暗号
「これ」
彼女は肩くらいまでの髪を右手の指に絡めて弄びながら、もう一方の手を俺の方に近づけた。
差し出された本の表紙にはバーコードが付いていた為、この図書室の物だとわかった。
「この本がどうした?、、えと、、か、」
、か、、かゑ。
あ、危ない下の名前で呼ぶところだった。
えーと、コイツの名字なんだっけ、えーと
どっかにヒントー、ヒントは。
その時、PC横の図書委員の出席簿が目に付いた。
ほとんど空欄のマスが並ぶ中、二列だけ出席を表す○が続いている行があり、そのずっと左を見やると五十里零という名の下に
『寺浦かゑ』という名が明記されていた。
「か、、、あー、寺浦。」
「え、えと一番最後のページ」
俺が本を受け取ると彼女は空いた左手もまた髪をいじることに利用した。
両手で小さなツインテールを作って遊ぶ姿が滑稽だという事に気付いた彼女は、少し恥ずかしそうに長い髪を三つ編みにして遊び始めた。
見ると著者や製本所の表記の下に小さく
『被害者の苗字+加害者の下の名前=?』
と記してあるのが確認できた。
「なんだこれ?ラクガキ?」
「た、確かにそう、そうなんだけど」
彼女は俺と繋がった視線を本で遮り、落書きを指さした。
「こ、こんな変な落書きって普通しないよね、、」
「ん、まぁな」
「わ、私はこれ、もしかしたら暗号なんじゃないかって思ってる」
その本のタイトルを見る限りジャンルは推理小説のようだ。
これが暗号だとすればただ単に登場人物の名前を足したものが答えか?
「暗号?」
「そう」
寺浦は貸出用のPCのフリーワード検索を開いて『花澤ケイコ』と入力した。
「あ、これさっきの暗号の答えね」
「読んだのか!?」
「う、うん。読み終わった時に見つけたから、、、」
「あぁ、そりゃそうか。最初から知ってるわけないもんな、、、」
「ほらコレ!」
俺の言葉が終わらぬ内に寺浦は先程より少し食い気味に声を発した。
『哀の花束 著:花澤ケイコ』
寺浦の人差し指はディスプレイのその項目を押していた。
「作者はこれしか書いてないみたいだな。」
ならぱ、あの暗号はこの本の事を指しているのか。
「ちょっと取ってくる。」
寺浦は表示された棚の番号を口で数回繰り返すと、席を立って指定された棚の本をなぞり始めた。
「ほら、あった」
何気なく見ていたPCから視線をずらすと寺浦が先程と同じように巻末の落書きを指さした。
「ホントだ」
『主人公の地元の名前は?』
「なんかやけに具体的になったな」
「たしかに」
先程の本のジャンルや暗号の内容に比べると「主人公の地元」という言葉がやけに間の抜けたように感じて鼻から苦笑のような息が漏れた。
寺浦も少し口元を緩くしている。
「でも、ゆうて地元だろ?序盤で自己紹介かなんかして、すぐ分かりそうだけどな」
受け取った本の巻末ページを閉じて裏表紙を見た。
『記憶をなくした主人公は、
自分こそが交際相手だと主張する三人の女性に言い寄られていた。
自分が愛した人は一体、この中の誰なのか?
果たして今まで愛した人を、
これからも愛し続けることが幸せなのか。』
・・・
「記憶なくしてんじゃん」
ならばと終盤の数ページから主人公の発言に注意して地名らしき単語を探した。
・・・
「主人公記憶戻らねぇじゃん!」
終盤で記憶を取り戻した主人公が自分の個人情報をベラベラと喋り始めるパターンだと思ったが、どうやら一筋縄では行かないらしい。
「そ、そんなに気になってるならさ。いっそ読んでみれば?」
反射的に、気になってなどいないと反論しようとしたが、寺浦との会話がいつの間にか俺と手元の本との会話になっていたことに気づき、言葉を飲んだ。