詩織君の魔術痛い
「うおっ」
ボンッという爆発音と共に詩織は吹き飛ばされた。
詩織の眼前まで迫っていた火球が横から飛んできた大量の水に掻き消され、軽い水蒸気爆発が発生したのだ。
「ってぇ、あー、雨水、助かった」
水を飛ばした主は雨水紗耶香だ。
詩織の横の方に立っている。フライパンを握って。
詩織の「何故フライパン?」という視線に気付いたのか、紗耶香が呟く。
「…ミンチに出来る」
「おっ、おう。…お前の第一声はそれでいいのか?」
「…」(コクコク)
問題ない、と頷いている。
いや、良くないだろ。と詩織は思った。
「…おい、テメェ、何俺の火を消してんだぁ?あ゛ぁ゛?ぶっ殺してやる!!」
仕留める気で放った火球を消されたことでディーがキレた。
オーンという老悪魔が殺す方向で話を終えているので、フールは止めるなどしない。
メキメキメキッ
「!?」
キレたディーは、近くにあった木を片手で掴み、土から抜き取り詩織らに振るう。
「死ねぇぇ!」
ドゴーンッ
ディーが木を叩きつけたところは大きく陥没した。
二人は無事に避けたが、すぐにディーの追撃がくる。
「死ね!死ね!死ね!」
一撃一撃が重く、軽々と振り回しているのにぶつかった場所が悉く破壊さている。
紗耶香が水を撃っても一降りで消される。
悪魔の中でもなかなかに高い身体能力。
二人はディーによってどんどん押されている。
このままではまずいと思った詩織は、ディーの意識が紗耶香に寄った瞬間に魔術を放つ。
「『風の鉄槌』」
「ぐっ」
風の金槌に殴り飛ばされるディー。
彼はそのまま木々をなぎ倒し消えていった。
「行くぞ雨水!」
詩織と紗耶香は圭のいる小屋に走る。
化け物三体など相手にできない。
全滅する前に圭に伝え、帰還するためだ。
「飛んでいったのぉ」
「…」
吹き飛ばされていったディーを見てオーンが呟く。
フールは下を向いて何かぶつぶつと言っている。
「レーデンディス君は魔術に対する勘が鋭いんじゃがのう、シオリという少年、なかなかやるのぅ。フール君もそう…フール君?」
「いい加減にしろやオン爺!その渾名やめろっつってんだろ!」
オーンに対して怒鳴り付けるフール。
人間がいた手前すぐにキレはしなかったが、いつまでもフールと呼び続けるため、我慢の限界を迎えた。
「ふぉっふぉ、いいじゃないか」
「あ゛ぁ゛、もういいお前ら二人でやれ」
「もぉう、フール君のいけずぅ」
「キモッ。おら行けオン爺!」
フールはオネェ化した気持ち悪いおじさんのけつに蹴りを入れる。
圭が小屋を出て辺りを見回していると、詩織と紗耶香が走ってきた。
紗耶香は相変わらず睨むように圭を見る。
詩織の方はどこかホッとしたような顔をしつつ、圭に叫ぶ。
「おい空間!転移だ!悪魔が出た!」
「悪魔だぁ?」
「あぁ!それも三体!一体は怪力と炎の魔法を――」
「お主が転移魔術の使い手じゃな?」
詩織の声を掻き消すように、その場にオーンの声が響く。
詩織たちが走ってきた方の森奥から、オーンが歩いてくる。
圭は見定めるようにオーンを見る。
「あぁ、そうだな」
「ふぉっふぉ、邪悪の尖兵を削るチャンスがやってくるとは、ついておるのぉ」
「あぁ?」
穏やかな老人のようだったオーンの顔が、獲物を見つけた獰猛な狩人のような笑みに変わる。
「…!急げ空間!早く転移を――」
「そうはさせんのぉ。『交換』」
オーンが手を横に振るう。
「!不可侵領域!」
危機感を感じた圭が咄嗟に防衛のための魔術を展開。
それは果たして、正解だった。
圭の太腿辺りを切られ、不可侵領域を張った瞬間に領域が軋む。
それと同時に倒れはしないが、オーンの魔術によって横に引きずられる。
「ちっ」
今まで幾つもの反社会的組織を潰してきた圭は怪我をすることもたびたびあるので、痛み自体は問題ない。
ただ、服が血で汚れることに若干ストレスが貯まった。
「流石、転移を扱えるだけあるのぅ。上下に別けてやろうと思ったんじゃが」
「テメェの魔法はやばそうじゃねぇか」
不可侵領域を張ったのにもかかわらず、圭に僅かにだが影響を及ぼす魔法。
圭の不可侵領域は空間に壁を張り固定するもの。
殆どのモノはその壁に阻まれ、内部に何一つ影響を与えることができない。
固定された空間ごと圭を引きずるということは、オーンの魔法は空間に関連しているものと言える。
オーンは腕を組み、どうやって圭の不可侵領域を突破するか考え始める。
「おい空間、早く転移を使え!」
「無茶言うんじゃねぇよ。転移は複雑過ぎて並列行使出来ねぇ、編むのにも十秒は掛かるぞ。お前らが死んでもいいってんなら別だがよ」
じっと圭を見つめてどのように攻撃するか観察している相手に、十秒分の隙を作れるかどうか。
相手の能力が細かく分からない以上、迂闊に守りを捨てれば詩織たちは危ない。
どうでもいいとは思っていても、手が届く範囲に居るのに見捨てることは流石にしない。
「ふぅ…十秒、でいいんだな?」
「…行くのか?」
詩織が覚悟を決めた顔で圭に確認する。
「やれるだけのことはやってやるさ。あれに魔法を使わせなければいいんだろ?俺が引き付ける。雨水、もし他二体が来たら、空間を守れ。いいな?」
「…了解」
「『細胞一つ一つが目を醒ます。脳が沸き立ち手足は躍り、光を浴びれば闇を視る』」
詩織が魔術を発動する。
傍から見たら「何あの痛い奴キモッ」とか思われそうだが、詩織の魔術発動方法がこれだ。
まるで詩を紡ぐようなそれが、聖山の言っていた変な発動方法だ。
一般的な、図形や古い魔術言語などではなく現代母国語を使うこと、でイメージしやすく幅広い現象を発生させることが出来るようにしたのだ。
また、聖山が言っていた詩織の趣味とは詩を詠むことである。
勿論言葉のプロではないし、日によってうまい下手が左右されるが、彼が好きでやっていることだ。
温かく見守ってあげよう。
「(キモッ)…本堂、転移のときに範囲外に居たらここに置き去りだからな」
「あぁ、わかってる。俺を信用してくれよな。…行くぞ!」