プロローグ
学校のマドンナ先生、紀乃国朱莉はおっとりとした口調で死刑宣告をしてきた。
「月ノ森優君、あなたは3カ月後に退学してもらうことになります」
口調と同様に雰囲気もおっとりとしている紀乃国先生は生徒・先生、男女を問わず絶大な人気を誇っている。学園の女神なんて呼ばれてたりもする。
「あはは、紀乃国先生でも冗談を言うんですね」
桜色の髪は肩甲骨の辺りまで伸びていて、彼女の可愛さを一層引き立てている。先生は女神の微笑みを崩さずに、左手の人差し指で髪の毛をくるくるとしながら、
「この高校は二年次の夏までに『何か特別な功績』を残さないと退学してもらうことになっています。しっかり学生便覧にも書いてありますよ?」
学生便覧? ああ、あの無駄に分厚い冊子か。読まずに捨てちゃったな。
「このままでは、退学になっちゃいますね」
なっちゃいますね、って担任なのにすごい他人事だなこの人。その無駄に実った双丘を揉みしだいてやろうか、なんて心の中で反抗してみる。もとよりそんな度胸はないわけだが。
退学か。まずいな、母さんになんて怒られるかわかったもんじゃない。
「なんか手っ取り早く功績を残せるものってありませんかね」
「んー、そうですねぇ。功績と言っても色々ありますからねぇ。簡単なものでいいんですよ? たとえば、学校中の女の子を落としてハーレムを作ったり、人妻という人妻を手籠めにして女性経験を積んだり……」
――なぜできると思った。
二つ目に至っては、もはや犯罪すれすれだ。なぜ功績として認められると思ったのか。
これは困った。この先生は頼りにならないかもしれない。
ここはしょうがない。諦めよう。
泣き落とし作戦で、救済措置を取ってもらおう!
「先生……僕にはっ、そんなこと……できません……残りの学校生活を楽しもうと思います」
僕は知っている。紀乃国先生は、発言こそ滅茶苦茶だが、生徒のことを見捨てはしないということを。ちらちらと先生の様子を窺いながら、救いの手を待ち望む。
「そうですね……残念ですが、月ノ森君とはあと3か月間の付き合い、ですね」
あっれえええええええええええええええええええ⁉
待って、待って待って! 見捨てるの早いよ! ドラマとかに出てくる悪役の教頭先生でももう少し粘って「まあ頑張ってみろよ?」って言ってくれるよ!
この人、無慈悲だよ! 女神じゃなくて悪魔だよ! このビッチ! アバズレ!
……かくなる上は……
「先生、僕が悪かったです。どうかお救いください」
土下座だ。綺麗なジャンピング付きだ。もうこれしかない。誠意をもってお願い、これに限る。
女神様は髪をいじることを辞め、おもむろに立ち上がり大きく背伸びをした。こうすると、ノースリーブのニットに包まれた彼女の豊かな胸は一段と強調される。
僕は思わず先生の胸元を凝視してしまい、ごくりと喉を鳴らす。
ふう、と一息ついた先生は少し微笑み、僕に正対した。
「しょうがないですねぇ、とっておきの方法を伝授してあげます。その代わり、もう先生をビッチなんて呼ばないこと、約束してね」
どうやら心の叫びが漏れていたらしい。冷汗が頬を伝う。
「は、はいぃ」
『この人、相当なビッチかもしれない』そう思うことを辞めようと誓った瞬間だった。
「そ、それで、とっておきっていうのは……」
これ以上ないほどに控えめに、慎重にとっておきの内容をしかし先ほどの人妻手籠め発言からして、先生のとっておきというのは普通とは言い難いものではないのか。
「とっておきというのは、ギネス部への入部です!」
「ギネス部? 聞いたことないですね」
「まあ、退学しそうな人の救済措置のような部活ですからね」
「はあ」
「今日はもう遅いですし、顔を出すのは明日にしましょう」
優はぬぐい切れない不安を脇に置いて、明日を待つことにした。




