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少女Aの報告

作者: 柳キョウ

是非とも妻の立場になって、少女Aさんへの返答をお願いします。


呉市の某市立中学の教諭である妻が、そのAさんという一人の女子生徒について、不意に相談を投げてきたのは、食卓に並んだ夕食のほとんどを、僕が平らげた頃だった。


「彼女はAさんって言って、成績はとても優秀で、クラス委員もやっていて、確か前回の期末試験は学年で一番だったと思うわ。その子がちょっと気になる作文を書いてきてね」


妻曰く、こういうことである。

呉市教育委員会の指導のもと、呉市立の全中学校は、この度の新型コロナ感染者拡大の影響を受け、本来なら新学期スタートであるはずの4月上旬から6月一杯までの3か月間を休校とすることが決まっている。

6月も下旬に差し掛かった今も、コロナ禍は収束の気配を見せず、誰がどう楽観的に考えても、さらに休業が延長され、そのまま夏休みに突入するだろうというのが妻の言い分である。妻曰く、(誰がいつ決断するか)だけの問題だという。


3月初めの時点では、新型コロナの猛威など、他国の対岸の火事と多くの日本人が考えていたため、休校期間中の実習課題なども、学校側として全くの準備が整っていなかった。

皆の予想以上に休校が長引き、今では学業の遅れを不安視する父兄の声が、日増しに大きくなっていたが、予てから海外の中高校と比較して遅れを指摘されていたリモート授業環境の整備などは、到底そんな猶予も予算もなかった。

学校側としても、生徒の主体性に任せるしか、手段がなかったというのが実態だという。


全生徒を3回に分けて登校させることで実現した5月末の一斉登校日の際、週に一度、休校期間中の行動報告を、生徒に課題として提出させることとなったらしい。報告書の郵送費用は、市が負担するという。


大部分の生徒の活動報告は日記形式で、その日勉強した科目について記述しているものがほとんど。備考欄には仲の良い友達と会えないことが寂しいと言った、いかにも中学生らしい記述が目立ったと言う。


そんな中にあってAさんの報告は、他の生徒と一線を画していたらしい。

初めは彼女独特の感性と表現力の豊かさに、多いに感心した妻だったらしいのだが、最近のAさんの報告には、ただの個性と見過ごすには、教育者としていささかの違和感があると、妻はそう表現した。


「本当は駄目なんだろうけど・・・」


そう前置きして、そのAさんとやらの活動報告の一部を、妻は私に手渡した。


一回の報告が原稿用紙数枚にも及ぶAさんの活動報告の束を受け取り、(こんなのを30人分も目を通さなけりゃいけないなんて、中学校の先生も大変だ)と、そんな言葉で妻をねぎらったつもりだったが、そこまでの文字数の報告をしてくるのは、クラスでも彼女だけだという。


僕達には子供がおらず、到底教育を語る資格など自分にあると考えていない僕は、妻との日常コミュニケーションの一部として、斜め読み以下の集中力で、Aさんの報告を読み始めた。



【今朝のテレビでニジ○ロの最終選抜があった。結局は12人のうち、3人が落ちゃったんだけど・・・】


朝のテレビ番組など、僕には日ごろ見る機会がない。ニジ○ロって何?って感じで、妻に尋ねると、何でも韓国の敏腕プロデューサが企画したいわゆるタレントオーディションであるらしい。このプロデューサの影響力は世界でもトップクラスで、もしオーディションに受かったならば、それはそのまま一流タレントの仲間入りを意味するというレベルのオーディションらしい。

(ああ、そうっ)って感じで、Aさんとやらの報告を再び読み始める。


【受かった9人と落ちた3人との差がすごく対照的だった。後ろに立っている3人は完全に無視されてるって感じ。テレビを見てる人が、(全員選んであげたらいいのに)とか、(他の3人で別のユニットを作ればいい)とかツイートしてたけど、私達だって来年は高校受験って名の選抜を受ける。・・・私は一緒に受験して落ちた子を可哀そうだなんて思わない。勝者と敗者、たったそれだけ・・・私達も近いうちに経験することになるただの生き残りゲーム】


妻が、独特の感性と感心したことが、読み始めた段階で、もうすでによく理解できる。


「ふ~ん、なかなか切れ味のある発言をする子だよね。中学生としては」


僕のそんな捻りも面白みもない感想に対して、妻は無言。表情だけで続きを読むよう催促している。続けて読む。



【授業がなくて学業の遅れを心配してる親がいるってニュースで聞いたけど、授業がなくても勉強する子はするし、授業があっても真面目に授業を受けない子もいる。その心配している親に聞いてみたい。あなたの子供はどっちですか?私はやる。だって勝ちたいから・・・昼寝しているウサギがたくさんいてくれた方が、亀としても戦いやすい】


歯に衣着せぬ物言いに、僕は少しだけ吹き出しそうになった。そんな風にいきがっていた頃も確かにあったな、なんて若かった自分のことを思い出したのだ。


「まあ、若い子はこれくらいの闘争心ってか、元気があった方がいいんじゃない?僕はむしろ感心するね」


「まあ、その辺りまではね。別の日のも読んでみて」


「ああ」



【世界一の性能のコンピュータの話をテレビでしていた。人が咳をした時の飛沫の飛び方を調べてたみたいだけど、飛沫の距離が2メートルか3メートルかなんて、全くどうでもいいと思うし、向き合って会話するのが横に並ぶのより危険なんて、少し考えたら子供でも分かる。使う人が馬鹿なら、世界一の性能も全く意味なし。コンピュータが可哀そう。先月くらいに、何だか偉そうな人が、このままでは42万人の日本人が亡くなるって言ってたけど、本当かどうか、このコンピュータに調べさせればいいのに・・・どこ行ったんだろ、自信たっぷりで話していたあの偉そうな人】



「ああ、このコンピュータの話、面白いね。昔、昇格試験の時に、マーケティングの科目があったんだけど、日本人は手段と目的を混同しがちって内容があってね。凄い機能のものを作るのは得意だけど、それを上手に活用することが日本人は苦手って話で・・・」


そんな感想を僕が語り始めた時、そこは喰い付く所じゃないと、女房の表情が語ったので、僕はコメントを中断し、別の日のAさんの報告を読み始めた。


【広島市で13万羽の鶏が鳥インフルにかかったという記事が、新聞の一面だった。この休校期間の間、毎朝新聞を読んだけど、コロナの記事が一面でなかったのは久し振りだ。この13万羽の鶏は殺処分されるそうだけど、ここで先生に私は質問したいと思います。鶏は殺処分されるのに、コロナにかかった人が処分されないのはどうしてですか?どちらも生死にかかわる感染力の強いウィルス性の病気だし、人も鶏も同じ命だし。人と鶏とでは知能が違うって言うなら、知能の低い人たちは鶏と同じ扱いでいいってことになります。学校の試験で、例えば下から1%の人で、もしコロナにかかったら、その人は鶏と同じということで殺処分。この私の考え方って、どこに矛盾がありますか?自分でも人間的でないとは思うけど、それでも矛盾はないと思います。次回の登校日までに、先生に答えて欲しいです。他の先生たちに相談してもらっても構いません。よろしくお願いします】



(うわ~~~)


妻が一教諭として看過していいのだろうかと考えた感想が、一気に分かった気がした。

そして、学年一勉強のできる生徒の作文ってのが、一層うすら寒さを感じさせる。


「でっ、どう返事しようと思ってるの?」


「そこ、悩んでるのは・・・あのさぁ、次の登校日が来週の月曜日なのよ。それまでにアドバイスくれない?私より人生の先輩なんだから、4年だけ・・・」


執行猶予は僅か3日。とんでもない宿題を、コロナ禍に僕は抱えてしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させて頂きました。 実際にありそうな拗らせ方で面白かったです。 なろうでも生や死についてのエッセイを見かけた事があった事を思い出しました。
[良い点] 主人公の冷めた感じがリアルで、一緒に読んでいる感覚になります。 問題となる文を最後に持ってきておいて、少女の他者と自分を同一視する客観視を重ねながら、読ませて読み手に投げかける…… 敬遠…
[一言]  読ませていただきました。  凄いお話ですね。  よく出来ている。  高校生の感受性の豊かさといますか、一方に振りきれてるところがなんとも・・・。  一寸の虫にも5分の魂とか、人の命は地…
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