大陸暦1977年――05 友人
「これ、なんの形だ?」
手に持った手作りクッキーを見て、アルバさんが言った。
「それはウシ! で、こっちがネコだよ!」
自分が持っているクッキーを見せながらロネさんが元気に答える。
「猫はわからないでもないけど、クッキーになんで牛?」
「大きいから!」
「答えになってねえ」
「あと白黒だから!」
「余計にわからねえ」
黄色一色のクッキーを眺めながら、アルバさんは不可思議そうに眉を寄せた。
そんなお二人のやり取りを見ていた私とリリーさんは、目を合わせて笑う。
今日、私とアルバさんはリリーさんとロネさんの新居であるアパート二階のお部屋にお邪魔していた。卒院前から今日のこの日にお二人が招いてくださっていたのだ。
最初はアルバさんと一緒に、星教のアパート以外に引っ越されるリリーさんたちのお引っ越し祝いをするつもりだったのだけれど、それをリリーさんに伝えたら引っ越しはお互いさまですからと丁重に断られてしまい、その代わりに普通に遊びにきてくださいと招待してくださったのだ。
そして訪れた私たちを、リリーさんとロネさんは手作りのクッキーと紅茶で向かえてくださり、今に至る。
「アルバ、ウシを見たことないの?」
牛さんのクッキーを食べたアルバさんに、ロネさんが言った。
「あるけど。いや、本物はないな。お前はあるのか?」
「あるよ! 母さまと牧場に行ったときに見たよ! すごくかわいかったよ!」
「どんなところが可愛いんだ?」
「もーもーて鳴くところが! あと知ってる!? 牛乳はウシが作ってるんだよ! お乳をぎゅってしたら出るんだよ!」
「へぇ、牛がお前の好きな牛乳を作ってるのか」
いかにも驚いた、という感じでアルバさんが言った。知っていることでもこうしてロネさんに合わせてあげるのが、彼女の優しいところだ。
「そうなの!」
「んじゃ牛乳を飲むときは牛に感謝しないといけないな」
「確かに!」
ロネさんは牛乳多めの紅茶で満たされたカップを手にして飲むと「ウシさんありがとう」と言った。すぐに実戦する素直なロネさんに、私たち三人は笑みを漏らす。
こうして四人が揃うのは卒院して以来、初めてのことだ。なので日数だけを見ればまだ大して日にちは空いてはいないのだけれど、それでもこれまでは毎日、顔を合わせていたのもあってみなさんと会うのが凄く久しぶりのように感じる。だからか私の心はいつもより浮き立っていた。やはり、友人と過ごすのは楽しいし嬉しい。
「ご飯は自炊してんのか?」
リリーさんに向けてアルバさんが訊いた。
「はい。料理は嫌いではありませんので」
「ロネも手伝ってるよ! 昨日はね、人参とじゃがいもを切ったよ! 偉い!?」
「あぁ。手伝えて偉いな」
アルバさんに褒められて、ロネさんがにっこりと嬉しそうに笑う。見ているこちらが思わず頬が緩んでしまうような笑顔だ。
因みにロネさんの包丁捌きは危なっかしいような想像をしてしまうかもしれないけれど、そのじつとても堅実だ。速度は速くなくとも、野菜の皮むきや切り分けなど一通りのことはこなされる。修道院の料理の授業で初めてそれを見たときは感心してしまった。絵も微細なものを描かれるし、そういう手先の器用さが包丁の扱いにも表れているのかもしれない。
「アルバさんはどうされているのですか?」リリーさんが言った。
「今のところ外か買って済ましてるな。私も料理は嫌いじゃないんだけど、一人だと作るのがなんか億劫でさ」
「それはわかる気がします。食べてもらえる人間がいないと作りがいがないですよね」
そう言ってリリーさんは横を見た。その視線の先には自作のクッキーを幸せそうな顔で頬張っているロネさんがいる。彼女はこのようになんでも美味しそうに食べるので――もちろん嫌いなもの以外だけれど――さぞかし作りがいがあることだろう。
「フラウリアさんはリベジウム先生と一緒に食事をされてるんですか?」
リリーさんの質問に、私はうなずく。
「はい。そうです」
とはいってもベリト様は基本的に朝が遅いし、昼食も食べられないので確実に一緒に食べているのは夕食だけだけれど。
そこまでお伝えするか迷っている間に、リリーさんが続けて訊いてきた。
「お料理はお手伝いさんが?」
ベリト様の家に使用人さんがいることは、以前にお話したことがあった。
「そうです」
「美味いの?」
そう訊いてきたのはアルバさんだ。
「はい。それはもう。お料理もお菓子もお上手で、毎日つい食べ過ぎてしまって困っています」
「へぇ」
「食べ過ぎるなんて贅沢、してもいいのかとは思ってはいるのですが……」
「贅沢うんぬんはお前の気の持ちようだからなんとも言えないけどさ、でも作ったほうとしては喜んで沢山食べてもらったほうが嬉しいと思うよ。な?」
アルバさんに投げかけられてリリーさんがうなずく。
「そうですね」
「そだよ! だからロネのクッキーもっと食べて!」
ロネさんが笑顔でクッキーを勧めてくださる。
「はい。いただきます」
私は微笑んでうなずくと、クッキーを一つ手に取った。




