父とタバコと恋心
ふと街で見かける人たちが某煙の出ないタバコを吸ってるのを見て、煙の出るタバコってそのうちなくなるのかな…とか思ったらできてた作品。
個人的に、今まで書いた作品の中で1番大人向けです。
大人だからなんとなくわかるこのどうしようもなさと言いますか…笑
割と人を選ぶ内容です。ご了承の上お読みください。
私がタバコを好きになったのは、たぶん父親の名残りを探してだと思う。
日曜日の早朝にしか会えなかった父は、私の寝ている部屋にあるベランダで、いつもタバコを吸っていた。
「よぉ、ガキンチョ。起きるには早すぎんだろ?成長しねぇ〜ぞ」
そう言いながらもベランダの窓を開け、父を見上げている私を抱き上げる手はとても暖かく、優しかった。
だから私は、その時間にしか会えない父に会いたくて、日曜の朝は必ず早すぎる時間に起きていた。
早朝、午前4時。
まだ朝というには早すぎて、それでも夜というには遅すぎる、薄紫の空に覆われた曖昧な時間。
私と父と、母が暮らすこの部屋は、3人で暮らすには余裕のある良いマンションで、もちろん私の部屋以外のリビングにも、普段洗濯物を干しているベランダがあった。
今思えば、父がわざわざ私の部屋でタバコを吸っていたのは、私の顔を見ていたからなのだろう。
男らしく大きな掌で、会うたびガシガシと私の髪をかき乱す父。
ニッと歯を見せながら目尻に皺を作って笑う子供っぽい笑顔が、好きだった。
抱き上げてもらった自分より圧倒的に広く大きな体からは、いつもタバコの匂いがした。
髭の生えた父から吐き出されるタバコの形は、たまに輪を描いていて、私はそれを壊しては大喜びする、そんなよくわからない子供だった。
そんな父が亡くなったのは私が小学生4年生、今から12年前の事だった。
その時、初めて知ったのだ。
父は、私の本当の父ではなく。
また母も、私の母ではないどころか、父とも夫婦ではなかったということを…
元々私になんの興味も執着も持っていなかった母は、父が死んですぐに、一人勝手に家から出て行った。
私も父の"親友"を名乗る、父によく似た強面のおじさんの実家へと預けられた。
「あんなロクデナシに育てられて、可哀想な子だよ…これからは私たちがきちんとアンタを育ててあげるからね?」
そこの家のおばさんは、父のことを"ロクデナシ"と呼び、私のことを"可哀想な子"と呼んでいた。
それは私が高校を卒業してその家を出るまでずっと変わらなかった。
おばさんにとって父はロクデナシな大人だったのかもしれない。
でも、私の知る父は、優しく私を抱きしめてくれる良い男だった。
私に温もりをくれる人だった。
大好きだったのだ…
付き合う男は何故かいつも歳上の、それも少し強面な男がばかりだった。
人工的に染められた髪色に、薄く整えられた眉毛、耳にはピアスが光り、その手にはタバコがあることなんてしょっちゅうだった。
対して私は、長い間他所の家にお世話になっていた身の上のせいか、真っ黒な長い髪と清楚にも見える服とナチュラルメイク。
明らかに毛色の違うタイプなのに、なぜかどの男にも可愛がってもらっていた覚えがある。
「自分にだけ懐くお綺麗な黒猫ってだけで、かなりグッとくるだろ?」
1番長く付き合った高校の時の男がそう私の髪を撫でながら言っていたけど、その言葉の意味は未だに私には理解できていない。
でも、付き合ったその人たちは、皆どこか父と似通ったタバコを吸う男であり、私のことを大切にしてくれていた。
その事実だけははっきりと感じていた。
だから、私はダメなのだ。
嗅ぎ慣れた恋しいタバコの匂い。
それに指を沿わせる大きな掌、
笑った時に出来る目尻の皺、
父の名残りを色濃く持つ男に出会うと、どうしようもないほどに惹かれてしまう。
またきっと彼らとの別れが訪れるのに…
今だって隣を歩く彼氏が口から吐き出したその煙をうっとりと眺めてしまっているのだから、もうどうしようもない。
(たぶん、こういうのをファーザーコンプレックスって言うのかな…)
私はわかりきった答えを知りながら、そんなまやかしの言葉を口ずさみ、微笑むのだ。
今日も私の髪には男の吸ったタバコの臭いが染みついている。
あっさりとも読めるし、深くも読めますが、タバコと同じで深く入り込みすぎるのは自己責任…って感じですね。
碌でもない男にどうしようもないほど惹かれてしまう女の子の、そんなどこか困ったお話。