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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――04 呼び方


「ということで、フラウリアも飲みましょうね」


 セルナがにっこりと笑って言った。


「え」


 強引に話を締められてきょとんとするフラウリアを尻目に、セルナはデボラを見る。

 デボラは察したようにうなずくと、フラウリアのグラスにワインを注ぎ始めた。その様子をフラウリアはなにも言うことなく、それでもまた眉を下げて見ている。どうやら遠慮したい気持ちはまだあれど、セルナ相手に強くは出られないらしい。もしくは、なにを言っても先ほどのように押し切られてしまうと気づいたか。


「この際だし、お酒に強いか弱いか知っておきなさい」フラウリアに向けてセルナが言った。「そのほうが今後のお酒の付き合いの目安にもなるし。因みにアルバは結構、強かったわよ」


 ふいに友人の名前が出てきて、フラウリアが驚く。


「アルバさんと、飲まれたのですか?」

「えぇ。先日ユイの家で卒院祝いをしたときにね」


 いくらユイが見習い全員を大事に思っているとはいえ、流石に一人一人を自宅に招いて卒院祝いなどはしていない。にもかかわらずアルバがそれをされているのは、二人が以前からの知り合いだからだ。

 アルバはフラウリアのように星教(せいきょう)が素養者として保護した孤児ではない。ユイが個人的に保護した子供だ。

 それから修道院に入るまでの数ヶ月、ユイが自宅で面倒を見ていた。となるとユイの恋人であるセルナもそこに顔を出すわけで、それでセルナとも親交があるのだ。


「そうなんですか」


 フラウリアもアルバからそのことは聞いていたのだろう、微笑んでうなずくと、友人が飲んだことが後押しになったのか「では、お言葉に甘えさせていただきます」と言った。

 それにセルナは満足そうに微笑むと、グラスを手に取った。


「それじゃあ、乾杯しましょう」


 乾杯なんて別にしたくもないのだが、やらないとセルナがうるさいので私は仕方なくグラスを手に取る。それにユイも続き、フラウリアも慣れなさそうな手つきでグラスを両手で持った。

 セルナは全員がグラスを手にしたのを確認すると、グラスを持ち上げた。


「かんぱーい」


 かけ声に合わせてそれぞれ軽くグラスを持ち上げてから、ワインを口にする。


「どう?」


 一通り味わったのを見はからってから、セルナが訊いてきた。


「……うまいな」


 ここまでの年代物を飲むのは初めてだが、通常のものより角がなく甘みも感じられて飲みやすい。そして味もなんというか、深みがある。


「ねー? 流石ボーゴルの年代物よね」


 そう言ってセルナはフラウリアを見た。


「フラウリアはどう?」

「あ、はい。おいしいです、が」

「が?」

「少し、ふわふわします」

「あら、初々しい感想」セルナが笑う。

「いやでもこれ、ワインにしては度数、高くないか?」

「あー言われてみればそうかも?」

「そうかもって、先日も飲んだんじゃないのか」

「アルバと飲んだのは別の銘柄の三十年ものだったもの」


 セルナはそう言って、ワインの瓶を手にそばに控えているデボラを見た。

 デボラは眉をあげると、予め確認していたのだろう私たちの疑問に答えるように言った。


「そうですね。確かに通常のワインよりはアルコール度数が五パーセントほど高いようです。銘柄も、これまで一度も見たことがないものですね」


 デボラは料理だけでなくあらゆる酒にも精通している。そのデボラが見たことないというのならば、一度も市場に出回ったことがないものなのだろう。


「もしかしたら」デボラが続けて言った。「なにかしらの記念で星王家(せいおうけ)が特別に作らせたものなのかもしれませんね」


 だとしたら、貴重なんてもんじゃない。


「そんなもの、持って来てよかったのか」

「大丈夫よ」セルナが笑い飛ばす。「まだ何本かあったし。それにいつまでも大事にしまっておくのもなんだか可哀想じゃない? 折角、飲まれるために作られたのだから」

「そんなこと言って、ただお前が飲みたかっただけだろ」

「もう、身も蓋もない言い方しないでよ」


 セルナは眉をしかめながらも、すぐに「まぁ、その通りだけどね」と笑った。それからグラスの残りのワインをあおる。

 その飲みっぷりに呆れながら、私は右隣を見た。

 フラウリアは先ほどと変わらず、丁重に両手でグラスを持っている。だが、その頬はほんのり赤くなっていて、普段より瞬きの回数も多くなっていた。


「大丈夫か」


 声をかけると、はっとしてフラウリアがこちらを見た。


「はい」

「無理なら言え。飲んでやるから。飲むにしても少しずつにしろ。それとセルナ」


 セルナのグラスを見る。そこにはデボラによって、先ほどよりも倍のワインが注がれている。


「お前はそれ以上、飲むな」

「えーなんでー?」

「お前の飲む速度だと、こっちがおかわりする前になくなる」


 こいつはあまり酒を味わうことをしないから、飲むのが早いのだ。


「あら。私の持って来たお酒、そんなに気に入ったの?」

「酒に罪はないからな」

「まるで私には罪があるような言い方するじゃない?」


 心外そうに言うセルナに、ユイとフラウリアが笑う。


「それならほかのお酒だしてよ」


 デボラを見ると、あいつも許可を得るようにこちらを見ていた。


「セルナ如きにいいのを出すなよ」

「では、そこそこの、ぐらいのにしておきます」


 冗談を含んだ声音でデボラはそう言うと、部屋を出て行った。

 それを見ていたセルナが片手でお手上げ、というような仕草をする。


「ベリトったらいつもこうやって私を(いじ)めるのよ? 酷いと思わない?」


 振られてフラウリアは困ったように、それでも微笑ましそうに苦笑した。

 そしてふと、思い出したかのように「そういえば」と言った。


「ベリト様だけルナ様の呼びかたが違うのには、なにか理由がおありなのですか?」


 その質問にセルナがにやりと笑う。


「聞きたい聞きたい?」

「あ、はい」


 前のめりになったセルナに気圧されながら、フラウリアがうなずく。


「それはね。私たちが出会ったころに『親しい人間は私のことルナって呼ぶから、貴女もそう呼んでね』て言ったらベリトが『私はお前とは親しくないし、親しくなるつもりもない。だが、イルセルナなんて長い名前を呼ぶのも七面倒(しちめんどう)だからセルナと呼ぶ』って言ったからなのよ」


 全くもって似ていない私の物真似(ものまね)を交えつつ、セルナは言った。


「そうなんですか」


 まるでその光景が目に浮かぶとでも言うように、フラウリアが微笑ましそうにしている。


「ほんっとベリトって、(ひね)くれてるわよねえ。だいたいさ、昔も今もそう呼ぶのはベリトぐらいなんだから、そのほうが逆に特別な関係って感じがしない?」


 セルナが嫌らしい笑みを向けてきたので、私はそれを一蹴する。


「気持悪いことを言うな」

「酷いー」


 口を尖らせるセルナを見て、ユイとフラウリアが笑った。



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