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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――03 心境の変化


「仕事はいつからなの?」

「来週末からです」

「修道院の春期休み明けは再来週でしょう? 中途半端じゃない?」

「その前に教えていただくこともありますので」

「あぁ、そっか。新米先生だものね。それなら来週の初めにでも撮りましょうか。お互い忙しくなる前のほうがいいと思うし」

「わぁ、楽しみです」


 セルナとフラウリアが写真を話題にしてわきあいあいと話しているのを、私はデボラが持って来た紅茶に口をつけながら黙って聞いていた。


「そうだ。折角だからユイも呼ぼうかしら」

「ユイ先生ですか」

「えぇ。この際だから色んな組合わせの写真を撮りたいし。あ、もちろん、ベリトと二人だけ写真も撮ってあげるからね」

「あ、ありがとうございます」


 ……その会話の内容からするにこれはもう、一枚だけ撮ってはい終わりという話では済みそうにない。まぁ、それについてはセルナが絡んできた時点で予想はついていたので諦めてはいるが……。

 私は紅茶を飲みながら、(うかが)うように前を見る。向かいのソファには並んで座るセルナとフラウリアの姿がある。フラウリアは最初、いつものように私の隣に座ろうとしたが、そんなあいつをセルナが制止して隣を勧めたのだ。

 セルナがそうしたのは、単純にそのほうが話しやすいと思ったからだろう。それはわかっている――わかっているのに、どうしてか私は先ほどから面白くない気持ちになってしまっている。

 そんな子供染みた感情を(いだ)く自分に戸惑いを覚えながら、それを紛らわすためにひたすら紅茶を飲む。

 そうしていて早くも空になったティーカップの中を意味もなく眺めていると「ここ数日はなにしてたの」とセルナが言ったのが耳に入ってきた。

 どうやら写真の話は終わったらしい。私はティーカップから顔を上げる。


「一昨日は服を買いにデボラさんが市街地に連れて行ってくださって、昨日はベリト様に本屋に連れて行っていただきました」

「あぁ、ケンのところね。彼、いい人だったでしょう?」

「はい。とっても。本もお祝いにくださって――」


 そこまで言ってフラウリアの微笑みが固まった。おそらくもらった小説の内容を思い出したからだろう。そんなこいつの様子にセルナは不思議そうに眉をあげたが、フラウリアはそれを誤魔化すかのように慌てて言った。


「あ、ルナ様も本がお好きなんですね」


 しまった――私はセルナを見る。するとあいつもこちらに横目を向けてきた。それを言ったのが私だと気づいたからだろう。

 私は『とりあえず肯定しろ』と伝えるために小さく何度かうなずいて見せた。それを見たセルナはフラウリアに見えないように右の口端を小さく上げる。

 察してくれたか、とひとまず安心していると。


「私はそんなに好きじゃないかな」


 あっけらかんとセルナは否定した。


「え」


 それには思わず、私もフラウリアと同じく内心で『え』と言ってしまっていた。普段からなんでも口に出す癖がないからか、それが声にならなかったのは幸いだった。

 フラウリアはちらりとこちらを見たあと、続けて小首を傾げた。まるで『ベリト様はそう言っていたのだけれど、私が聞き間違えたのだろうか』と悩むように。いや、はっきりと口に出してはいないが。曖昧にうなずいただけだが。まぁ、それでも肯定したことには間違いない。

 これはどう言い訳をするべきか……と考えていると、セルナが「でも」と言った。


「ユイは本が好きだから、だからよく一緒に本屋に行くことがあって、それでケンとはお友達になったのよ」そこまで言って、こちらに視線を向けてくる。「どうやらベリトも誤解していたみたいね」

「そうだったのですか」


 フラウリアが納得したようにうなずく。

 嘘をつかず、無難に誤魔化せるところは流石だなと思う。

 そしてふと、今さらながらに気づいた。


「ところでお前、なにか用があったんじゃないのか」


 こいつがふらっとやって来るのはよくあることだが、この時間帯にくることは珍しい。

 夕方までのこの時間、こいつの部隊は訓練の時間だからだ。セルナは公務やらほかの仕事がない限りは必ず、訓練に参加している。それに出ずにここに来たということは、なにか用件があるということだ。


「えぇ」セルナはうなずくとフラウリアを見た。「ごめんフラウリア、ベリトとお仕事の話をするから少し席を外してくれる?」

「はい」


 フラウリアはソファから立ち上がると、居間を出て行った。

 それを見送ってから、セルナがこちらを見て笑みを漏らす。


「先ほどの焦る貴女は、なかなかに見ものだったわね」

「……思わずお得意さんって言ってしまったんだよ」

「そんなことだろうと思ったわ。まぁ、実を言うと、貴女たちが昨日、ケンのところに行っていたのは知っていたんだけど」

「寄ってきたのか」

「昨夜にね。ケン驚いてたわよー。あの先生が年下の女の子に押されてたじたじだったってー」


 自覚がないわけではないので、否定もできない。


「あとフラウリアのことも頼んだんですって?」

「あいつには守秘義務がないのか」

「私にはないわね」


 いけしゃあしゃあと。


「先生が本以外の仕事を頼んできたのも初めてだって、これまた驚いてたわ。でも、喜んでもいたわよ。これでやっとまともな恩が返せますって」


 別にあいつには治療後にそれなりの報酬も貰っているし、そこまで恩義を感じる必要はないのだが……まぁ、フラウリアのことを真剣に気にかけてもらえるのは助かるが。


「で、なんの話だ」

「急で悪いんだけれど、あれ明日になったから」

「あぁ、それか」


 あれとは、私が今でも定期的に行なっている、人体の個体差を記録するための人体解剖のことだ。

 その対象は大罪人のみとなるため、対象の死刑が執行されないと行なうことができない。なので解剖する日時は基本的に決まっておらず、予定が立ったときにはここに来る口実の一つとしてこうしてセルナが直接知らせに来ていた。


「それと新人さんが見学したいって」

「またか」私はため息をつく。


 新人とは星教(せいきょう)死検士(しけんし)のことだ。


「またって、新人が見に来るのは春期ぐらいじゃない」

「新人でなくとも最近、誰かしらいるだろ」


 そう。最近は面倒な手続きを踏んで許可を取った治療士が来ることも多い。


「いいことじゃない。それだけ認められてきてるってことよ」


 別に……私は認めてほしくてやっているわけではないのだが。


「ところで、こういう話はまだ、あの子の前ではしないほうがいいのかしら?」


 セルナがフラウリアに席を外させたのは、訊かれたくないというよりはあいつの気持ちを配慮してのことだ。それはこの話だとわかった時点で私も気づいている。


「……どうだろうな」


 フラウリアがこのことを知ってからもう一年は経つが、あいつは私が解剖を始めた切っ掛けを訊いてきて以来、これを話題に出したことはない。……まぁ、普通に話をしていて出てくるような話題ではないのでそれは当り前ではあるが。

 だからあいつが今、このことをどのように感じているのかは私もわからない。

 ……だが、どちらにしても。


「まぁ、明日のことは話すが」


 そう言うと、セルナが意外そうな顔をした。


「誤魔化さないんだ」

「これから何度もあることを、一緒に住んでいる人間に誤魔化すのは面倒だろ。それに――」


 一瞬、躊躇(ちゅうちょ)して、それでもそれを口に出していた。


「あいつにはなるべく、嘘はつきたくない」


 情報屋のことのように、知らなくてもいいことはわざわざ教えはしないが、このことはあいつも知ってはいるのだから、今さらもう隠すつもりはない。


「――へぇ」


 セルナが目を細めて見てくる。


「……なんだよ」

「随分と素直だなと思って」


 それに関しては本当にな、と自分でも思う。

 こいつの前で本心を(さら)け出すなんて……以前の自分なら考えられないことだ。

 確かにフラウリアには自分の気持ちを誤魔化さないようにしようと、思ったことはできるだけ言葉にしようと決めはしたが……その心境の変化がこいつの前ですらも出てしまっているということなのだろうか。

 なんにせよ、またいらぬ餌を与えてしまったなと諦念(ていねん)して黙っていると、意外にもセルナはいじってくることなくそのままソファから立ち上がった。


「それなら十三時前に迎えを寄越すから」

「あぁ……」私は少し拍子抜けしながら答える。そして歩き出したセルナに言った。「明日は大人しくしてろよ」


 解剖のある日は大抵、仮眠が取れない。だから夜は普通に寝てしまう。それでも人が来たら起きはするが、寝起きはあまり頭が冴えていないし、そんな状態では私だって精細さを欠けることもある。そういうときにはあまり、怪我の処置などはしたくない。


「了解です。せんせ」


 (おど)けるようにセルナはそう言うと、手をひらひらさせながら居間を出て行った。



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