眠たくなれる話です
月が空に輝くころ、ベッドにいる子供が父に話しかけた。
「ねえ、お父さん。眠る前にお話しして」
「なら、中世のお話をしようか」
「ありがとう、お父さん」
父親は子供に、語りだした。
*
「作物の収穫量、減ったな」
「天気悪い日が続いたからな。このままだと大変だぞ」
「そうだ、良いことを思いついたぞ」
「何か閃いたのかい、アントレ」
青年のアントレは、不作に頭を抱えている農村の人たちに、自分の考えを提案した。
「ああ。村はずれの森に、魔女が住んでいるんだ聞いたことがある。魔女は物知りだから、解決案を知っているはず。会いに行ってくる」
アントレはそう言うと、すぐ森に向かおうとした。
「アントレ、森は一人じゃ危険だよ。、ボクも行くよ」
「俺も手伝うぜ」
「ありがとうベアトニス、セザート」
*
アントレはベアトニスとセザートと一緒に、薄暗い森の中に入る。
「真面目なベアトニスと力持ちのセザートがいれば、安心だよ」
「警戒はしてね。この森には熊が出るから」
ベアトニスとは周囲を見ながら、アントレに声を掛ける。
「そうなのかい。熊が出てきたら、逃げれば良い」
「逃げるなら静かにね。こっちに来たら、木とか石とかの上で、大きく腕を振り、穏やかに声を掛けると良いよ」
ベアトニスとセザートが熊が出た時の話をしている。
やがて、家が見えた。
*
「こんにちは」
アントレは扉をノックする。
「どなた?」
扉を少し開けて、とんがり帽子を被った人が質問がしてきた。
(この人が、魔女なのかな?)
「村に住んでいるアントレと言います。天気が悪くても作物が育つ方法を、もし、ご存じでしたら、教えてほしいのですが」
「町に行って、学べば?」
ぶっきらぼうに言葉を返すと、魔女は扉を閉めた。
「感じ悪いなあ」
「どうする?アントレ」
「手掛かりは貰えたんだ。町に行って勉強してくる。セザート、畑を頼んだよ」
アントレはベアトニスにそう話して、町に向かった。
*
「アントレはいつ帰ってくるんだ!」
「落ち着いて、セザート。勉強中だって手紙にあったでしょ」
「だとしても!手紙を送られても、字が読めるのは、村長だけなんだぞ」
季節は変わる。夏から秋に、秋から冬に、冬から春に、そしてまた夏が来ても、
アントレは手紙を村に送るだけだった。
「きっと町での暮らしが気に入って、村のことを忘れたんだ」
「セザート。ボクたちはいつも一緒だった。だから、アントレは帰ってくるさ」
ベアトニスは機嫌の悪いセザートを落ち着かせるため、外に連れ出す。
「俺の畑とアントレの畑、両方耕すのは大変なんだぞ。草刈りなんて特に」
「まあまあ。帰ってくるまでの辛抱だから、ね?」
セザートがベアトニスと会話していると、とんがり帽子をかぶった、森に住む魔女の姿を見かけた。
「魔女だ!文句言ってくる!」
「あ、ちょっと、セザート。セザートってば!」
セザートは、まるで暴れ馬のように、魔女に向かって走っていった。
*
「あら、こんにちは」
「こんにちは、だと!?あのな、こっちは今、大変なんだぞ!」
荒い言葉で話すセザートを、ベアトニスは肩に手を置いて止める。
「どうどう、落ち着いて、セザート。こんにちは、魔女さん」
「いつぞやの人たちね。ご機嫌いかが?」
なおも暴れようとするセザートの肩に置いた手にベアトニスは、力を入れる。
「……こんにちは。アントレが勉強しに町へ行ったせいで、機嫌は最悪だよ」
ベアトニスの意図が伝わったのか、セザートは落ち着いて魔女に答えた。
「それは大変ね」
他人事のように話す魔女に、セザートの機嫌はさらに悪くなる。
ベアトニスは話題を変えようと試みた。
「どうしたんですか?森から出てくるなんて」
「魔法の研究に水が必要になってね。川はどこかかしら?」
「それなら向こうに……」
「どうしたの?」
口ごもるベアトニスに魔女は尋ねた。
「最近晴れてばかりで、水が使うには村長が許してくれるかどうか……」
「なら、水源に雨を降らせてこようか」
それを聞いたセザートが、ぼそっと呟く。
「天気を操作できるんなら、いつもやってくれれば良いのに」
「気が向いたらね」
魔女はセザートに答えると、ベアトニスに小瓶を渡す。
「ありがとう、これはお礼よ」
「これは?」
「畑に少し振り撒くだけで、草が枯れる薬。必要と思って」
*
「そいつは便利だ。貰っても良いのかい」
「なら、セザートが使いなよ。ボクは自分でやる。ありがとう、魔女さん」
ベアトニスは魔女から受け取った小瓶を、セザートに渡す。
「ありがとう、ベアトニス」
セザートがベアトニスにお礼を言うと、魔女は楽しそうにと笑う。
「仲が良いのね」
「ボクたちは幼馴染ですから。町に行ったアントレも、ですが」
「親友かしら」
魔女の言葉に、ベアトニスは頷く。
「親友は大切にね」
魔女はベアトニスに告げると、川へ向かっていった。
ベアトニスとセザートも畑に戻り、耕し始める。
セザートは自分の畑に、魔女から貰った薬を撒いた。
*
数日後、いつもと同じ時間に起きたセザートは、農具を取りに小屋へ向かう。
「アントレもとっとと町から帰ってきて、畑の世話をすりゃ良いのによ」
いまだに手紙を送るだけの親友に、セザートは愚痴をこぼす。
「さて仕事だ。今日も一日、二人分働くか」
セザートは自分に言聞かせ、小屋の扉を閉めた。
「なんだこりゃあ!」
畑に着いたセザートは、自分の畑を見て驚きの声を上げた。
「作物が……」
自分の畑で育てていた農作物は、すべて枯れ果てていた。
セザートはアントレの畑へと急ぐ。
「こっちは無事だ。よかった」
セザートは、胸をなでおろし、原因を考える。
「ひょっとして魔女の薬か?」
セザートはため息をつき、自分を責めた。
「こんなことなら、ベアトニスのように自分で草を抜けばよかった……」
*
その頃、ベアトニスが中腰で収穫していると、腰に痛みが走った。
「痛た……ちょっと休もう」
ベアトニスは横になり、具合がよくなるのを待つ。
「姿勢が悪かったかなあ」
青い空に鳥が飛んているのをぼんやりと見》て、ベアトニスは呟く。
「こんなことなら、魔女さんから薬を貰えばよかったかな……」
ベアトニスは腰の痛みが引くと、ゆっくりと起き上がる。
服についた土を払っているとセザートがやってきた。
ベアトニスはセザートと一緒に、魔女の家を訪ねる。
ドアをノックしようと、扉を見た。
<しばらく旅に出ます>
と書かれた看板がドアノブにかけられ、魔女は留守だった。
「………………」
ベアトニスとセザートは顔を見合わせ、とぼとぼと帰っていく。
*
翌年になると、アントレは町から帰ってきた。
「ただいま。畑をよくする方法を学んで来たよ」
「お帰り、アントレ」
「アントレ、できれば今のやり方を続けたいのだけど、やり方はどれぐらい変わるんだい」
村人たちがアントレを労りつつ、質問した。
「大丈夫ですよ。やり方を複数学んできましたから。『これだ!』って思うものを選んで、少しずつ変えてみてください」
「ありがとう、アントレ。たくさん勉強してきたんだね」
「はい。やり方を急に変えると、不安になると思いましたから」
アントレは学んできたものを、村長と村人たちに伝えていく。
「変わろうとするなら、変われますよ」
アントレは村人たちに人差し指を立てて話した。
*
「お帰り、アントレ。これでまた三人一緒だね」
話し終えたアントレに、改めてベアトニスが声を掛けた。
「それがね……」
アントレは困った顔をして、答える。
「実は教えたのは、ずいぶん前の知識と技術なんだ。ちょっとずつ変えていくためには、まだ学び続ける必要があるんだ」
アントレは肩を落とし、ベアトニスとセザートを見つめる。
「畑は好きに使って良いよ」
*
「『アントレは畑を耕したい気持ちを抑え、また町に向かいました。こうして、村は豊かな生活を送れるようになりましたとさ』――おや?」
子供はすやすやと寝息を立てている。
「ただ話すだけでは眠くなるよね――おやすみ」
父親は静かに扉を開け、ゆっくりと部屋を出た。