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少女と白の心  作者: 連星れん
前編

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12/203

大陸暦1975年――03 空の王女1


 ユイ先生に呼び出された日から四日が経った。

 私が申し出た件に関して、まだ先生からの返答はない。

 その間、治療学の授業は昨日、一度だけ行なわれた。

 課題についてはとりあえず担当の修道女様に渡すようにとユイ先生がロネさんに言っていたけれど、実際はその必要もなくなっていた。担当の修道女様が自ら回収する運びになっていたからだ。おそらくユイ先生がそのように話を通してくださったのだろうと思う。

 ロネさんはお役目から解放されて、それはもう本当に嬉しそうだった。

 それだけでも代わりを申し出た甲斐があったというものだ。

 もちろん交代に関してはまだ決まったわけではないけれど、もし許可が下りなかったとしてもロネさんがこのお役目に戻されることはないだろうと思った。事情を知ったユイ先生ならばきっと、その辺は配慮してくださるはずだから。

 だから今後も彼女が望まないお役目によって笑顔を無くすことはない。

 そのことは本当に良かったと思う。

 私はロネさんが笑っているのが好きだから。

 彼女が笑顔ならば私も嬉しい気持ちになるし、これまでもその笑顔には何度も元気を貰ってきたから。

 それは紛れもない私の本心だった。

 ……だというのに、昨日の私はこれで良かったと確かに思いながらも、無邪気に喜ぶロネさんを前にして素直に笑うことができなかった。

 笑顔を浮かべながらも、心の中ではもの悲しい気持ちになっていた。

 その理由は分かっていた。


 リベジウム先生が悪いように思われたままなのが何だか、悲しかったのだ。


 本当はロネさんにリベジウム先生を嫌ってほしくないと思っていたのだ。

 一度しか会ったことがなく、大して言葉も交わしていない人に対して、どうしてここまで肩を持ってしまうのかは私にも分からない。

 でも、感じるのだ。


 あの人は怖い人ではないと。

 きっと、優しい人だと。


 何の根拠もなく、出所も分からない感情だけれど、どうしてか私にはそう感じるのだ……。


 私は手元の本から視線を上げる。隣にはアルバさんが、大きく長い机を挟んだ向かい側にはリリーさんとロネさんが座っている。そして回りには壁一面の書架。

 ここは修道院内にある図書館だ。

 今は午後の読書の時間で、見習いは各々、本を読んでいる。

 とは言っても、この図書館には今、私達四人の姿しかない。本を読む場所は指定されておらず、自室でも他の部屋でも外でも自由だからだ。なので他の見習い達は開放感のある中庭や外庭に集まっているらしく、この図書館は人気にんきのない場所なのだとアルバさんが言っていた。

 私は手元の本に視線を戻す。

 読書の時間は基本的に勉強を兼ねており、何でも好きに読んでいいというわけではないらしい。もし娯楽の本を読みたい場合は自由時間に、というのが決まりだそうだ。だからアルバさんは魔紋学の本を、リリーさんは紋語学の本を、ロネさんは難しい顔をしながら星教会せいきょうかいの歴史書をそれぞれ読んでいる。


 そして私が今、読んでいるのは、星王国せいおうこくの歴史書だ。


 私がこれを選んだのは、一重に自分が生まれた国に関して何も知らないからだ。

 自国の歴史については普通の子供ならば幼年学校で、修道院では一年目に学ぶらしい。

 でも孤児である私は幼年学校に通っておらず、事故の後遺症で修道院一年目の記憶もない。だからこういう時間や自由時間に一から勉強することにしたのだった。


 私は本を読み進める。

 今読んでいる本の前半部分には、星王国せいおうこくの成立ちについて記されている。

 星王国は遙か昔、瘴竜しょうりゅう大戦で活躍したせい六英雄の一人、神星しんしょう魔法を最初に見出みいだした神星魔道士リュムの子孫であり、稀代の神星魔道士であったルーニア・セレンが興した国だ。

 薬草士であるセレン家の養女として育てられた彼女は、後に光竜王と呼ばれる竜王国の王女と出会い、共に大戦後に大陸に残された瘴魔と戦い、瘴気に汚染された大陸全土を精霊歌によって浄化することに成功した。

 それが大陸暦100年から103年にかけて行なわれた大陸浄化計画である。

 その結果、それまで結界内という限られた場所でしか暮らせなかった人々は、外へと生活圏を広げることが可能となった。だけどそれでもまだ瘴気と瘴魔の脅威を完全に拭うことはできず、その対策として瘴気と瘴魔に有効な魔道士育成のために作られていた魔法学園都市を国家へと変えることにした。


 それこそがこの国、星王国せいおうこくセンルーニアだ。


 星王国が魔法国家と呼ばれる所以ゆえんはまさにここにある。

 そして今でも初代星王(せいおう)ルーニア・セレンの子孫である星王家せいおうけがこの国を治めている。

 星王家の特徴として有名なのが、王家に生まれた人間は例外なく魔法素養を生まれ持つことだった。

 特に女児は神星しんしょう魔法の高素養者が生まれる確率が高いとされているらしい。

 それは瘴竜しょうりゅう大戦で絶滅した精霊族の血を初代星王が引いていたのが関係していると言われており、そのことも魔法国家を象徴する一つとなっている――。


 そこまで頭の中でまとめてながら読み進めていた私はふと、本の後ろ、発行年数を見た。

 初版が1520年となっている。今は1975年なので、なるほど、と思う。

 そういえば何も知らないとはいっても、この国に関して一つだけ知っていることがあった。

 この歴史書には例外なく星王家せいおうけの人間は魔法素養を生まれ持つと書かれている。

 でも今はその枠に当てはまらない人物が存在する。


 この国である意味、そう、孤児ですらも知っているもっとも有名な王族――。


「何読んでるの?」


 不意に耳に入ってきたのは、聞いたことがない声だった。

 本から視線を上げると、視界に知らない女性が映る。いつの間に図書館に入ってきたのか、その女性はロネさんの後ろに立って彼女が読んでいる本を覗き込んでいた。


星教会せいきょうかいの歴史書だよー」


 ロネさんは本に難しい顔を向けたまま答えた。


「勉強?」女性が訊く。

「ふくしゅー」

「何? 小テストで悪い点でも取ったの?」

「うん。だから今度、再テストなのー」

「へぇ。大変ねえ」

「うん。大変なのー」


 そこでやっとロネさんは振り返った。そして女性を見て一瞬きょとんとしたあと、ぱあ、と笑顔を浮かべる。


「ルナさまだ!」


 ロネさんは勢いよく椅子から立ち上がると、その女性に抱きついた。

 女性は驚きつつもロネさんを抱き留めて笑う。


「ロネは相変わらず元気がいいわね」

「元気だけが取り柄です!」

「あら、随分と謙虚なことを言うのね」

「言ったのはアルバです!」


 振られたアルバさんは困ったように「だけは冗談だったんだけどな」と苦笑しながら頬をかくと、居住まいを正してから言った。


「こんにちは。お久しぶりですね」


 それは女性に向けての言葉だった。そしてそれに続くようにリリーさんも女性に対して軽く頭を下げている。どうやらみんな、この女性のことを知っているらしい。

 星教会せいきょうかいの関係者だろうか。いや、そうだろう。ここには基本的に部外者は入れないはずだから。

 でも、と私は女性を格好を見る。

 女性は白と青が基調の衣服を身にまとっていた。それは一見、色合いからして星教の護り人、星堂せいどう騎士が身にまとっているものに似ているけれど、何と言うか、私が見たことがあるものよりは所々の細工が豪華な気がする。腰に下げた剣も、手足に付けた防具も同じ印象だ。

 もしかしたら星堂騎士の上の人という可能性もあるけれど、それにしては星教の証である星十字せいじゅうじが身に付けているものどこにも刻まれていない。


「ちょっと立て込んでてね」


 女性はアルバさんにそう答えると、自分から離れたロネさんに向けて言った。


「それよりロネ。聞いたよー? リベジウム先生の所に行くの嫌がったんですって?」

 言われてロネさんは口を尖らせた。

「だってー怖いんですもん」

 それを聞いて女性は笑う。

「確かに。彼女、愛想が皆無だもんねえ」


 そう言った女性の口調には全く嫌みというものが含まれていなかった。それどころかどことなく親しみさえも込められているような感じがする。


 ……リベジウム先生と親しい、のだろうか。


 そんなことを思いながら女性を見ていると、ふいに視線が合った。女性がこちらを向いたのだ。

 思わず目が合ってしまい、私は固まってしまう。

 女性の瞳は、青色だった。それは最初に彼女を見た時から気づいてはいたけれど、でも先ほどから見ていたはずのその瞳は、真っ直ぐ目が合ったことにより全く違うものに見えた。


 それはただの青ではなかった。


 瞳の中に、二つの青が共存するように存在している。

 深みを感じる濃い青と、澄んだ優しい色合いの青が。

 その色は初めて見たようでいて、見慣れたものでもあった。

 だってそれは、いつも頭上にあったから。

 見上げれば、いつもそこに存在していたから。

 そう、どこまでも広がる青空が――――。


 あ、と控えめな声が耳に入った。私は、はっ、我に返り、女性から視線を外す。

 声の主はリリーさんだった。彼女は私に手を向け、女性を言った。


「彼女はホルスト修道院から移ってこられた」

「フラウリアでしょう? 聞いてるわ」


 女性は丁度いい頃合いでリリーさんの言葉を遮ると、続けて言った。


「ユイに呼んできてって言われたの」


 ユイ先生を呼び捨てだ、と私が驚いていると、隣のアルバさんが小さく笑った。


「貴女を使うなんて、ユイ先生、やっぱり最強ですね」


 その言葉に同意するかのように女性も笑う。


「ねー。怒ったら静かーに怖いんだから、いい子にしてなきゃ駄目よ」

「はーい!」ロネさんが手を上げる。


 女性は微笑んでロネさんの頭を撫でると、こちらに顔を向けた。


「行きましょう」

「は、はい」

 

 女性に当惑した気持ちを抱きながらも、私は席を立った。彼女が誰かは分からないけれど、ユイ先生の使いならば付いて行くしかない。

 本を閉じて手に持つ。するとアルバさんが「置いときなよ。持って帰っとくから」と言ってくださった。私は「おねがいします」と返して、大きな机を回り込み女性の元へと行く。

 女性は私が来たのを確認してから図書館入口へと歩きだした。私も後に続く。


「身体の調子はどう?」


 図書館から出ると、女性は前を向いたままそう訊いてきた。

 私の身体のことも知っているようだ。ユイ先生に聞いたのだろうか。


「はい。もう問題ありません。元気です」


 右斜め前を歩く女性に向けてそう答えると、彼女は「そう」と呟いた。

 そして少しの沈黙のあと、歩きながらこちらに顔を向けると、青空のような目を細めて微笑んだ。


「よかった」


 それはどこか安堵したような、とても優しい微笑みだった。



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