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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――04 晩酌


 夕食を済ましたあと、居間でフラウリアと二人、食後のお茶を飲んでいたら、なんの連絡もなく来客がやってきた。


「はあーい、こんばんわ」


 突然の訪問に全く悪びれる様子もなく軽い調子で挨拶をするセルナの後ろには、ユイが小さく礼をしている。


「なにしにきた」


 驚きながらソファから立ち上がったフラウリアが挨拶をする前に、私は言った。


「晩酌」セルナが答える。

「家でやれよ」

「あら冷たい。いいお酒があるからお裾分けしにきたのに」


 セルナが横を示す。そこには玄関から二人をここへ案内してきたデボラがいて、その手には一本の瓶が持たれていた。ワインだ。


「いらんと言ってもどうせここで飲むんだろ」

「わかってるならグダグダ言わないの」


 まだそんなに言っていない。


「デボラ、おつまみになりそうなものある?」


 セルナの問いにデボラが答える。


「今日はいいチーズがありますよ。用意します」

「手伝うわ」


 部屋を出て行くデボラにセルナも続く。

 そのやりとりを立ったまま呆然と見ていたフラウリアは、はっとすると動き出そうとした。


「行かなくていい」それを止める。「あれぐらいやらしておけ」


 でも、とでも言うようにフラウリアはこちらを見下ろしたが、ユイが近づいてきたのでそちらに意識が切り替わった。


「いつも突然ですみませんね」

「まぁ、あいつ言い出したら聞かないからな」


 こうしたい、と思ったらすぐに動いてしまうのがセルナという人間だ。

 おおかた今日も、二人で夕食を食べていたときにでも、ここで晩酌することを思いついたのだろう。


「ご理解のほど、助かります」


 小さく苦笑して、ユイは向かいのソファに座った。こちらが席を勧めたり、あちらも許可を得たりはしない。なんだかんだでこいつとも長い付き合いだ。もう互いに遠慮はしていない。

 ユイが座ったのを見て、フラウリアは戸惑いながらも腰を下ろした。

 そんなフラウリアにユイが言った。


「フラウリア、少し振りですね。元気にしていましたか?」

「はい」


 反射的にという感じで歯切れよく返事をして、数秒の間のあと笑みをこぼした。

 ユイが不思議そうに小首を傾げる。


「すみません。こうして修道院の外でユイ先生とお会いするの、なんだか不思議な感じがしたので」

「そうですね」納得したようにユイがうなずく。「その服、デボラが選んだそうですね。よく似合っていますよ。髪型も」


 デボラに編み込まれた髪に()れながら、フラウリアが照れくさそうにはにかむ。


「ありがとうございます。ユイ先生も素敵です」

「ありがとう」


 今日のユイは勤務外なので私服を着ている。もちろんセルナもだ。剣は下げているが防具の部類などは身に付けていない。あいつは今日、午後から休暇で、それは私も事前に聞いてはいる。

 だから今日は昨日の解剖で神経もすり減っているし、知らない奴と話して気疲れもしているし、そしてセルナも休みだし夜はゆっくりできると思っていたのだが……甘かった。


「こちらでの生活はどうですか」ユイが言った。

「はい。ベリト様もデボラさんにも、とても良くしていただいています」

「そうですか」ユイがこちらを見る。「ありがとうございます」


 ふいに礼を言われ、なんて答えていいか困った私はつい目を逸らしてしまう。すると視界の端で二人が目を合わせて笑うのが見えた。

 どことなく居心地の悪さを感じながら、二人が世間話をしている様子を紅茶を飲みながら見ていると、やがてセルナとデボラがグラスとつまみを手に戻ってきた。

 セルナがユイの隣に座り、デボラがティーセットを片してそれぞれの前にグラスを置く。そしてワインの栓を抜いてセルナのグラスから注ぎ始めた。


「ボーゴルのか」

「そうよ」セルナが答えた。


 ボーゴルとはこの国の南、諸国連合内にある醸造都市だ。

 気候がワインの生産に適しており、この大陸に出回っているワインのほとんどがボーゴル産というぐらいワインの名産地でもある。


「しかも六十年もの」

「へぇ」


 それは大したものだ。この家の地下にもワイン貯蔵庫があり、そこには以前の家主が残したワインがそのまま残ってはいるが、流石にそこまで古いものはない。


「どこからくすねてきた」


 大体想像はつくが。


「言い方」突っ込みしながらもセルナは答えた。「お城の貯蔵庫」


 だろうな。そこまで古いものは市場には出回ってはいない。あるとすれば歴史ある名家の貯蔵庫ぐらいだ。その点で言えば、星城せいじょうの貯蔵庫は宝の山だろう。


「心配しなくても、ちゃんとお兄様には許可をもらってるから」


 流石に盗んだとは思っていない。いや、王族が城のものを持っていくのは盗みとは言わないのか?


「フラウリア様はどうされます?」


 三人のワインを注ぎ終わったあと、デボラが訊いた。


「ボーゴルのぶどうジュースがありましたので、そちらも用意していますけど」


 それを聞いて、フラウリアはどことなく安堵した表情を浮かべた。


「それでしたら、ぶどうジュースを――」

「あら、フラウリアも飲みましょうよ」


 フラウリアの言葉をさえぎるようにセルナが言った。


「折角、成人も卒院もしたんだし」 

「でも……」


 困ったようにフラウリアは眉を下げる。表情から察するに気が進まないというよりは、遠慮しているという感じだ。それはおそらくワインが高価なものだからだろう。酒に詳しくない人間でも、年代物のワインが高いことぐらいは大抵、想像がつく。

 セルナもそれに気づいてか、引くことなく言った。


「まだお酒、飲んだことないんでしょう?」


 訊かれてフラウリアは少し、気まずそうな顔をした。


「いえ。昔に少し……すみません」


 それは私も記憶で視たことがあるので知っている。フラウリアが孤児時代のときのことだ。

 その日は冬期の寒い日で、孤児の一人がおそらく盗んだかしたのだろう、酒瓶を持って孤児のたまり場へと現れた。そしてなんの気まぐれかそいつは酒でも飲めば寒さをしのげると、ほかの孤児にもそれを回し飲みさせて分け与えた。そのときフラウリアも勧められたのを断りきれずに飲んだのだ。

 だがそれは本当に小量で、飲んだうちにもはいらない。

 それをわざわざ白状しなくていいものを……全く真面目な奴だ。

 セルナを見る。顔には出していないが、訊いたことを失敗したなと思っている。だからこそセルナは明るく言った。


「そういえば私も子供のころ、両親の目を盗んで飲んだことがあるわ」


 それにユイも乗っかってきた。


「私もありますね」


 ここまで来たら私も乗るべきなのだろう。……それぐらいの空気は読める。


「私も、あるな」


 まぁ、嘘ではないし。おそらく二人も嘘ではないだろう。

 大人が酒を美味そうに飲んでいると、自然と子供は興味を持つものだ。


「あら、悪い子ばかりね」セルナが笑う。


 それを見て、気まずそうにしていたフラウリアの口許に笑みが浮かんだ。



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