始まりの合図-4
非常階段を駆け、屋上まで登ってきた。
屋上を見回すが、人影は見えない。
人影は見えないが、代わりに魔眼で視ることでその存在を見つけることが出来た。
街を見下ろして居るのか、屋上の縁に座っている人型の魔力が見える。
その魔力に歩み寄る。
姿は見えないが、魔力の流れがあの魔獣たちのような機械的な動きではないから、ここには今回の黒幕が隠れているのだろう。
それにしても姿を消す魔術なんて、聞いたことがない。
これは強敵かもしれない、気を引き締める。
すぐ近くまで来たので、刀をそいつの頭に突きつける。
「お前が魔獣を放った犯人か?」
私が声をかけたとき、そいつがビクッと動くのが見えた。
ここまで人が来るのは想定外ということか。
なら今、不意を突けているのなら、この優勢の状態を守りたい。
「…あぁ、そうだよ?驚いたなぁ、いつの間にか後ろにいるんだねぇ」
「何故こんなことをした」
「怖いなぁ、人に物を尋ねるときはまずじ」
「状況が解っていないのか?」
こいつは余裕ぶっているのか、本当にこの状況でも余裕なのか。
情報が少なすぎてわからない。
頭であろう場所を刀で小突く。
「ちょっやめてやめて。わかったから、刃物で刺そうとしないでよ怖いなぁ。なんで魔獣を放ったか、ね…。君は、時々ニュースとかでやってるいじめ問題についてどう思ってる?」
「いじめ?」
「そう、いじめ。僕はね、それを無くしたいと思ったんだよ。どれだけニュースで報道してても、いじめは無くならない。生徒を守る先生ですら、見てみぬふりだ。根本的なことを解決しなければ、無くならない。なら、どうすればいいか。直ぐに思いついたよ。いじめをする側も、受ける側も、居なくなればいいってね。それで、僕の話を聞いて、君はどう思った?」
私の回答を求め、話を振ってくる。
確かに、いじめは社会問題と言っていいほど、ニュースで取り上げられる。
自殺した、というニュースも聞かないことは無い。
いじめは無い方がいい、それは私も思う。
だが、どちら側も死ねばいい、などとは思わない。
そんなのは、本末転倒だろう。
「…それは、随分と短絡的だと思うが?」
「そう、そうなんだよ!」
自分が求めていた言葉を聞けてとても喜んでいるのが、その声から感じ取れる。
「僕も直ぐにこの考えは短絡的だと思ったんだよ。それで別の方法はないかを考えて、この力をゆっくり、時間を掛けて行使すれば、無駄に殺しまくる必要は無くなることに気付けた。でも、一つ疑問が残った。
これまでの僕なら、殺す、なんて結論に至ることは無い。なのに、その考えにたどり着いてしまった。そこでようやくその可能性に気付いた。この力を得て、思想が、思考が変わっているのではないかとね」
「力を得た…?」
力を得ただと?
あの魔獣は、魔術ではなく異能なのか?
それなら、魔獣たちの魔力に関して説明はつくが。
「そうそう、力を得たんだよ。それで、僕なりにこの能力について調べたんだ。するとどうやら能力の根源っていうのがあるらしくて。僕はそれが、僕が変わった原因なんじゃないかと思ったわけだ。んでさ、君は能力の根源について、何か知っているかい?」
知っている訳がない。
私は魔術専門、異能については全く知らない。
そもそも魔術師協会は異能のことをどれほど知っている。
能力の根源とやらについての研究はされているのか?
そんなことも知らない。
というか、
「話がずれていないか?」
「あら、気付かれちゃった。魔獣を放った本当の理由はね、君みたいな、一般じゃあ知られてない組織に入ってそうな人を誘き出して、能力の根源について聞くため。で、どうなの?知ってるの?」
「知らない」
「そうかぁ」
あまり残念そうにしていないため、恐らくこの返答は想定内なのだろう。
もし知っていたとして、それを話す訳はないのだから聞く意味は無いと思うんだが。
「話を戻す。お前の話から察するに、お前は一人でこれを行っていたのか?」
「どうだろうね」
「話す気はないという訳か」
「意味はないからね」
「そうか。最後に、お前らは何者だ」
これほどのことをたった一人で行うなど、いくら異能力者であっても不可能に近い。
必ずどこかの大きな組織が力を貸しているはずだ。
「…あくまでも、僕は一人じゃないと見ているわけね。そうだなぁ、僕はただの能力者だからねぇ。特に何者という訳ではないかなぁ。とりあえず、僕は創造者とでも名乗っておこうか」
「そうか」
例え命の危機であっても動揺を見せず、仲間を売らないのはしっかりしているな。
これほど肝が座っているなら、普通に生きていれば、きっと大物になったのだろう。
残念に思いながら私は刀に力を込める。
「ならお別れだ。さような――っ!」
「あぁ、忘れてたわ」
その瞬間、私の背中を刺すような悪寒が走った。
とっさに振り向き、創造者に突きつけていた刀で斬りつける。
そこに迫っていたのは、狼の魔獣だった。
運良く刀が魔核を斬りつけたから良かったが、あのままならきっと、首を食い殺されていただろう。
「僕は、やめるつもりはない」
直ぐ後ろに座っているはずの者の声が、横から、それなりに離れたところから聞こえた。
一瞬で離れたことに驚き、そちらに首を向けると、黒いコートを着た後ろ姿が、ビルの下の世界を見下ろすように立っていた。
「これは、君たちへの宣戦布告だ。きっと僕がやろうとしていることは、君たちから見れば異常なんだと思う。でも、僕はこの道が正しいと思うから往く。だから君も、自分が正しいと思うならその道を、自分を信じて歩んでくれ。愚かな人の悪意に負けないでほしい。以上だ、さようなら」
「っ!?」
そう言うと創造者は、ビルを頭から飛び降りた。
ハッとなって、創造者が降りた所へ駆け寄る。
しかし、下には、誰も居なかった。
創造者の魔力も確認することができない。
今の一瞬で、その存在がその場から消え去った。
何故、どうやって消えたのか。
可能性はいくつかあるが、恐らく創造者は、瞬間移動を行った。
さっき数メートルを一瞬で移動したのも恐らくそれだ。
これが魔術なら、氷魔術に並ぶ、不可能と言われた魔術だ。
私が見逃した、ではなく私を見逃してくれたことになる。
だが、恐らく創造者は異能力者。
名前からして何かを創るのだろうが、何を創れるかが重要だ。
本当に一人で行っていたのなら、魔獣と瞬間移動の二つを可能にする能力だ。
どこでも自由な場所に魔獣を召還できる、甘く見てはいけない存在、脅威となる可能性が高い。
私は携帯で拠点に連絡を取り、たった今黒幕と遭遇したことにし、逃げられたこと、目的、推測される能力を伝えた。
『了解。引き続き魔獣の討伐を頼む』
創造者は、口調からして恐らく男であった。
彼が何故最後にあんなことを言ったのか、私にはわからない。
だがその言葉は、私に深く刺さった気がする。
彼が自分を信じて押し通るなら、私も、私自身を信じて私のするべきことを成す。
彼はいじめに拘っていた。
彼も、何かを抱え込んでいて、それに押し潰され、崩れてしまったからこんな災害を引き起こしたのかもしれない。
彼が誰か、信頼している人に話せれば、傷つく人は居なかったかもしれない。
でも、彼自身が彼の言ういじめの被害者なら、私はどうにかしたいと思ってしまった。
彼は、私が内心に秘めた悩みを意図せずとも解決してくれた。
自分勝手な考えであるのはわかっているが、少なからず彼に感謝し、彼が何かを成すことを願ってしまっている。
止めねばならない敵対する立場になるはずなのに。
彼に、抱えている物を打ち明けたくなってしまう。
彼なら解決してくれるのではと思ってしまう。
でも、街に魔獣を放って混乱させたクズに、そんな考えを持ってはダメなんだ。
お父さんと同じ道を辿ってしまう。
だからもし、次に会うことがあれば、お礼を言ってから捕まえよう。
それが私なりの彼への慰めであり、感謝だ。
私は創造者に対する感情を秘め、残りの魔獣の討伐に向かう。