他殺志願恋愛 ~自殺が認められた世界で~
自分の最後について考えたことはありますか?
キィーーーーッッ!!
平日だというのにいつもより人が少ないホーム。
そこに鳴り響くのは電車の急ブレーキ音。
ドンッッ!!!
続いて鳴ったのは何かがぶつかったような音だ。
音の発生源を見ると“ぐしゃっ”とでも聞こえてきそうなほど潰れた中年くらいの男の死体がある。その辛うじて原型を留めているその身体からはおびただしい量の血が溢れかえっていた。間違いなく死んでいるだろう。
男が立っていたであろう場所の近くには黒いスーツを着た男が立っていて、両の手を前方に、線路の方に大きく突き出している。このスーツの男が中年の男を押して殺したのだろうとすぐに分かった。
スーツの男はスマホを取り出してどこかしらへ電話をかける。
(はっ! まさか!)
思わず俺もスマホを取り出して、アプリを開く。
そこには今日の日付と時間、死亡した中年の顔写真、名前、年齢、職業から死亡する理由まで事細かに記してあった。
(くそっ! 油断していた! このままでは会社に遅刻してしまう!)
~~~~~~
湯船に浸かりながら朝のことを考える。
結局次の電車に乗ってギリギリで会社に着くことが出来た。
日々の労働の疲れと最近のアプリの通知の少なさのせいで確認を怠ってしまって今日は散々な目にあってしまった。
それでも他殺課の仕事だっただけマシか。普通の事件だったら次の電車にも遅れが出て、間に合わなくなっていただろう。
おっさんには悪いが少しだけおっさんのせいにしてしまった。アプリを確認していれば焦らずに出社出来ていたはずなのにだ。
(すまないな、おっさん)
心の中でもう一度謝っておく。
(明日からはしっかりアプリのチェックを忘れないようにしよう)
そう、心に留めて眠りについた。
~~~~~~
♪♪♪♪♪♪♪♪
スマホのアラームの音で目が覚める。
アプリを開いて今日の日付を確認する。
(よかった。今日は何もない日のようだ)
今日は会社は休みで彼女とのデートがある日なのだ。
もう付き合って五年になる。お互い結婚も考えている頃だ。
何故か彼女は結婚の話になるとあまり喋らなくなるが…。
まだ恥ずかしいのだろうか?
待ち合わせはいつも俺が通勤に使っている最寄り駅。
それなりにおしゃれにも気を使いつつ、汗をかかない程度に急いで駅へ向かう。
グシャリ!!
その途中、何かが空から降って来た。降ってきたものを確認するため、視線を向ける。
人だった。高校生くらいだろうか? 制服を真っ赤に染めて頭を破裂させている。
アプリには今日ここで人が死ぬなんてのっていなかった。ということは自ら飛び降りてきたのだろう。
とはいえ構っている余裕などはない。先を急ごう。
周りを見てみても今飛び降りて死んだ女子高生に構うものなどいない。
憐れむ者も悲しむ者もいないだろう。
なぜか?
それが当たり前な世界だからだ。
~~~~~~
この世界では自殺は一つの生き方として認められている。
誰かが自殺しても、それはその人が選んだ道なのだ。
それを否定する者はいないし、いるようなら何様だと各方面から総口撃を食らうことだろう。
当たり前だ。
人の生き方に口出しできるお前は何様なのだ、それは他人の口出しすることではないだろう。
あるいは正常な判断が出来ないとされる年齢の者の親か何かであったなら口出し出来て然るべきだろう。
実際、国も中学卒業までは自殺の自由を認めていない。
自殺できるのは中学を卒業した年齢以上の者たちだけだ。
しかし、自殺を望むことは禁止されていない。
進路希望調査書に自殺と書いても問題ないということだ。
中学生は進路希望調査書に好きな死に方を書いたりする。
小学生に人気の将来の夢TOP5にはサッカー選手やケーキ屋さんなどと並んで自殺というものがランクインするのだ。
問題などあるはずがない。だってそれが当たり前な世界なのだから。
~~~~~~
そんな世界だと他人に自分を殺してほしいと願う者たちが現れる。
そういった者たちは他殺志願者と呼ばれ、一時期問題となっていた。
当たり前だろう。
合意の上の他殺なら問題はない。しかし、事件の方の他殺だと捕まえなくてはならない。合意なく人が人を殺すのだ。それはただの人殺しの犯人だろう。
両者の合意の上だとか、そういったことは片方が死んだあとでは判断しづらい。しかし他殺は年々増えていく一方だ。
誰かが管理しなければ収集がつかない。
そこで国が作ったのが他殺課だ。それはいつの間にか世論に煽られて自然に作られていた課だと聞いたことがある。
申請書だけ書かせて出させるのでは不安がある。犯人が偽造した物の可能性があるからだ。だからこそ国は殺しのライセンスを持たせた職員に希望者を殺させるという今の他殺課の形態にした。
申請書に個人情報を記入し、殺してほしい日時や場所などの必要事項を書いて提出するとライセンスを持った他殺課の職員がその通りに殺しに来てくれる。
殺される手段や詳しい殺され方など結構細かな指示もすることが出来る。しかし、他人に迷惑がかかるような死に方を希望する場合には相応のお金がかかる。
これも当たり前だ。他殺課は国が運営しているが利益を度外視しているわけではない。申請には多少のお金がかかるし、以前あったような鉄道のダイヤを乱すようにして死にたいといった場合には多額ののお金がかかったことだろう。恐らくあのおっさんはああやって死ぬために今まで生きて、たくさん稼いできたのだろう。理想の他殺をされるためにお金を稼ぐ者は多い。だからこそ自殺や他殺は認められた生き方と言われるのだ。
殺しのライセンスは金で買うことも出来る。希望者がどうしてもその人に殺されたいという人がいるのなら、その人の同意があれば料金を払って一時的なライセンスを持ったその人に殺してもらうといったこともできるということだ。
~~~~~~
他殺課の職員たちは優秀だ。
人に迷惑がかかる死に方を希望して、その申請が受理されても、かかる迷惑は最小限となるようにうまく動いている。
アプリはその1つだ。申請が通った依頼は全てアプリに情報が詳しくのせられる。誰でもが見れるわけではない。このアプリは国が開発したソフトで、利用者も個人情報の登録が義務付けられている。そして、利用者がよく使う道以外のことは詳しくは調べられない。反対に自分がいつも使っている道なら顔写真などの詳しい情報まで知れるのでちょっとした新聞のような感じで使われることもある。
他殺課の仕事が始まって以来、このアプリは生活していく上で必要不可欠となった。今では国民のほとんどが利用しているのではないかと思う。
もうひとつ、最小限に抑えられた迷惑の話を、おっさんの話で例えよう。おっさんの場合、多額の財産を投じて鉄道のダイヤを乱れさせるといった死に方を希望した。その時のことももちろんアプリにはのっていたから確認しなかった俺の責任だ。確認していた人はおっさんの事故の数分前に出たいつもより一本多い電車に乗っていて余裕で会社に間に合っていただろう。
乗れていない俺でも、ギリギリではあるが会社に間に合っているのだ。
普通なら死亡事故があったホームはすぐには片付かない。他殺課職員の綿密な計画と連携によって速やかに掃除された結果があれだったのだ。どうだろう。職員の優秀さが伝わっただろうか?
伝わらないならもっと話をしよう。
彼らは優秀だから他人を巻き込んでの他殺に感づいて、申請を通さない。他人を巻き込んでの他殺とは悪意を持って殺したい誰かを巻き込んで殺したり、憎いあいつの申請書を偽造して殺してもらうといったことだ。今まで間違って違う誰かが殺されてしまったなんてことは一度も起きていない。
彼らは人の命を奪うということの意味をよく理解しているので依頼は慎重に選んでいるのだ。
しかし、だからこその不満もある。
申請が通りにくいことがあるのだ。一度何かで怪しまれたりするとそれは蛇のようにしつこくまとわりついてきて、何度申請しても通らない、と言ったことが起きることがある。
実は俺もそれなのだろう。
アプリにものらないしまったく殺してくれる気配がない。
一度目の申請でなにか疑われる要素があってそこからずっと申請が通らないのだろう。初申請からもう5年ほどはたっただろうか。
本人の申請で通らないなんて本当に珍しい。
条件が悪かったんだろうか?
余談だが他殺課は告発の方法として使われることもある。
自分の命をかけることでその告発に重みを持たせるのだ。
少し違うかもしれないが諌死のようなものだろう。
そういった申請は通りやすい傾向があるらしい。
俺もそうするべきだったか?
~~~~~~
彼女とのデートは本当に楽しい。
何気ない瞬間も一緒に共有できることが嬉しい。
彼女に買ってあげたロールアイスも、見つめていたら「もうお腹いっぱいだから」と半分くれる君が大好きだ。
いつもポケットに入れて渡せなかった指輪、今日は絶対に渡そう。
いつもはぐらかされるけど今日は君を逃がさないよ。
~~~~~~
夜になり、デートもそろそろ終わろうかという頃、スカイツリーの展望台から夜景を眺めながら彼女の方を向いて真剣な雰囲気を彼女に感じさせる。今日は休みなのにやけに人が少ない。でも好都合だ。人が多いとさすがに恥ずかしいからな…。
「なあ沙紀。いつも言えなかったけど、今日は言わせてほしい」
沙紀は顔を逸らして深呼吸をしてからこちらを向いた。
覚悟は決まったのかな。
やっぱり少し照れくさくなって顔を見ることが出来ない。
このまま勢いで言ってしまおう。
「沙紀。俺と……結婚してほしい」
沙紀の前に跪いてずっとポケットに眠っていた婚約指輪を見せる。
「……はい……喜んで」
少しの沈黙の後、沙紀は今にも泣きそうに声を震わせて答えてくれた。
彼女の細くて綺麗な左手を取って薬指に指輪を通す。
よかった。大きさは変わってなかったみたいだ…。
嬉しい。自分ですごくほっとしているのがわかる。
一通り上手くいってからやっと沙紀の顔を見れた。
「ーーっ!」
(どうして君は泣いているの? どうして君はそんなに悲しそうなの?)
プロポーズが成功して、結婚が決まったというのに悲壮感を漂わせている沙紀にどうしてあげるのが正解なのか分からず、思わず抱きしめる。
ズキッーーーー!
ズキズキズキズキ
腹のあたりが妙に痛む…。それになんだか生暖かい…。
どうしてだろう……。
ズキズキズキズキ
まずい、なんだか頭がぼんやりしてきた…。
立っているのも辛い……。
ズキズキズキズキ
沙紀が唇を震わせて、顔を歪ませて泣いているのがわかる。
(大丈夫だよ。沙紀)
震えている沙紀を落ち着かせるために頭を撫でてあげる。
なんでだろう…。手が上手く動かなくてちゃんと撫でてあげられないや…。
ごめんね、沙紀…。
ズキズキズキズキ
「――――」
頭をポンポンしていると沙紀が精いっぱい泣くのをこらえながら何か言っているのがわかった。
なんて言っているんだろう…。
「…優太の申請は…ちゃんと果たしたよ……。5年も待たせて……ごめんね……。優太といるの……楽しくて………」
気をしっかり持つと沙紀の鈴のような音の声が嗚咽に混じって聞こえてくる…。
そうか…そういうこと…だったのか……。
沙紀は5年も…俺に付き合ってくれたんだな……。
なんだか…嬉しいような……悲しいような……。
意識が朦朧としてきた………。
でも…そうか…それなら……大好きな人に……看取って…殺して貰えるなら……俺は幸せだったと思えるよ…………。
だから……沙紀………そんなに悲しそうな顔………しないで………。
「ーーーーー」
―――――――――――――――
私は沙紀。他殺課の職員だ。
今日もいつもと同じように他殺志願者の申請書の選別をする。
私たちの仕事は人の命を奪うことだ。それを望んでいる人たちとはいえ、誰でもホイホイと殺していたら人口が減ってしまうし、私たちも目覚めが悪い。いくら合意があってもみず知らずの人の命を毎日のように奪っていたらいつか倫理観というものがなくなってしまってテロリストのようになってしまうだろう。
だから実は特に死にたいとも思っていない人などを見分けて申請を却下する仕事の方が多かったりする。
よし。こんなものか。
山のように重なった申請書の中から数十枚に絞ってそれをペラペラめくっていく。
(どの案件がいいかな)
書類の選別は量が多すぎてみんな嫌がる仕事なので選別担当者が優先的に案件を選べることになっていた。
(この人って私が受付した人だ! 名前は…優太ね。この申請でいいかな)
たまたま私が受付した人の申請があったのでよく見もしないで引き受けた。
内容は、えーと、ふむふむ。結構簡単かも!
~~~~~~
依頼主、優太さんに接触した。
なんで気付かないの!
私あなたの受付したんですけど!
しかも名前まで名乗ってるんですけど!
スーツじゃないから?
それとも眼鏡を外したら別人ってこと?
なんだか少し燃えてきた。
気付くまで少しくらい待たせてもいいよね?
~~~~~~
4回目の接触。
さすがに偶然っていうのは怪しまれるかと思ったけど大丈夫そうだ。疑われていない。
優太さん、少し誤解してたかも。
優しくていい人だ。
~~~~~~
一ヶ月くらいたっただろうか?
優太くんに告白された……。
頭が真っ白になって思わずOKしちゃった…。
期間はまだ大丈夫! 今までの最長で1年も準備したっていう大型の計画もあったくらいだし!
とりあえず依頼のことを考えるとこれはいいかもしれない!
前向きに考えよう!
~~~~~~
優太くんと一緒にいると時間が過ぎるのがあっという間だ。
最近は申請も多くて優太くんと一緒にいる時間だけが安らぎになっている。
優太くんはどう思ってくれてるかな?
私なんかのことを知って好きになってくれたりするんだろうか…。
いやいや! 優太くんはただの依頼主! そう!
そう少し経ったら殺してあげなきゃ…。
~~~~~~
優太は最近、私に結婚の話を振ってくる。
それだけはだめだ。
アプリにはもう3年近く優太のことがのっている。
絶賛最長記録更新中でひそかに話題になって期待されているのだ。
上の方から秘密裏に資金を増額してもらったと課長が喜んでいた。
途中でやめますなんて言ったらどうなるか分からない…。
実は職員が対象とデキていて結婚の約束までしたとなったら私だけじゃなくて優太まで巻き込んじゃうことになる……。それだけは嫌だ…。
それに…優太は殺されたがっているし……。
彼の生い立ちを聞けば納得だ…。むしろなんでそんなに平気な顔をして、人に優しくしていられるのかが不思議なくらいだ…。
優太はよく「自分が死んでも誰も悲しまないから」って言っている。
でもね、優太。
きっと私は、優太がいなくなったら寂しいし悲しくなると思うよ…。
~~~~~~
優太と付き合ってもう5年になる。
私がいつも結婚の話を流しているから気を遣って何も言わなくなった優太…。
もう見ていられないよ……。これ以上一緒にいたら本当に離れられなくなっちゃう……。
次で最後のデートにしよう…。
もう優太の依頼は最初から準備は出来てたんだから……。
すべて終わりにしよう……。
~~~~~~
「なあ沙紀。いつも言えなかったけど、今日は言わせてほしい」
(よりによって今日なの…)
思わず声に出しそうになったが深く深呼吸をしてごまかす。
落ち着いてから依頼主の方を向く。
「沙紀。俺と……結婚してほしい」
思わずこみあげてくる感情を強く抑え込む。
(優太じゃない…。この人は依頼主なんだ。落ち着け…)
「……はい……喜んで」
自分でも恥ずかしくなってしまうほど声が震えているのがわかる。
今にも溢れ出しそうなものに必死で蓋をする。
優太に触れて、優太の嬉しそうな顔をみると全力で抑えているはずなのに涙がこぼれ始めた。
「ーーっ!」
(ごめんね……5年も優太の依頼、ほったらかしにしちゃって……。今、依頼主の望んだように……してあげるから……ね)
優太は刺された瞬間に支えをなくしたかのように倒れ込むが、私のことは抱きしめたまま離さない。
優太が痛みに悶えているのが伝わってくる。
(どうして……即効性の麻痺毒が塗ってあるはずなのに……!)
優太が苦しんでいる姿を見て、行き場のない罪悪感と無力感に押しつぶされそうになる……。
こんな時でも頬をつらつらと流れ落ちる涙は止まってはくれない…。
すでに決壊してしまった涙腺はもう元には戻りそうもない…。
優太がもう動かせるはずもない手を精いっぱい動かして頭を撫でてくれる。
その瞬間、心の奥にしまいこんでいたはずの言葉たちが口から勝手に零れだしてしまう。
先ほどから涙で息ができなくて言葉がうまく出てこない。
それでも優太を強く抱きしめて、少しずつ言葉を紡いでいく…。
「優太はいつも…死んでも…誰も悲しまないって言ってたけど…好きな人が死んじゃうのは…やっぱり悲しいよ……でも…優太の申請は…ちゃんと果たしたよ……5年も待たせて……ごめんね……優太といるの……楽しくて………」
優太はまだ私のことを感じてくれているだろうか。
普通ならもうとっくに意識を失っている頃だ。
でも、それでも優太に伝えたかった。
(私のわがままに5年も付き合わせて本当にごめんね)
(優太の望んだ他殺はこれでよかった?)
「ーーーーー」
~~~~~~
「本当に意思を変えるつもりはないんだね?」
一部始終を見ていた他殺課課長がそう聞いてくる。
「はい。申請書通りにお願いします」
「残念だよ…君は優秀だったから戻ってきてほしいと願う者は多いだろう…」
「私はもう他殺志願者ですので」
「そうか…これ以上の説得は無駄のようだ。それなら、他殺課の者として職務を全うすることにしよう…」
優太の最後の言葉を聞けて安心した。
そう思ってたのは私だけじゃなかったんだ。
あのね、優太。
私、もう優太がいないと駄目になっちゃったみたいなんだ。
待っててね、すぐに行くから。
優太の依頼内容とは何だったんでしょう?
優太の最後の言葉とは何だったんでしょう?
沙紀の申請書にはなんと書いてあったのでしょう?