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寄生少女はなに想う(前編)

気に入るといいのですが……

「こっちだ、舞夜早くしろ」

「はーい」


 私は明るく返事をし、声のした方へと向かう。

 今、私がいる場所はうっそうと茂るジャングルの中。声がした方向に立ちふさがるは緑の壁。

 私は自分の黒髪を後ろで軽くまとめると、息を大きく吸って覚悟を決め、行く手を塞ぐ大きな葉をかき分けながら、前進する。

 視界も悪い、慎重に進まないと。

 そう思ってたのに突然、足元からぐちょ、という嫌な音が鳴る。

 えっ何?! と思う暇も無く、地から離そうとした右足を何かに絡められ、バランスを崩して前のめりになってしまう。


「うえ」


 そのまま、葉に顔をぶつけ、するすると撫でられながら通り過ぎていく。少しくすぐったいなと思っていたのもつかの間。

 体を支えるために、地面へと突き出した両手は、ぐちょり、と嫌な音を立てながらぬかるみへと沈んでいった。


「ええ……この辺り地面がドロドロになってるよぉ」


 うわあ、すごい土の匂い……。四つん這いになって顔の位置が地面に近くなったためか、濃厚な大地の香りが鼻腔を刺激してくる。


「舞夜ー遅いよ~」


 さっきよりも近い場所から、同じチームのメンバーであるアリアの声が聞こえる。ついさっきも会って話していたのに、なんだか懐かしい。

 彼女の美しい銀色に光る髪を思い出す。

 ああ、そうだ。こんな所で躓いている場合ではない。こんな事をするためにここに来たんじゃないもの。

 目を瞑るとジャングルを飛び交う鳥達のうるさい鳴き声が、脳内に反響した。

 騒がしい。両親に連れられて社交界に行ったことを思い出す。忌々しい過去の記憶だ。

 自分だけでは何もすることが出来ない上流階級の人々が騒がしく談笑する。何の生産性も無いソレを、私は思い出してしまうのだ。

 私はそんな彼らが嫌いだった。かくいう私もそんな上流階級の家の1つである静条家の娘として生まれた。

 静条舞夜は生まれた。お嬢様として生まれた。そんな風に生まれたくなくても生まれた。子は親を選べないのだから。

 しかし、親もまた子を選ぶことは出来ない。私は両親の意に反して家出をした。

 他人が努力して生み出した甘い汁を啜ってお嬢様として生きていく……なんてのは絶対に嫌だもん。

 与えられるのではなく、与えたい。それが私の根底にある思想だ。

 私は気合と共に、泥しぶきをあげながら両手を引き抜いた。

 


 ようやくぬかるみから脱出した私は、みんなが集合しているジャングルの開けた場所へとたどり着くことが出来た。

 もうすでにリーダーを中心に整列して待機していた。みんなが一斉に視線を私に向けるので、少し気まずくなる。


「すいません、遅くなりました」

「やっと来たか、ってどうしたんだその恰好は。ボディースーツが泥まみれじゃないか」


 ピッチリと身体を包み込み、身体を守ってくれるピンクと黒の配色のボディースーツ。

 それを着ていた私だったが、確認してみると所々茶色く染まっていた。特に、手と足は元の色が完全に分からないくらい泥で塗られてしまっていた。

 手を動かすと、ぐちょぐちょと嫌な音が鳴り、ボトボトと泥が落ちる。うぅ……気持ち悪い。


「あっはは! 舞夜ドロドロじゃん」 

「笑い事じゃないよー、ここに来る途中でぬかるみに足に取られてさ……」

「こら、私語をしている暇は無いぞ。水魔法が使える者は後で舞夜の泥を落としてあげなさい。では今回の任務についてもう一度確認するぞ」

「「はい」」

「魔法騎士見習いの諸君。まずは君たちが厳しい試練を乗り越えて、この二回目の任務開始まで無事だったことを称えよう」


 そう言って、リーダーは少しだけ笑顔を見せながら、この魔法騎士見習いで構成されたチームメンバー1人1人の顔を確認していく。


「あらためて、確認しよう。魔法騎士の目的はなんだ」


 そんなもの、決まっている。私は勢いよく手を挙げた。それは自分を鼓舞するための行動だったのかもしれない。


「舞夜、答えろ」

「はい、魔法騎士の目的は、魔法技術を用いて、魔獣から人々を守り、助けることです!」

「その通りだ。そして君たちを見習いから立派な魔法騎士にするのが私の目的でもある。前置きが長くなったが、今回の任務について説明する」 


 私が魔法騎士見習いになって二回目の任務内容は、このジャングルの調査だった。

 なんでも、このジャングルに入って、帰ってこない行方不明者が何人かいるのだとか。

 そこで、魔獣の仕業と断定され、魔法騎士に調査依頼が来たという流れらしい。

 と、そんな感じの任務説明をリーダーから聞きながら、心の中に眠る正義をたぎらせる私だった。

 淡々と冷酷に任務についてを話すリーダーだったが、決して冷たい人ではないことを私は知っている。

 仲間を守り、そして人々を守るためにとても真剣な人だった。そんな姿勢にちょっぴり尊敬していたり。

 私も立派な魔法騎士となって、早く人々を守りたい。決意と共に拳を固く握るのだった。



 任務内容の確認が終わると私は急ぎ足でアリアの元へと向かう。アリアは水の魔法を使えるから、さっさとこの気持ち悪い泥を洗い流してもらおう。


「アリアちゃん」


 私はアリアに後ろからそっと声をかける。

 声に気づいたアリアは振り返ると、私の姿を見るや否や、手を口に当てて笑い出した。


「あはは、やっぱり泥だらけの舞夜面白い」

「うー好きで面白いことしたいわけじゃない。早く洗い流してよ」


 そう、好きで泥まみれになったわけじゃない。私がしたいのは人々を守ったり助けたりすることなの。


「もちろん、舞夜の頼みとあれば洗い流してあげるのもやぶさかではないわ、プリセット002<"浄化せし水源">をロード……起動」


 アリアがそう言うと、彼女のボディースーツにあらかじめ仕込まれていたプログラムが実行され、魔法陣が展開しそこから水が降ってきた。

 水は私の頭の上に直撃すると、そのままボディラインを伝って全身へと流れていった。

 蒸し暑いジャングルで火照った身体が冷まされ、心地いい。

 泥も洗い流せてスッキリした私は、友人であり大切なメンバーであるアリアを軽くハグする。


「ありがとう、アリアちゃん」

「んふ、耳元で喋らないで。いいよ、私たち同じチームじゃん。さ、行こう」

「うん」


 そうだ、みんな待たせてるから早くしなきゃ。

 私はアリアと手を繋いだ。アリアは少しびっくりして私を見つめるけど、直ぐに頬を緩ませると強く握り返してきた。

 アリアの体温が手から伝わって温かい。蒸し暑いジャングルは嫌いだけど、アリアの温もりは大好きだった。

 私たちは向き直って同時に歩を進めた。既に隊列を組んでるみんなの元へと。



 私たちは黙々とジャングルを進み続ける。

 ジャングルの調査、というのは結局の所しらみつぶしに散策をするのに近かった。

 今の所何も手がかりは無い、だからジャングルをグルっと回って怪しい所を探すほか無かった。

 なんとも地味な作業だけども、確かにこれは魔法騎士見習いの任務にうってつけだろう。

 それでも、気を抜くことは許されない。確かに行方不明者は出ているんだ。

 突然、隊列の先頭を歩いていたリーダーが止まった。


「おかしい。レーダーを確認しても魔獣が一切居ない」


 ん? 魔獣居ないなら平和でいいんじゃないのかな、何がおかしいんだろう。

 疑問に思ったことは直ぐに口に出す。そうリーダーに教えられたことを思い出し、声をかける。


「なんで魔獣が居ないのがおかしいんですか?良いことじゃないんですか」

「うむ、確かにそれは説明するべきだな。過去のデータによるとここに魔獣が一定数存在することは確認済みだ。しかし、ジャングルに入ってから、まだ一度も魔獣の存在が確認出来てない。これはどう考えてもおかしいだろう」

「つまり、突如として魔獣が居なくなった?そんなことあり得るんですか」

「分からない……。いったん引き返すことにしよう。雲行きが怪しい。全員、先ほどの開けた場所まで引き返す!」

「「了解」」


 そうやって、引き返そうとしたその時だった。

 なんだか、ノイズのような煩わしい音が私たちの周囲を取り囲むように鳴り始めたのだ。


「ねえ、アリアちゃん」


 なんだか不安になった私は、アリアの方を見ると、アリアも同じように私を見つめていた。

 自然とアリアを握る手が強くなる。

 何だろう……ノイズのような音だと思ったけど違う気がする。でも聞き覚えはあった。


「ああそうよ!思い出したわ!!舞夜。寝る前にこれを聞くととても嫌なの!」


 寝る前……。ああそうだ。私も思い出した。蟲が耳元を飛んでいる時に聞く羽音。

 どうして蟲は、寝る前に限ってわざとらしく耳元を飛ぶのかとイライラしたことを思い出す。


「全員、逃走準備! 空を仰げ!」


 見上げてソレを確認した私は、思わず全身をくまなく撫でまわされるような、ゾッとする寒気に襲われた。


「ひぃっ……」


 巨大な蟲の大群がびっしりと空に張り付き、地面に大きな影を落としていた。

 ちょうど、今いる所はジャングルの木々が少なく、空は円形にぽっかり開いていたから隠れることは出来ない。蟲達は、上から壺を覗き込むように私たちを観察していた。

 蠢く筋肉質な楕円状の胴体、そこから生える無数の足、身の毛もよだつそのフォルム、アレに少しでも触られたら……と想像するだけで息が詰まる。

 私は見習いだけれど魔法騎士。

 いや……でも。あんなのと戦えるわけがない、強い魔法もまだろくに使えないのに!

 逃げないとっ!

 リーダーの合図とともに、私たちは一目散にジャングルの奥へと走り出す。

 さっきよりも羽音が大きくなってきている。蟲達が近づいてきているんだ。やっぱり私たちを襲うつもり。

 無我夢中で走っていると、小さな悲鳴と共に繋いでいた手が離れていく感触を感じた。

 咄嗟に背後を振り向くと、地面に倒れたアリアが。

 大丈夫!? 今助けるね、と言おうとしたけど、アリアの後ろから迫ってきている蟲達を視認し言葉に詰まった。

 多分、引きつった顔をしていたんだと思う。そんな私を見て、アリアはぎこちない笑顔で返した。


「ごめ、こけちゃった。先、行ってて」


 アリアは分かってるんだ、自分がもう助からないって。だって間に合わないわ。アリアが体勢を立て直す頃に、蟲達はもう……。

 今にも泣き崩れそうなアリアの顔、でも最後は笑顔でお別れをしたい。そんな意志を感じることが出来た。

 ここで私に求められている行動は、他の仲間と共に全力で逃げること。だから前を向き走り出そう。

 すでに身体は前進する用意をしている。後は……走り出す、たったそれだけ。それだけなのに――。

 ああ待って、それ以上考えたらいけない。分かっている。理屈では分かっているの。でも私。


「アリア!!」


 私はアリアと蟲達の間に立ちふさがる。

 うん、これでいい。これでいいんだ。自分に無理やりそう言い聞かせ、アリアへ優しく微笑む。


「ほら、早く立ってアリア。私も後から追いつくから」


 アリアは私の事を何度も見た後、よたよたしながらも逃げ出していった。


「お願い、アリアだけは見逃して。私はどうなってもいいから」


 手を広げ、蟲達に懇願する。見習いの私の魔法じゃ奴らを倒すことも出来ないだろう。だから、これぐらいしかできない。

 蟲達は節くれ立った足を私に引っ掛けると、そのまま天高く飛翔しはじめた!。

 


 むかむかするような甘い腐敗臭が充満した、薄暗い洞穴で私は目を覚ました。

 最悪の気分だわ……。口で息をしても、臭いがわかるもの。鼻で息をすれば直ぐにでも吐いてしまいそう。肺が不快感で満たされる。

 恐らく、私は急激な上昇に意識を失ったんだ。それで気が付いたらここに。

 あれ、身動きが出来ない。でも暗くてどうなってるのか良く見えない。

 どうやら私は、手を上げた状態で壁に四肢を固定されているみたい。

 私が手や足や動かそうとすると、何かの力で引き戻されるような感じ。

 動かすたび、にちゃにちゃと嫌な音が聞こえるので、あまり良くない事になっていることだけはわかる。

 しばらく、天井から滴り落ちる水音を聞きながらじっとしていると目が慣れてきた。

 手足を拘束していたのはぐちゃぐちゃとした白っぽい粘液だとわかった。どんなに力を入れても剝がれない様子を見るに、相当頑丈なんだろう。

 蟲が出した体液とかなのかな、気持ち悪い。


 ……なにかしら? 奥の方で何かが動いてる気がする。嘘、近づいてる。


 それは、もそもそと蠢きながら粘液質な音を立ててコチラに近寄ってきていた。

 全容がはっきり見えてきた。私の腕ぐらいの大きさで形は芋虫にそっくり。それが三体こちらに近づいてきている。

 このまま私を食べるつもり?せめて、楽に死にたいな。舌を噛んでしまうのもいいかも。

 三体は私に触れるほど近づくと、口から長い管のようなものを出し、緑の液体を吐きかけてきた。

 私が身に着けてるボディースーツがベタベタの緑に染まっていく。


「何なのこれ、ねえ何をするのか教えてよ!」


 不安になってつい、叫けんでしまったけど蟲が人間の言葉なんてわかるはずが無いよね。

 諦めてなすがままに緑の液体をかけられていく自分を見つめる。

 意外なことに、ひとしきり液体をかけ終わった芋虫達はそのまま、何処かの穴へと潜って行ってしまった。

 私を食べに来たんじゃないの?不気味。何だか計画性のようなものを感じるもの。なんだがもっと長期的な策略があるような……怖い。


 ん、なに。音?何か溶けるような……!?


 ボディースーツが、溶け始めている。皮膚はヒリヒリしないから多分、邪魔な外装を取り除くためだけの液だったんだ。

 身を守るために作られた魔法騎士専用のボディースーツが溶かされてしまうなんて。


 じゃあ今度は……そう、やっぱり。


 スーツが無くなり全裸になった私を目指し、大量のミミズ状の蟲が洞穴の隙間から這い出てきた。

 手足の拘束のせいで露わになった自分の弱点を守ることも出来ず、無防備状態。

 そんな無残な私だけど、死に方ぐらいは私が選ばせてもらうよ。大丈夫怖くない。魔法騎士になった時から死ぬ覚悟は出来ているもの。

 舌を噛み千切る。たったそれだけ。

 私は息を吸うと、大きく口を開け、口の中に有る極小のギロチンを振り下ろす。

 しかし、ギロチンは舌に弾かれただけで切断するような事は起きなかった。


「あぇ……しふぁがしびれて?!」


 全身がしびれて力が入らない……! あの液体は弛緩性麻痺毒でもあったんだ。


「あ、あはは……!」


 もう何も抵抗することは出来ない。残酷な事実に私はもう、笑うしかなかった。

 嗚呼……本当に馬鹿な私。あの時、アリアを見捨てて逃げれば良かったんだ。黒い感情が吐き気と共に喉から上昇する。


「おええぇっ!」


 吐瀉物が私の身体を汚していく。身体から流れ出た残りの吐瀉物は地面に汚水たまりを作る。

 これで蟲がひるんでくれないかという一抹の希望も、ぴちゃぴちゃと汚水の上を這いずって近づく蟲の音と共に消え去った。


「いや、いや! 来ないで!! 助けて誰か、タスケテ……」


 蟲達は、裸で無防備な私の、その太ももをうぞうぞ這い上がり、群がる。

 やがて、全身が気持ち悪いミミズ状の蟲で覆われていく。私にはそれを見ていることしかできない! 


「やだ! 来ないで気持ち悪い!!」

「だめ、そこは……ぅぐぇ」


 私、静条舞夜は、大量の蟲に穴という穴を犯しつくされ、意識を失った。



 目を開けると、白い天井が広がっていた。私、生きてるの?

 仰向けになっている私。ここはベッドの上かしら。

 見覚えのあるカーテンを確認した私は、病院であることを理解した。


「舞夜!! 目を覚ましたのね?! 良かった~」


 左側から聞き馴染みのある声が飛んでくる。

 ああ、アリアか。なんだ無事だったんだ。

 私が寝ているベッドの横で座っていたアリアがギュッと抱き着いてくる。

 ふわりとカールさせたアリアの銀髪が顔に当たって、くすぐったいな。


「暑苦しいよ、アリア」

「あっ、ごめ。今起きたばかりで体調も良くないよね。ごめんなさい」

「別に。体調は何ともないみたいよ」


 何故だろう? 目の前にいるこの少女が、この前まではとても愛らしいと感じていたはずなのに。


 両手を合わせて謝る少女は、ただ私をイラつかせるだけだった――。



 その後、看護師に身体を何不自由無く動かせることを確認させられた後、私は医師の居る診察室のような場所へと連れてこられた。

 扉を開けて中に入ると、医師は椅子をクルリと回転させ、私の方を向くとニッコリ微笑んだ。


「静条舞夜さん、ですね。貴方に伝えなければならないことがあります」


 そう言って医師はいくつかの写真を取り出して、机の上に並べていった。

 それはレントゲン写真のようだった。ある1点の違いを除いて。気のせいかな。

「いいですか、静条さん。落ち着いて聞いてください。と、言っても実のところ私たち医師も色々困惑しているのですが。何せ今回のような出来事は初めてでして……」


 医師からは、何か信じがたい物を目の当たりにした、というような感じが見て取れた。


「もったいぶらずに教えてください」


 私はイライラしながら、先を促す。


「わかりました。機器で貴方を色々検査した結果、全ての臓器や血管に至るまで、人間を構成するような殆どの物質が蟲のような生物に置き換わっている事が、わかりました」


  横目でさっきのレントゲン写真のようなものを見る。

 気のせいではなかった。その写真に写る私の身体には、白く映る臓器の中に細長い線状の生き物がびっしりと埋め込まれていた。

 そうか、私が犯されて気を失っている間に、蟲達は身体のほとんど全てを食い尽くして、寄生したんだ。

 脳も全て蟲に食われた。今の私の脳みそにはきっと蟲が蠢いていることだろう。レントゲン写真がそれを物語っている。

 じゃあ、今存在している私は誰?

 ぼうっと、写真を無表情で眺めている私を気にかけてか、医師は少し明るめな声の調子で。


「こんな事言われてショックだとは思いますが。良いこともありました。身体機能には全く異常はなかったのです。むしろ、健康な成人女性よりも元気だと言ってもいいぐらいです。直ぐにでも退院できますよ」


 その医師の言葉通り、私は直ぐに退院することができ、魔法騎士の仕事へと復帰することとなった。

 本来ならば、こんな身体になった人間を直ぐに退院させたりはしないはずなんだけど、静条家の政治的な力を使えば不可能ではなかった。

 きっと私の両親が何かしたんだ。私のために?

 ……ありえない。

 きっと静条家のプライドを守りたいだけなんだろう。私の身体のことも公になることは無いだろう。もみ消されるに決まっている。

 せっかく家出をしたのに、まだあの家に囚われてるというの。私は。

 退院するその日、病院の廊下を通っていると、リーダーが白い壁に少しもたれながら立っているのが見えた。

 普段は凛々しく、淡白な表情を浮かべている彼女だったが、今日私の顔色を伺う彼女は少し、弱弱しげだった。

 それは、チームメンバーを救いきれなかった自分への罪悪感や責任感だったりするのだろうか。どうでもいい。


「舞夜。仕事に復帰すると聞いたが、大丈夫なのか」


 声の調子にも勢いがない、そうとうに気にしているらしかった。

 私はいつも通りの調子で返答する。


「はい! 大丈夫ですよ。この通りピンピンしています」

「だが、お前は……」


 信じられないといった様子ね。私をあの洞穴から救い出してくれたメンバーの1人にリーダーが居たんだと思う。

 きっと、その時に倒れていた私は本当にひどい有様だったんだろう。

 ぐちゃぐちゃで最低で、救いようもない。そんなおぞましい光景が広がっていたことは容易に想像が付く。それを目撃したリーダーの顔も。


「本当に大丈夫ですよ、仕事はちゃんとこなせます」

「すまない……」


 不器用な人。


 私たちは終始無言のまま、病院を後にするのだった。



 復帰してからの私の活動は目覚ましいものがあった。次々に成果を上げ、難易度の高い魔獣の討伐任務をこなしていったの。

 魔法騎士の間では、私は一躍有名となった。誰にも理解できない苦しみとそれを乗り越えた勇者のような扱いね。

 淡々と真面目に任務をこなす私の姿に、みんなが、尊敬の眼差しのようなものを向けてくる。

 そのような、人望もあって、上級魔法騎士という立場まで昇格することもできた。

 これも全て、私の身体の中で蠢いて寄生している蟲が与えてくれた、驚異的な身体能力と情報処理能力のおかげ。

 そんなある日、私の元にリーダーがやってきて、こう告げた。


「上からの命令で、ジャングルの救出任務に上級の魔法騎士を総動員することになった。魔獣探知レーダーにすら映らない蟲達の対処にかなり難航しているらしい」

「わかりました」と、端的にそう告げる私。


「怖くないのか? あんなことがあった後で。お前がジャングルに行きたくないと言ってくれれば、私は上に説得してお前を任務から外すよう努力する」

「怖くなんかありませんよ」

「それにいいんです、私、困っている人間を助けるために魔法騎士をやってるんですから」


 私はここで初めて嘘をついた。


 魔獣たちの血しぶきでべっとりと汚れていく身体、魔獣の死体転がる惨憺たる光景。思い出すだけで、気持ちが高ぶり身震いする。

 殺戮のカタルシス。あれだけで、何回自慰行為をしたのか。魔獣の血で汚れたまま、隠れてこっそりボディースーツの上から貧相な乳房と股間をまさぐったこともあった。

 人を救うために魔獣と戦っているなんて……とんでもない。

 


 ――きっと、静条舞夜は蟲達に襲われたあの時に確かに死亡したんだわ。

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