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ことの始まり 3

うぅ……何だか最近誤字脱字が多い気がします……。

なんてこった……気をつけているはずなんですが……。

誤字脱字を教えてくださった方、ありがとうございます。


 セーティは皇帝の執務室のソファに腰を下ろし、手元に広げた紙に書かれた文字を順に目で追っていく。

 その紙の一番上には『報告書』と書かれ、セーティが王国から帰って来た時に頼んでおいた、ティスロナに関してのものだ。


 ティスロナの母は帝国から王国のアニュラロール公爵家当主に嫁ぎ、ティスロナを生むと産後の肥立ちが悪く、そのまま息を引き取った。ティスロナが生まれると、すぐに公爵はティスロナを王国の第一王子の婚約者にする。ティスロナの母が亡くなってからそう時間が経たない内に、公爵はかねてから愛人の一人で、男爵家の一人娘であったルシカの母を後妻とし、ティスロナの義母にした。しかし、公爵にとって家族は体裁のためのものであり、仕事第一な公爵は碌に家に帰って来ないだけでなく、他の愛人に会いに行っていた。そのこともあり、公爵家の屋敷はもはや義母と義母の連れのルシカの城と化していた。そうなると、その家の中で最も異質で邪魔な存在になるのがティスロナだ。第一王子の婚約者であるティスロナ。母のいないティスロナ。令嬢しかいない公爵家において長女であるティスロナ。義母とルシカにとって、これほど格好の獲物はいなかった。まるで使用人のように――下手したら使用人よりも扱いは酷い――昼夜問わず働かされ、何か粗相をすれば教育という名の調教をされ、食事を忘れ去られることも珍しくなく、唯一守れるであろう第一王子はルシカに心を奪われ、ティスロナを敵視している。現在では、第一王子の前でもティスロナは使用人のように扱われている。セーティが送った手紙はティスロナに渡されたようだが、贈り物はルシカが持っている。


 セーティはそれらの報告書を読み終えると、落ち着いた様子で報告書をソファの前の机に置き、ふぅぅぅぅ、と長く深い息を吐いた。


「――――ふふ。ふふふふふふふ」


 セーティはゆっくりと立ち上がった。不気味な笑みを浮かべて。


「ちょっ……! 待て待て待て待て!」


 それを正面から見ていたベフィが悲鳴のような声を上げ、焦ってセーティの腕を掴む。

 立ち上がったセーティは笑顔であるものの、そこから漂う殺気はただならぬものになっていた。放置しておけば、必ずどこかで人一人が死ぬ。いや、これは、一人だけで済むのかすら、微妙なところだ。

 制止するベフィにセーティはその不気味な微笑みを向ける。まさに悪魔だ。


「……何かしら?」

「どこに行こうと――いや、何をしようとしてんだよ!」


 どこに行くか、など分かり切っている。報告書はティスロナに関しての情報が書かれている。それはつまり、ティスロナの家族であるアニュラロール公爵家についてのものだ。この報告書を読んで真っ先に行くのだとしたら、アニュラロール公爵家か王国のどちらか、だ。


「あらいやだ。ちょっと、一国を滅ぼしに行くだけよ」

「ちょっとじゃねーだろ、ちょっとじゃ! 止めろ。さすがにそれだけの理由で滅ぼすのは許せねー」


 ちょっと、トイレに、とでも言うかの如く、軽くさり気なく告げるセーティから漏れ出す空気は岩をも斬り裂く鋭さを持っている。


「……それだけ?」


 弾んだ声だったはずなのに、セーティの声色はいつの間にか怒りを滲ませたものに成り変わる。

 これは間違いなく地雷を踏んだ。

 そう悟ったベフィは、やべ、と漏らすのが先か、後退りするようにしてセーティから距離を取った。

 ベフィの直感は正しい。ただ、遅すぎる。口に出す前に気付くべきだったのだ。その何気ない言葉がセーティの怒りをふつふつと湧き出させることの助力になることを。


「ベフィ、今、『それだけの理由』と言った?」

「っ……」

「私のお気に――聖女が今、不当に苦しめられているのよ? 奴らは十分、やってはいけないことをしているわ。しかも、それに気付かない無能王族。ふふ。…………死んでも構わないんじゃなくて?」

「いや……だからな…………」

「大丈夫よ。一瞬で終わらせるから、安心して」

「何が大丈夫なんだよ、何が」


 全く大丈夫ではないし、安心もできない。何をもってそう言っているのか、ベフィは頭の中で首を左右に全力で振った。セーティの定める『大丈夫』はお気に入りに関してだけ信用できる。それ以外は世界規模での問題ないが『大丈夫』になる。確かに、王国は世界的に見たら未だ弱小国。滅んだとしても、王国の影響力は少なく、世界規模で問題にはならないだろう。ただ、言及されるだけで。

 それとも、セーティの『安心』は一瞬で終わるから誰がやったか分からないから、ベフィが不利になることはない、ということか。何にせよ、何も大丈夫ではないし、安心もできないことだけは分かった。

 セーティのこの目は完全に殺る気だ。久し振りに見たな、と現実逃避し始めるベフィの耳に唐突に救世主が現れる音が届いた。


「失礼します。白髪の聖女がいたと聞いたのですが」

「っおおぉぉお! フィロ! 良いところに!」


 ノックの音をコンコン、と響かせ、両開きのドアを開け、入って来たフィロと呼ばれた黒い衣装に黒と青が混ざった髪の男にベフィが飛び付いた。


「……どういう状況ですか、これ。俺は白髪の聖女が出たとしか聞いていないのですが」


 突然のベフィの暴挙にフィロは自身の赤目をぱちくりさせた。

 男に男が抱かれる状況など、そうそうないことだ。まして、フィロにそっちの趣味はない。思わず、ゾワッ、と背中に悪寒が走る。

 強制的にベフィを引き剥がし、フィロは一歩、後ろに下がった。

 正面でそのやり取りを見せられたセーティも無意識にソファの端に退避する。


「それがな、白髪の聖女をセーティが気に入っちゃってよー。んで、今、その白髪の聖女が家族と婚約者に虐められてるっていう報告書を読んだところで、セーティの奴、王国滅ぼしに行くって言うんだよー。フィロ止めてくれぇ」


 俺じゃ無理だー、とフィロに縋り付こうとするベフィの頭を押さえ付け、フィロはベフィの後ろにいるセーティに視線を移した。


「……セーティ…………お気に入りができたんですか?」

「えっ、そっちぃ?!」

「ええ、できたわ! とっても可愛い子なのよ!」

「それはそれは……今日はご馳走にしましょうか。俺達の久し振りの再会も祝えますし」

「! やったぁ!」

「なあ、俺がおかしいのか? なあ?!」


 ベフィの反論虚しく、なぜかお祝いムードのセーティとフィロには届いていなかった。

 先までの重苦しい空気が幻かのように雲散し、上機嫌のセーティの歓喜が執務室に広がる。


「ですが、国を滅ぼすのは賛成できませんね……」


 セーティの隣に腰を下ろし、フィロはそう口にした。


「どうして? いいじゃない」

「今滅ぼしても、その聖女の居場所を失わせるだけですよ?」

「あ…………で、でも、私達の教会に――――ダメ?」

「駄目です」


 見事な即答にセーティはああ、と項垂れた。漏れた言葉はやっぱり、と言いたげだ。フィロとセーティは同じ教会に住んでおり、今まで誰一人として入れることを許さなかったのはフィロである。その理由をフィロは、自分のテリトリーに信頼できる者以外を入れたくない、と説明し、押し通してきた。今更、いいよ、と許可するはずもないことはセーティだって知っている。

 だからこそ、セーティは初めから用意していた布石をここぞとばかりに取り出す。


「んー。じゃあ、ベフィがいるわ。ベフィなら婚約者もいないし。婚約者にするっていうのはどう?」

「駄目に決まってんだろ。国母になる素質がねーと許可できねーよ」

「ベフィ頭固いー」

「そんな人助けの一環で国母を決められるかよ」


 むー、と口を尖らせてセーティは不満を露わにした。何のためにベフィを敢えてティスロナに会わせたと思っている。

 隠さず告白しよう、このためだ。

 ベフィの婚約者捜しはベフィがまだ幼い時から始まり、今に至るまで続けられ、誰一人として名が挙がった令嬢はいない。これでは、ベフィの婚期が遅れることは必至。皇帝に正妃がいないことは長く続けることではない。

 ティスロナの居場所だけでなく、それをも狙った作戦であったが、にべもなく却下らしい。


「そういうわけですから、きちんと居場所を作ってから滅ぼすなら滅ぼしてください」

「分かったわ、そうする」


 そんな日はいつになることやら。セーティは遠くを見つめる。


「――ああ、でも、ベフィは私が忙しい時にはティスロナ様に手紙を送ってね」


 だがやはり、諦め切れない。


「はあ?! 俺も忙しいんだが?!」

「いいじゃない。どうせ、いっつもここにいるんでしょ? 丁度机もあるし、何より、男からの手紙なんて、あの親子のボロを出させる良い口実だわ。その手紙に愛を囁いてくれれば余計に」

「分かった。分かったから愛を囁かせるのは止めてくれ」


 愛を囁く自分を想像したらしいベフィはげんなりとしてソファの背もたれに体重を任せた。皇帝として、多くの障壁を破ってきたベフィだからか、女性の扱いには知識も免疫もない。口説くなど、夢のまた夢だったようだ。

 ベフィは何も顔が悪いということはなく、むしろ、整いすぎているほどだ。セーティの記憶の中だけでも、数十人がベフィの顔を見て惚れている。なのに、この不器用さ。これがギャップなのか。こんな情けないギャップでいいのか。セーティには本当によく分からない世界である。


「だがな……俺の名前じゃ男だとはすぐに思わねーし、俺が皇帝だってバレるかもしれねーぞ?」

「ああ、そういえば、そうね」


 セーティはともかく、ベフィの名前は皇帝という立場故に広く知れ渡っている。それだけではなく、ベフィという名前は男性でも女性でも使われるもので、姿を見ないことには特定するのは難しいだろう。

 いっそのこと、偽名でも使うか、と思い至るものの、うーん、と躊躇われるのだ。偽名を使うと言っても、わざわざ手紙のためだけに偽名を覚えておくのも無駄に感じてしまうのだ。


「それでは、洗礼名にしたらどうですか? 洗礼名は知られておりませんし。幾分か男性っぽいのでは?」

「確かに」

「あー……洗礼名なぁ……」


 教会に記録され、厳重に保管されている、洗礼名は本人と本人が教えた相手にしか知られておらず、皇帝だとバレることもない。しかも、ベフィの洗礼名はアーサー。セーティの求める男性っぽさが滲み出ている。


「そうしましょ。私からティスロナ様に伝えておくわ! じゃ、早速書いて送るわ」

「それでは、俺も牧師の仕事に戻ります」


 決まった、決まったー、とベフィの了承を得ないまま、セーティとフィロはベフィに全てを押し付けて、執務室を後にした。その際にベフィの唸る声は二人とも、聞かなかったことにしたのは言うまでもない。

 セーティとフィロが執務室を出て、暫く歩き続け、人気がなくなった廊下で、周りを気にしていないようでちゃっかり誰もいないのを確認して、フィロは口を開いた。


「セーティ、俺が頼んでいたこと、どうでした?」


 歩き続ける足は止まらず、セーティとフィロは相変わらず門を目指している。それでも、セーティは一瞬、足を止めかけ、視線を下に落とした。


「フィロ様……」

「その様子ですと、ネズミはやはり……?」


 ネズミについてはベフィも言及していたのだが、ベフィよりもフィロの方がネズミについての情報を知りたがっていた。セーティが文句を言いつつも、王国に行ったのはフィロに頼まれていたことが理由だ。そうでなければ、他の仕事をしていたセーティが王国に行くことはなかった。

 そして、フィロに頼まれたこととは、ネズミが聖女になったか、なっていないか、今どのような状況か、である。


「……ええ。吸血鬼に、なりかけているわ」


 セーティの声色は落ち込んでいた。

 悲しみを噛み締めるように、一言一句、ゆっくりと。


「詳しくお願いします」

「黒髪にはなっていないけれど、ネズミには聖女の素質があるわ。強いて言うのなら、ネズミは聖女になり損なって闇に堕ちた吸血鬼ってとこかしら」

「……殺すべき、だと?」


 はっきりと、残酷に吐き出されたフィロの言葉にセーティは驚かない。

 むしろ、それを判断するために王国に行って来たのだから、頼まれた時から予想はできている。


「…………ええ」

「セーティは納得しているのですか?」

「……納得、するしかないわよ。あれはもう、戻れない。きっと、吸血鬼になれば、被害は大きくなる。ネズミは聖女に憧れて、焦がれた分、今は妬み、恨んでいる。例え捕まえたとしても、逃げられると思うわ。殺すしかない」


 セーティの声に含まれるのは悲嘆、哀愁、落胆。口ではいくら興味がない、と言っていても、こと聖女や吸血鬼に関してセーティは、誰よりも彼らを知っているが故に、心を砕きすぎるのだ。ティスロナの母親のことであっても、気に入っていなかった、どうでも良かった存在であることは事実な反面、彼女の意思を尊重するために無関心を貫いていると言っても過言ではない。ただでさえそうであるセーティの愛は大きく、お気に入りに関しては更に過保護になるのだ。『首輪』を送るほど、深い愛情をお気に入りには注いでいる。

 フィロが望むことは一つ。愛が大きいセーティの心が安らかになることである。


「……セーティがそれでいいのであれば、俺は何も言いません。ですが、セーティが悲しむことではありませんよ。それが、ネズミの業故のことでしょう」


 フィロは願う。せめて、セーティの心が壊れないように、と。


――しかし、白髪の聖女、ですか。懐かしいですね、セーティ。


 分かっている、と主張するかのように、フィロの前を歩き始めたセーティの背中に、フィロは密かにそう投げかける。

 セーティにその呟きが届くことはおそらく、一生叶わない。



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