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婚約破棄と真実と 2

なんと!

ジャンル別日間ランキングで6位になりました!

ありがとうございます!!



 『聖女』

 それはこの世で最も尊い存在。人類を明るき未来へと導く、絶対的な聖なる存在。故に、少しでも邪な気持ちがあるとなれないと言われている、高貴なる存在。


「…………は?」


 騎士でさえも動きを止め、呆気に取られた声を出した。この声は果たして誰のものであったか。それを特定するのも馬鹿らしいほど、セーティとベフィ以外この場にいる誰もが目を見開き、セーティ達に目を向けた後、自然とティスロナを見つめていた。

 彼らの顔は一様に、『マジかよ』という驚きの後、特にベスティカ王国の貴族達は徐々に自分達がしてきたことへのことの重大さに気付き始め、『ヤバイ』と顔色を失くさせる。全く、今更すぎる。頭が足りないとは言え、ベフィの正体を知りながら自分だけが逃げられる、と思っていたとは。これではもはや、セーティもベフィも苦笑すらできない。

 その中でも、やはりルシカ達は何の根拠があるのか、ただの馬鹿なのか、騎士が驚きで一向に来ないのを良いことに、食い下がった。


「そんなみすぼらしくて気持ち悪いその女が聖女なわけないわ! 嘘ならもっとマシな嘘をつきなさいよ!!」

「そ、そうだ……そいつが聖女? ハッ、笑わせる。ここに聖女がいるとすれば、ルシカこそが聖女だ。そいつじゃない」


 自分達が窮地に追いやられているとも知らずに、ルシカ達はセーティ達の逆鱗に容赦なく爪を立てる。

 既に四面楚歌である彼らに続く者は一人もおらず、――もしいたとしたら、ルシカとベルリラと共に地獄の底へとつき落とせたと言うのに――一歩、また一歩と彼らから距離を取り始めていた。


「――――…………みすぼらしく、て? 気持ち悪い……?」


 地に這うような低い声は呟かれただけであるにも拘らず、地べたを這って浸透していく。ヒィ、という誰かも分からぬか細い声を引き金となって、床に溜まっていた恐怖の塊がブワッ、と人々をも飲み込んだ。

 床に着いた手を怒りに震わせて、ティスロナに頭を垂れたままのセーティは頭を横にずらし、ティスロナに見せる失態を犯さないように後ろで互いに身を寄せ合うルシカ達を睨みつける。ゴギャッ、と音を立ててセーティが手を着いていた床が抉れた。

 これだけでもセーティの怒りがどれほどのものか、知りたくなくとも察してしまう。

 これまでの人生で感じたことのない恐怖に耐え切れなくなったルシカは、遂にずるずるとベルリラに凭れながらも床に力なく座り込む。腰が抜けた、と言うべきか、足に力が入らなくなった、と言うべきか。尚も、セーティにはどうでも良いことである。


「……おい、セーティ」


 ただただ不快感が増すだけで、全く利用価値を見出せそうもない。いつもは溜めることのないストレスに加えて、先のルシカとベルリラの発言により、セーティの我慢が限界値を超えた。

 セーティが操る糸は既に彼ら両方の首に巻き付いており、少しセーティが指を動かすだけで、彼らの首は吹っ飛ぶようになっている。彼らの首に繋がる指を動かそうとして、ベフィの声にセーティは動きを止めた。ついその反動でベフィを殺意を込めた瞳のまま見つめる。

 それでもやはり、ベフィはさすが、セーティの殺気を直に受けていながらも、飄々として立ち上がると、逆にセーティを咎め始めた。


「ティスを怖がらせる気か」

「そんなわけないじゃない。ティスロナ様を避けたはずよ」


 殺気や敵意を慕い続けているティスロナに向けるはずがない。それらは間違いなくティスロナだけを避けてベスティカ王国の貴族達に向けられた。


「いや……だがな…………」


 珍しく含みを持たせるベフィの口調に、セーティは怪訝な表情を見せ、一体何なんだ、とベフィの視線を辿った。

 その先にいたものが、ベフィがセーティの言動を止めさせた、最たる理由。


「――え?! ティ、ティスロナ様?!」


 ティスロナも他の貴族同様に、もしかするとベスティカ王国国王や王妃に匹敵するほど、ただでさえ白い頬は色付きを失くし、平然を装っているものの、手を震わせていたのだ。


「ど! どぅ、どうされましたか?!」


 思わずセーティは慌てて飛び上がってティスロナに駆け寄る。


「セーティ……お前なぁ。声に乗せた敵意がティスを避けるわけねーだろ」


 やるなら視線だけにしておけ。

 そう言うベフィの口調からは呆れ以外感じられない。

 セーティはムッ、と喉にまで上がってきていた反論の衝動を寸前で飲み込んだ。ベフィの言う通りなのだ。ここで言い返しては、セーティはただの駄々っ子になってしまう。何がそんなに不快か、と言われれば、他ならないベフィに指摘されたということだけが気に入らない。

 納得できても、そればかりは覆らない。

 存分にベフィを睨み、フン、と鼻を鳴らして再びティスロナへと顔を向ける。


「ああ……ティスロナ様。そんなに震えて。……ティスロナ様。ご安心くださいませ。私はティスロナ様の味方。これは何が変わろうとも、どれほど時間が経とうとも、決して変わることはありません」


 怖がらせないように。警戒されないように。再びティスロナに微笑みかけてもらえるように。

 セーティの殺気はそれこそ、ベフィに相当するほどの男であっても初めて向けられれば身体が竦んでしまうほど、強く重い。ベフィはただ単に慣れているから耐えることができるだけであって、決して一朝一夕で克服したなんてことはない。つまり、ただでさえ長年に亘る不幸のせいで他者からの敵意などに敏感なティスロナが凍り付いてしまうことは仕方のないということである。

 正直、ティスロナには早くの内に慣れてもらわねば困る。これくらいのことはセーティやベフィにとって、何でもないこと、日常的に起こることなのだ。

 この調子では、慣れさせるのも一苦労、と言ったところか。つい今度のことに思いを馳せ、ベフィはため息を吐こうとし、それは止められた。

 予想外の人物――ティスロナによって。


「だい、じょぶです……セーティ様」

「ティスロナ様……?」

「私はティスロナ様、とセーティ様にずっと、呼んで頂きたいのです。そのために耐えなければならない。私はそう、思うのです。セーティ様にずっと、他でもない私を選んで頂きたい。これは私の我儘です。セーティ様、ベフィ様、ですから、私を甘やかさないでください……!」


 これがティスロナがベルリラや父親に選ばれなかった原因だ。

 そのまま頼ればいいものを、ティスロナは頑なに他者に頼ろうとしない。おそらく、ルシカであったら、必ず反対のことをするだろう。例えそれが人に取り入るには有効だとしても、身に染みて知っていたとしても、ティスロナは自分がそうすることを許さない。それが性格というもの。故に、ティスロナは危惧していた。自分の性格のせいで人が離れて行った記憶しかないのだから、好いてくれているセーティとベフィもきっと――、と。


「――…………まぁ……! まあ、まあまあ! ムフッ! ムフフフフフフ!」

「おい。笑い方、変だぞ」

「だって! ちょ、ベフィ!! この……っ、ムフ。だって、かわ、ムフッ、可愛すぎ……! ムフフフフフ」

「おい。変態が出てるぞ」

「変態が出てるって何よ。いやいやいや。だって、私のティスロナ様可愛すぎでしょ?! 何? ティスロナ様は私を悶え殺す気なのかしら! やだ! そんなの、本望すぎでしょ!!」


 幸いなことに――いや、残念なことに、と言った方が適当か――セーティとベフィに限って、ティスロナが不安視する事物が不快になることはあり得ない。特にセーティにとっては、それらのことはつい頬を赤らめてしまうほど、好ましいものである。

 周りを置き去りにして、セーティとベフィの興奮は治まることを知らない。


「な…………なんなのよ……こいつら……」


 ふと、ルシカの口から出た言葉はセーティの異常さに中てられた者全ての心の中に一致するものであった。

 ただし、ルシカの言葉にベフィの正体についての言及があったことだけは異なる。


「――ああ。そういえば、自己紹介がまだだったわね」


 本来、貴族、それも王族であれば、ベフィのことは知っていて当然。セーティは言外にこの国、そして王族はそれすらも知らない無能だとベルリラだけに留まらず、この国の王族を揶揄したのだ。もちろん、セーティの瞳は見下したものであった。

 一歩、ベフィがセーティの前に出る。

 呆然とするルシカとベルリラを見下ろし、ベフィは外いきの顔をして告げた。


「俺はベフィ。ベフィ・バルアリオン・ジガヴェスト。ジガヴェスト帝国が皇帝。気安く話しかけて良い存在ではない」

「そして私はセーティよ」


 大して驚くほどのことでもない、ベルリラ達にとってはそれだけで震え上がる名前。セーティのことはすっかり頭から抜け、ベフィに意識を向けることしかできなかった。

 ジガヴェスト帝国、とうわ言のように、ベルリラは繰り返す。

 ベスティカ王国とは比べ物にならないほど強大な国、ジガヴェスト帝国。ベフィが言う通り、弱小国とも言える王国が遥か高みに存在する帝国の皇帝の前に立つなど、許されることではない。


「……ねえ、それよりも。王国の騎士は動くのがやけに遅いのね。まだ罪人を放置しておくつもりなのかしら?」


 コロコロ、と愉快に笑うセーティの声に、動きを止めていた騎士は漸く我を取り戻し、ルシカとベルリラ、そしてルシカの母親を連れて行く。

 その際にルシカが何か喚き散らしていたが、それもやはり、セーティには関係のないことである。

 やれやれ、とセーティは肩を揺らした。

 碌に反論材料も持っていないくせに、騒ぐだけ騒いで時間を浪費させられ、内心、殺してやろうか、と何度指を動かしそうになったことか。彼らが連れ去られて行った今でさえも、やっぱり殺せば良かった、と本気で後悔しているほどだった。


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