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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――02 類は友を呼ぶ


「もしかして」


 本屋の筋から商店街の通りに出たころ、フラウリアが言った。


「店主さん、ベリト様の患者さんだったのですか?」


 それには私も少しばかり驚いた。


「あぁ。よく分かったな」

「気配が独特なところが、ルナ様と似ていましたから」


 へぇ、と私は内心で密かに感心をした。

 そう。ケンはセルナと同じく無能者マドリックだ。

 マドリックは本来、人が体内に生まれ持つ粒子を一切、持たない。だから粒子に働きかける魔法が作用しないのはもちろんのこと、人の体内にある粒子を感じ取る行為である気配も視ることができない。しかし、それでもなにかしらが作用しているのか、不思議と粒子を持つ人間と違ったなにかを感じることができる。

 だが、それは粒子と違ってとても視えにくく、卓越した魔道士でもそれを感じとれる人間は少ないとされている。おそらく私は能力の影響からなのか、マドリックのそれを視ることができるが、昔からセルナと一緒にいるユイでさえも、セルナの気配はほとんど視えないと言っていた。

 しかし、どうやらこいつはそれが視えるらしい。それがまだマドリックだと分かっていて視たというのならばあれだが、それを知らなくてマドリックだと気づくのだからその感覚は本物だろう。それが才能なのかどうかは分からないが大したものだ。


「こっちに移り住んだころに、セルナに頼まれて治療したんだ」


 今ではあのように飄々として落ち着きのあるケンだが、治療したときに本人から聞かされた話によると、子供のころからマドリックであるがために差別をされてきた影響で昔は自暴自棄なところがあり、大きな情報を得るためによく無茶をしていたらしい。そして、それが災いしてとある組織に目をつけられ、捕まり大怪我を負ってしまったところを救い出したのがセルナだった。

 その出来事を切っ掛けに、同じマドリックであるセルナの在り方に魅入られたケンは、あいつをアネさんと慕うようになった。それだけでなく、セルナのためなら損益関係なく、どんな協力でも惜しまないぐらいに心酔している。

 それはケンだけではない。セルナには部下だけでなく多方面でそういう協力者がいる。ユイの言うとおり本当、あいつはたらしだなと思う。

 まぁ、そんなこんなで大怪我を負ったケンをセルナの頼みで治療したわけだが、正直、私が治療しなければあいつは死んでいたことだろう。あいつが私に恩義を感じているのはそのためだ。


「店主さん、ルナ様のご友人なのですね」

「まぁ、友人というか、お得意さんというか」


 フラウリアの素朴な疑問に、私は言葉を濁す。

 情報屋の存在は壁区へきくに住んでいたこいつも聞いたことぐらいはあるだろうが、情報屋は清廉潔白の表立った商売ではない。扱う情報によっては危険も伴う裏商売だ。ケンはセルナに出会ってからは直接、犯罪に繋がるような情報を扱うのは止めたらしいので周囲の人間に危険が及ぶことはないとは思うが、それでもあまりそういう人間が近くにいることをフラウリアには教えたくなかった。

 私の言葉にフラウリアはなるほど、とでも言うように顔を明るくする。


「ルナ様も本がお好きなんですね」


 ……そうか。あの言い方だとそういう風に捉えられてしまうのか。

 これでセルナが少しでも本を読むのなら「あぁ」と返して済む話なのだが、困ったことにあいつは普段から全く本を読まない。座って文字を読むぐらいなら、人と会話をしたり動いているほうが好きなタイプの人間だ。

 それだけならまだしも、あいつは人が本を読んでたら必ずと言っていいほど邪魔してくる悪い癖がある。人様の本を取り上げて、本より自分の相手をしろと言ってくる。出会ったころはよく、こいつ何様だと思ったものだ。いや、王族なのだが。

 だからあいつの前では本を読むことができない。それについてはいつぞやかユイも愚痴っていたことがある。本当、特権階級らしい自己中心的というか、いい年して子供というか……。

 内心でセルナに呆れながら横を見る。フラウリアは私の返答を待つように無垢な笑顔を向けている。本当のことが言えない以上、否定もできない。友人とだけ言っておけばよかったと後悔しながら、この場はとりあえず曖昧に小さく頷いておいた。

 そして今度セルナが来たときには、うまく話を合わせるように言っておこうと思った。





 午後、仮眠から起きると、仕事部屋に買った本が届いていた。

 応接机に積み重ねられた本の中から、まずはフラウリアのものを抜き出す。


「ほら」


 本を差し出すと、傍にいたフラウリアは「ありがとうございます」と嬉しそうにそれを受け取った。

 それから私は、ここに置いておく本と、自室へ持っていく本の分別を始める。フラウリアは私が買った本が気になるのか、興味津々な顔でその様子を見ている。こいつも結構、好奇心が旺盛というか本が好きだなと思いながら分別を続けていると、その中に先ほど本屋では見たことがない本があることに気がついた。

 表紙には〈空と大地の境界で〉と書かれている。題名からして小説のようだが、紛れ込んでしまったのだろうか。

 怪訝に思いながら表紙をめくると一枚、紙が挟まっていた。そこには『可愛いお嬢さんにはもう一冊おまけです。今、若い女性に人気の小説ですよ』と書かれている。

 どうやら若者らしくない本を選んだフラウリアに、ケンが気を利かしたらしい。


「お前のだ」


 手紙を表紙に添えて差し出した本をフラウリアは状況が読み込めないという様子で受け取ると、手紙を見て困惑顔をこちらに向けてきた。


「一冊のみならず二冊までも。いいのでしょうか……?」

「遠慮するなとは言わんが、好意を返されても相手は困るものだ」


 そう口にして、我ながららしくない、もっともらしいことが言えたなと思った。

 フラウリアは目を見開くと、続いて納得したように頷く。


「そうですね」


 それから本を胸に抱いて染み入るように微笑んだ。


「ベリト様の周りはお優しいかたばかりです。きっと類は友を呼ぶということわざは、こういうときに使うのですね」


 笑顔でそう言われて、どう反応していいか分からなかった私は、平常を装って本の分別に戻った。



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