体力測定をしよう
入学してから一週間程が経った。
普通に授業も始まり、今から体力測定だ。
実はエリクサーの効果は、身体能力にも及んでいた。
簡単に言えば、オリンピック系のビデオゲームにチートを施したようなものだ。
その気になれば、陸上世界記録など軽々と超える記録を出せる。
しかし、そんなことはしない。
当然だ、そんなことをすれば自分が異常だと喧伝するようなもの。
ここは公立高校だ。
あの組織は国と繋がっている可能性が高い。
異常な記録を残せば、下手をすれば自分の正体が見破られかねない。
というか、普通に学校に馴染めなくなる。
だから、手を抜く。
それもかなりだ。
ちょっと手を抜いただけでは世界レベルの実力になってしまう。
全力で手を抜くために、他の人の記録を観察することにした。
「そろそろ俺の番だな」
「頑張れよぉ、優魔ぁー」
「ああ」
優魔に声援を掛ける。
これから行うのは走り幅跳びだ。
小学校時代も運動神経が良かった優魔。
高校生になった今、どれほどの記録を出すのか。
タッタッタッタッタッ ドサッ
「おぉ~」
優魔が出した記録に、感嘆の声があがる。
先に跳んだ十人ほどと比べて、格段に違うのがわかる。
「やるなぁ」
「家でもトレーニングは欠かさないからな」
凄いけど、これと競ったらダメだな。
それから十数人が跳んで、よっしーの番。
優魔に近い記録も出ているけど、よっしーはどれくらい跳ぶんだろう。
「吉田、頑張れよ」
「よっしー、頑張れー」
「うん、頑張るぞー」
さぁ、よっしーが助走を始め、跳んだ!
おっと、記録は優魔より少し短い程度だ、すごい!
記録はすごい!
記録はすごいけど跳び方!
普通は踏み切ったあと、背中を丸めて脚を伸ばし、出来るだけ前に行こうとする。
しかしよっしーは、なんと背中を反っている。
なんでそんな記録が出せるんだというほど酷い跳び方だ。
なんなんだこの人。
むしろ怖いわ。
よっしーが戻ってくる。
「吉田、お前すごいな跳び方」
「え、そう?」
「相当ヤバかったぞ、よっしー。なんであんな背中反った?」
「いやぁ、いつも通り跳んだから、俺にもわからないかな」
「無意識かよ」
無意識であそこまで反るかよ。
怖すぎだろ。
前世はエビか何かだったのか?
「それより次、宮野の番だよ」
「あ、そうじゃん」
よっしーの衝撃映像に驚いて忘れてた。
優魔もよっしーもすごい跳んだけど、流石にそんなには跳ばないでいこう。
二人より短いくらいでちょうどいい。
「んじゃ、行ってくる」
「頑張れよ、作也」
「宮野ー、気合いだよー」
気合いは要らぬ。
白線から助走分の距離を取る。
横のメジャーをちら見。
狙いはあそこだな。
息を整えて、走り出す。
タッタッタッタッ ドサッ
うん、いい感じだ。
狙いより少し跳んだけど、ちょうどいいだろう。
二人の元へ戻る。
「記録しょぼかったな」
「うるせい」
「いや、見下してる感想じゃないよ。助走の割に記録がしょほかったなって」
「?」
記録がしょぼいって、そりゃお前らから見たらしょぼいけど、見下してる訳じゃないってのが分からない。
どういうことだ?
助走の割に?
「助走はめちゃくちゃ速かったのに、跳び方がなんか酷かったんだよ。ちゃんと脚上げればもっと行ってたのに、手を抜いたのか?」
あっ、やっべ。
跳ぶ距離に集中しすぎて助走を気にせず走ってた。
ちょっと走る速さが速すぎたかもしれない。
跳び方もわざとらしかったか。
誤魔化せるか?
「いやいや、気のせいだって。手を抜く訳ないって。優魔お前、煽ってんな?自分がいい記録だからって煽ってるだろ?」
「煽ってないって、ほんとに気になって」
「自分がいい記録出したからって調にのんなよ?他は絶対負けないかんな?」
「お、おう」
ふぅ、誤魔化せたな。
有無を言わせなければ俺の勝ちだ。
未だ残っているであろう疑問を、無言という圧力で口から出させないようにする。
出来ればそのまま忘れて欲しい。
次は五十メートルだ。
さっきはやらかしたが、今度はちゃんと手を抜こう。
こちらも、俺が本気を出せば、一瞬で走り抜いてしまう。
五レーンあり同時に走るので、五人の平均くらいがちょうどいいだろう。
「これは負けねぇぞ」
「どうだろうな」
「実はよっしーに負けそうで怖い」
「え、そう?」
「分かる、俺の記録にすごく近かったからな。あの跳び方で」
よっしーの運動能力は意外と高い。
恐らく、走る速さもすごいんだろう。
「じゃあ、まずは俺の番だな」
「頑張るなよ」
「応援はしとくけど本気は出さなくていいからね」
「ひでぇな二人とも」
優魔が位置につく。
他の四人の中に、幅跳びがすごかったやつは居ない。
俺の持論だけど、競えるやつが一緒に走らないと、目安がなくて速く走れない気がする。
優魔はどうだろうか。
「位置について。用意」 パンッ
おぉ、すごい速い。
他の四人が遅いのか?
優魔は他と大差を付けて走り終える。
「お疲れ様」
「速いな。記録は?」
「六.五だった」
「速すぎだろ。陸上入れば?」
「バイトがあるから部活はしないって」
そんな速いのに、もったいない。
そんなにバイトしたいのか?
将来は立派な社畜になりそうだな。
社畜な将来は嫌だな。
仕事はのびのびとしたいよな。
「おし、そろそろ俺らだな」
「頑張るぞー」
「せいぜい頑張れよ」
「ほんっとムカつくわー」
顔が見下してるぞ。
優魔ってSの気質あるのか?
まぁそんなことは気にしない。
今大事なのは、よっしーの記録だ。
よっしーが速いなら、それより少し遅いくらいの記録を出す。
「位置について。用意」 パンッ
初速は横目で隣に合わせる。
それからよっしーを見る。
初速から他より少し速いな。
脚の回転率を上げて、よっしーの速さに近付く。
そしてゴール。
記録はどうだ?
え、マジ?
六.八秒?
十分速いじゃないか。
「宮野、どうだった?俺は六.六秒」
「マジ?優魔とほぼ同じかよ。俺は六.八」
「うぇ~い、勝ったー」
子供か。
喜び方子供か。
「二人とも、どうだった?」
俺らは、聞いてくる優魔に記録を伝える。
「…フッ」
「え、今鼻で笑った?」
「笑ってないよ」
「笑ったよね?俺にしてはいい記録だったんだけど?」
「笑ってないよ」
性格悪くなったなこいつ。