。そんな彼女を見て、今とても恥ずかしいことを言ってしまったのだと気づいた。
「アルバさんこそ」私はその羞恥心を誤魔化すように言った。「先週はユイ先生のところへ行かれてたのでは」
言われてアルバさんは少しばかり動揺するような表情を浮かべた。
「なんで知ってるんだ」
「先日、ルナ様とユイ先生が晩酌に来られて、そのときにルナ様が」
「あぁ」アルバさんが苦笑する。「そういやクロ先生と友人、なんだよな」
アルバさんがお二人の関係――ベリト様がルナ様のご友人で専属の治療士であることを知ったのは昨年冬のことだ。たまたまルナ様とアルバさんと私の三人でお話をしていたときにベリト様の話題が出て、そのときにルナ様がなにげなく口にしたことでアルバさんはそのことを知ることになった。ルナ様も決して隠していたわけではなく、これまで話す機会がなかったらしい。そのときアルバさんは驚いてはいたけれど、でもルナ様ならそういうこともあり得るなと納得もされていた。
「卒院祝いをされたそうですね」
「うん。まぁ、普通の食事の誘いかと思ったらそれでさ」
照れくさそうに、それでも嬉しそうにアルバさんが目を伏せて微笑む。
彼女がそういう顔を見せることはあまりない。そしてどういうときにそういう顔をするのか一年以上、同室で彼女と共に過ごしてきた私も流石に気づいている。ユイ先生のことに関してだ。
アルバさんがユイ先生を慕う経緯は昨年の冬期始め、彼女が話してくれた。
きっかけはアルバさんが明日半日、出かけてくると教えてくれたときのことだ。
そのとき何気なしにどちらに行かれるのですかと訊いてみたところ、彼女は妹さんの墓参りだと答えた。私は踏み込んでよいものかと迷いながらも、やはり気になったのでその妹さんのことを訊いてみた。するとアルバさんは妹さんを亡くしたのをきっかけにユイ先生と出会ったこと、そのあと命を――心を救われたこと、そして修道院に入るまでユイ先生のお家でお世話になっていたことを話してくれたのだ。
それを聞いたとき、私は思った。私とアルバさんは似ているなと。
命を、心を救われて、そしてその相手を心から慕っている。それはまさに私がベリト様に抱いているものと同じものだ。私にとってベリト様が特別なように、アルバさんにとってもユイ先生は特別な存在なのだ。だからこそ彼女のそういう顔を見ると、自分のことのように嬉しく思ってしまう。
「でも、それ以外は本当に家にいたんだよ」
アルバさんが言った。先ほどの私のように、気恥ずかしさを誤魔化すような感じだった。
「だからほんと暇でさ。お前のところに行こうかなと考えもしたんだけど」
「来てくださってもよかったのに」
「いや、まだ新しい生活に慣れないうちに行くのは悪いかなと思って。それがなくとも正直、気軽に訪ねていいもんか迷ってるんだよね。ほら、家主はクロ先生なわけだし。私的には遊びに行ってはみたいけれど」




