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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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108/203

大陸暦1977年――03 写真


「こんにちわ」


 仮眠から覚めた夕方、居間のソファでフラウリアと話をしていたら、いつもの如く前触れもなくセルナがやってきた。


「こんにちわ。ルナ様」


 隣に座っていたフラウリアが律儀に立って出迎える。それを見たセルナが「あら」と声を上げた。


「どうしたのフラウリア。おめかししちゃって」


 セルナにそう言われて、フラウリアは気恥ずかしそうに身を縮める。

 今日、フラウリアはリボンブローチを首元につけた白いブラウスに、青い格子縞こうしじまのスカートという出で立ちをしていた。これも先日、買物に行ったとき買ったものだ。フラウリアは一着でいいと遠慮したらしいが、デボラがあれこれ言ってなんとか二着、買わせたらしい。こういうときデボラの強引さは有益だなと思う。

 それと午前中は髪を下ろしていたが、仮眠から起きたらまた横髪が編み込まれて青いリボンをつけていた。どうやらデボラがフラウリアの髪をいじるのが楽しくなってきたらしい。ちなみに先日のも今日のもリボンはデボラの私物だと言っていた。


「髪はデボラさんが、服はベリト様が買ってくださいました」

「え! ベリトの趣味!?」


 声量の大きさに、私は眉を寄せてしまう。


「うるさい。選んだのはデボラだ」

「よねー」

「なんで納得するんだよ」

「だってベリトなら絶対、黒色を選ぶもの」

「こいつなら黒でも似合うだろ」


 思わずそう反論して、すぐに後悔した。

 セルナがにやーと憎たらしい笑顔を向けてきたからだ。その横ではフラウリアが恥ずかしげに口を硬く閉じている。


「それは否定しないけれど、でも女の子らしい服は選べないでしょう?」


 それはまぁ……そうだが。スカートなんて生家にいたころにしか着たことないし、それに昔からどちらかというとそういう服は苦手だった。


「でもほんと、よく似合ってるわ。凄く可愛い。写真に残したいぐらい」


 そこでセルナは思いついたかのように「そうだ」と両手のひらを合わせた。


「今度、撮りましょうよ」

「写真を、ですか」

「そうよ。撮ったことないでしょう? あ、この間、卒院式で撮ったか」


 実際には修道院に入るときにも証明写真を撮られているのだが、それを数にいれなかったのはフラウリアの気持ちを配慮してのことだろう。もうフラウリアも精神が安定しているとはいえ、それでもなくなった記憶のことを言われたら戸惑いを感じるだろうから。


「はい。でも……」ちらりとフラウリアが横目を向けてくる。「ベリト様はいらっしゃらなかったので……」


 そういえば先日、卒院式の話をしていたときに少し言っていたな。私がいなくて残念とかなんとか。


「あらーベリトと一緒に撮りたいのー?」


 かわいーとセルナがフラウリアの頭を撫でる。

 フラウリアは口を結んで目をしばたかせながら、どうしていいものかわからないという様子で、なすがままなすがままにされている。


「でも残念。ベリト写真、嫌いなのよ」

「そうなのですか」

「そうそう。一回も撮ってくれたことがないのよねー」

「お嫌いなら、しょうがないです……」


 フラウリアが肩を落とす。……あからさまに残念がっている。

 その横では、あーあ、とでも言うようにセルナがこちらを見ている。

 ……これではまるで、私が悪者みたいではないか。

 私は二人を見ながら、内心でため息をついた。

 ……写真、か。

 写真には、いい思い出がない。

 それも当り前だ。写真を撮ったのは生家にいたときしかないのだから。

 しかも、両親と一緒に。

 その家族写真は、幽閉された部屋にも飾られていて、私は毎日、それを目にしていた。

 だから鮮明とは言えなくとも、未だに覚えてはいる。

 写真の中で無邪気に笑っている、まだなにも知らない自分を。

 そして、その後ろで微笑んでいる両親を。

 だが、撮影のとき、二人は決して私に触れることはなかった。

 その微笑みが偽りだということも、父に振れて本心を知ったときに気づいた。

 私が写真によい感情を(いだ)かないのは、そのことがあるからなのだろう。

 両親が家族を装って自分と写真を撮っていたことを、女々しくも今でも引きずっているのだ。

 ……それならばとも思う。

 私はもう、過去に、両親の影に怯えるのはやめると決めたのだ。

 写真に関しても、撮りたくない理由がそこにあるのならば、逃げるべきではないのではないだろうか。

 踏み出してみるべきではないだろうか。

 なにより、フラウリアが私と撮りたがっているのだ。

 両親のように仕方なくではない。

 残念がるぐらいに私と撮りたいと思ってくれている。

 その気持ちには……応えてやりたいと思う。


「一枚ぐらいなら……」


 そう口にすると、肩を落としていたフラウリアがこちらを見た。


「一枚ぐらいなら……撮ってやってもいい」

「本当ですか」

「あぁ」


 みるみるフラウリアの顔が明るくなる。


「よかったわね。フラウリア」

「はい」


 手を取り合って二人が喜ぶ。

 なんかそこまで喜ばれると……流石にむず痒い気持ちになる。


「それなら今度、写撮(しゃさつ)魔道具を持ってくるわ」

「え。お持ちなのですか」


 写撮(しゃさつ)魔道具とはその名の通り、写真を撮る魔道具だ。構造が複雑なため、高価でそう気軽に買えるものではない。というか一般的には売っていない。市民でも貴族でも写真を撮る場合は、国から営業許可が出て写撮(しゃさつ)魔道具を与えられた写真屋に頼むのが普通だ。


「えぇ。昔、成人祝いにね、兄が贈ってくれたの。思い出作りにって」

「わぁ。素敵なお兄様ですね」


 まるで、そこらの兄妹愛に触れたかのようにフラウリアは素直に感動しているが、セルナの兄というのはそんじょそこらの一般人ではない。星王(せいおう)のことだ。でないと妹にそんなものを、ぽんと買い与えられるわけがない。


「それにしても」セルナがこちらを見る。「これでやっとベリトと写真が撮れるわね」

「お前と撮るとは一言も言っていないんだが」

「えー私も入ったほうが嬉しいわよねぇ? フラウリア?」

「はい」


 問われてフラウリアは迷うことなく笑顔でうなずいた。

 そこに他意はなく、素直にセルナも一緒だと嬉しいといった感じだ。


「だって」


 セルナが嫌らしい笑みを向けてくる。

 その顔には『フラウリアが望んでるのだから断れないわよね?』と思っているのがありありと浮かんでいる。

 ……去年のユイといいこいつといい、どういつもこいつもフラウリアを盾にしやがる。こいつらは性格が真反対の癖に、そういうところは似通っている。……本当に、(たち)の悪い奴らだ。

 セルナは依然、笑みを浮かべてこちらを見ている。

 こちらがなんと答えるのか、わかりきっている顔で返事を待っている。

 こいつ……と私は思いながらも。


「……好きにしろ」


 フラウリアの手前、そう答えるしかなかった。



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