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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼は遠くに行ってしまったんだ…

作者: シキ



 「くっ、これ以上は持たないか…‼︎」


森に蠢く無数の魔物を目の前に輝かしい剣を持った青年がついに弱音を吐く。

…潮時かな。丁度良い。


「俺が残る。お前らは撤退しろ!」


俺は魔物の攻撃を凌いでいた戦士の前に踊りでる。


「そんな⁉︎それは…‼︎」


魔力が尽きて護身用の短剣を構えた女魔術師が悲痛な叫びをあげる。

俺はそれを無視して戦士に言う。


「あの2人が魔物から逃げ切れると思えない。

お前が担いで逃げるんだ。お前にしか出来ない。」


戦士は一瞬の逡巡の後、覚悟を決めた顔で頷く。

こんな時でもコイツは無口なのに少し笑う。


「なら俺も残る!俺もまだ戦える!」


魔物の攻撃を躱しながら他に攻撃しない様に投げナイフ等で牽制する俺の後ろに勇者がくる。


「誰が逃げる最中の露払いをするんだ。

足の遅い賢者様と聖女様を担いだままアイツに戦えと?

王国の希望、勇者様がこんな所で死んで良いとでも?」


「それならお前だって…!」


戦士は黙々と賢者と聖女を担ぐが2人とも拒否するように暴れる。


「国王様からの直々に「勇者の力になれ」と依頼を受けただけのただのスカウト職だ。

命の価値が違うね。」


「そんな事ありません!

私は…貴方が…」


戦士に無理矢理担がれたままの聖女がこちらに手を伸ばす。

その手はもう俺には二度と届かない。


「持ち堪えるのも限界がある。

さっさと行け。これが最善だ。」


「何故…」


涙を流して言葉を失う聖女。

勇者は何かを振り切る様にやっと俺に背を向けた。


「…応援を連れて戻ってくる。

なんでもいいから生き残れ!」


「倒してしまっても構わないのだろう?

お前らがいなくなりゃ周りの被害を無視した俺の最終奥義が放てるからな。」


俺はいつも彼らに接していたような道化じみた動きでヘラヘラ笑う。


「こんな時まで…。

…頼んだ。」


剣を強く握り締めて勇者は走り出す。

道中の魔物をバッサバッサと斬り伏せその後を賢者と聖女を担いだ戦士が走り抜ける。

俺は遠くなっていく背中を見ながらも魔物を屠っていく。


「これが「後は俺に任せて先に行け!」ってやつか。

中々の名シーンだったな。」


勇者パーティーが完全に見えなくなってから俺は魔物を屠るスピードをドンドン上げていく。


「これで王様の依頼も終了でいいだろう。

俺の死でより一層魔物退治に精を尽くす事だろうよ。」


王様の依頼は『勇者の政治不介入』『勇者の対魔物兵器計画』。

簡単に言えば足元掬われる可能性がある勇者の名声を政治利用をするより、飼い殺しにして魔物といつまでも戦い続けて欲しい。

その誘導を依頼されたのだ。

 王国の秘宝たる聖剣に選ばれた勇者。

近衛騎士団の中でも随一の正義感と防御力を誇る戦士。

王国の国教に属する清らかな精神を持つ聖女。

魔導院の麒麟児、研究以外興味がなかった賢者。

 どれもこれもその組織のトップから忌諱されている人材だ。

組織は綺麗事だけで回らない。

それを理解しようともしないクセに、だからこそかもしれないが、国民からの人気が高い。

そんな奴らを一纏めにして対魔物兵器として扱う。

ただの冒険者でスカウト職をしていた俺に強制的に与えられた依頼。

面白そうだから聖女とのほのかなラブロマンスを加えながら楽しんでいたが、勇者パーティーの人気が高くなり過ぎてもうそろそろイヤな依頼がくる予感がしていた。

 そしてそれは裏切られる。

勇者パーティーを殺せ、と依頼がくるかと思えば魔物の大群をぶつけられる、俺ごと闇に葬ろうとしたのだ。

一部の魔物についている首輪がその証拠。

野性の魔物がつけているハズがない。

禁制品の従魔の首輪をこんな大量に所持出来るハズがない。

この状況を作れるのは国王レベルの権力者だけだ。

そうなれば答えは簡単だ。

国・国教・魔導院が手を組みこの状況を作った。

冒険者ギルドは国を跨ぐ組織なので関与の可能性は低い。


 そこまで考えていたら周りが静かなのに気付く。

生きている魔物はゼロ。

多少残しておこうと思っていたが考え事している間に全滅させてしまったみたいだ。

俺は鋼糸を一帯に張り巡らせ魔物の死体を放り投げ『鋼糸で死んだ魔物の死体』をつくっていく。

後は魔法空間に保存しておいた俺と背丈が似た盗賊の死体をある程度ミンチにして使っていた片手剣と短剣をボロボロに加工。

鋼糸の結界の真ん中辺りに設置。死亡工作は完璧だ。




 「言い訳は聞かない。

俺は報酬が貰えればお前に危害は加えない。」


王様の寝室に忍び込み寝ていた王様を縛り上げ脅す。

王様は俺が生きていた事に驚き、俺が簡単に王族の寝室に侵入した事に驚き、俺がヘラヘラ笑っていない事に驚いた。


「まったく、あんな連中くらい簡単に御してくれよ。

権力の上に胡座かいてハナクソほじっていたワケでもあるまい?

王宮、教会、魔導院、平民の架け橋的な存在として地位はあるけど権力無しとかテキトーに担ぎ上げとけば良いだろうよ。」


そうして()()()()()()()を説明して、明日には王城にも報告が上がる事を教えてやった。


「魔物に着けていた首輪は全部回収した。

返して欲しけりゃ返すが、要らないならこっちで完璧に処分するがどうする?」


「何故…?」


「何故裏切り殺そうとしたのにって?

俺が死ぬ工作をせずにすんだからご褒美だよ。」


王様に向けていた短剣をしまいヘラヘラ笑って教えてやる。


「帝国ではレジスタンスの一員となりクーデターの混乱中に騎士によって殺された。

法国では平民となり冤罪によって追放された司祭の娘との逃避行中に魔物に襲われて死んだ。

共和国では騎士となりダンジョンのスタンピードを命と引き換えに止めた。

ここ王国では冒険者となり勇者パーティーの身代わりとなり魔物と心中した。」


俺の死亡歴を教えてやると王様は信じられないといった顔で俺を凝視する。


「平民優遇の法律を作ったが故に貴族にクーデターを起こされた皇族は偽の死体を用意して逃した。

冤罪をかけられて他人のした罪まで全部被せられた娘も今は何処かの農村で畑でも耕しているだろう。

故意にスタンピードを起こす研究をしていた闇の組織はスタンピードに巻き込んで殲滅しといた。

権力のドロドロに絡み込まれて殺されそうだった勇者パーティーは今頃最寄りの街に着いた頃かな?」


俺は助けた奴らの笑顔を思い出して思わず笑ってしまう。

俺が死んだと思って、自分を生かす為に犠牲になった俺に胸を張れる様にと悲しみを飲み込み笑う人の笑顔に「実は俺、生きてます」と教えてやればどんな反応が返ってくるか想像して。


「このまま勇者パーティーを殺さずに、俺を他の大陸にスムーズに行ける身分を用意してくれりゃ、勇者パーティーのスカウトさんは死んだままだと思うんだが、どうする?」


王様の拘束を解き短剣でジャグリングしながら問う。

王様に選択肢はあってないようなものだった。




 最寄りの街の冒険者ギルドに駆け込み救援を引き連れて戻って来れたのは、スカウトの彼と別れて2日後だった。

もう既に彼は死んでいる。

それは分かっていても、勇者パーティーにとっては諦め切れるものではなかった。

 勇者パーティーがここまで戦ってこれたのは彼の功績が大きい。

パーティー内でのムードメーカーで意見の対立はあってもメンバー同士の喧嘩がなかったのは彼のおかげだ。

積極的に戦闘に参加しないクセにピンチになりそうになればここぞとばかりに的確なフォローをしてくれてピンチがチャンスになったりした。

斥候としても優秀で野外活動において知らない事はないのではないかと思うほどだった。

街中でも情報収集や宿等彼の言う事に間違いはなかった。

 そんな彼が、自分達を生かす為に魔物の大群の目の前に残った。

不甲斐なく情けない自分を罵りながらの撤退だった。

歯を食いしばり流れる涙を拭く手間を惜しんで最寄りの街に駆け込んだ。

夜中の急な救援要請でも冒険者ギルドは早急に動いてくれて日が昇る前に少数精鋭で森に向け走った。

ギルドはこれからレイドを組み街に魔物の大群が向かってきた場合に備えるらしい。

その情報収集という名目で魔力ポーションや体力ポーションを山ほど持たせてくれた。

冒険者ギルドにとってもスカウトの彼を失いたくないと言ってくれた。

「彼はまだ立場的に冒険者ギルドの一員なんですから!」と涙ながらに送り出してくれた受付嬢の顔を思い出す。

彼は、こんなところで死んでいい存在なんかじゃない。


 森に着くとすぐに異変に気付く。

森が静かだ。魔物などいないかのように。

そしてまだ入り口だというのに漂う死臭。

どれだけの死体があればここまで濃い死臭をはなてるのか。

 警戒しながらも足速に森の奥へ入っていく。

小動物すらいないかの様に静かな森を進んでいくと、魔物の死体が見えて来た。

走り出そうとする勇者を冒険者の一人が止める。


「糸の結界だ。このまま進めば切り刻まれるぞ。」


冷静に見ればそこら中に糸が張り巡らせられていた。

着いてきてくれた冒険者のスカウト職の男が丁寧に糸の結界を解除しながら進む。

全ての糸を解除しようとすれば時間がいくらあっても足りないらしく、進行に邪魔な部分だけ解除していく。

鉄すら簡単に切り刻む糸の結界。

視認もしにくく油断出来ない進行に焦れる。

 暫く進むと糸の結界が少なくなっていき、ついに普通に歩ける場所にでた。彼と別れた場所だ。

そこにあるのは…ボロボロになった彼の愛用していた剣と……彼の死体と思わしきモノだった。

聖女はソレに駆け寄り泣き崩れる。

戦士はその場で静かに涙を流す。

賢者は唇を噛み涙を堪えてソレを凝視している。

俺は、自分が立っているのかすらわからなくなった。

なんだこの現実は。

なんなんだ。

少し前まで一緒に冒険して笑い合っていたハズだ。

彼なら聖女を幸せにしてくれると心の整理も出来てきたところだったのだ。

それが、なんなんだ、なぜこうなった。


「糸の結界を張った後も、戦い続けていたみたいだな…。

多分自分を餌に確実に糸の結界に魔物が踏み込ませる為だろう。

……そこまで考えれるなら、自分が生き残る事も考えろよ…!」


冒険者が地面を殴りながら慟哭する。

知り合いだったらしい。

もう周辺に魔物の気配は全くしないらしい。

俺達はそれから彼の剣と短剣だけを持って森の入り口に戻り待機した。

冒険者のスカウト職の男が街まで走り報告と援軍を要請してくれる。

 その日の野営は、皆眠れず泣きながらも無理矢理笑いながら彼との思い出話を冒険者も交えて一晩中した。



 彼が死んでもう一週間。

そろそろ俺達も立ち上がらなければならない。

でなければ何のために彼が犠牲になったか分からなくなる。

国王の使者により架け橋がどうの言われたがどうでもいい、好きにしてくれと言っておいた。

俺は、俺らはもうこれ以上魔物によって散る命を見たくない。

全てを救えるなんて思っちゃいない。

だが彼が守ったこの国の民だけは、何としても守ってみせる。

そう、彼の短剣に誓った。

片手剣の方はギルドに飾られているが、短剣は俺達に譲り受けて今は聖女が持っている。

彼の遺志を継ぎ、今まで以上に魔物を屠りながら全力で生きていこうと思う。

いつかあの世で、彼に胸を張って報告出来るように…。


 そんな勇者を見て爆笑しそうになるのを必死に我慢する。

馬鹿だなぁ。馬鹿だからそうなるんだ。

だが、そんな馬鹿だからこそ助けて良かったと思える。

俺はヘラヘラしながら別の大陸に向かう船に乗り込む。

この大陸では死にすぎてもう自由に動けなくなってきたからな。

 新天地ではどんな死に方が、どんな喜劇がまっているのだろう。楽しみだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] カッチョイイッ、カッチョ良過ぎるよッ、スカウトッ!!!
[良い点]  定期的に人間関係リセット癖がある人間って居るらしい。  根無し草で生きていける人間でないと無理でしょうが。  スカウト氏からすればあまり自分におんぶにだっこされても「そこまで面倒見切れね…
[一言] スカウトおっさん、めっちゃ良い人すぎる……(இ௰இ`。)
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