古来より語られし伝承
短編で投稿していたものの連載版です。
二話までは前に投稿していたものに少し手を加えたものです。楽しんで頂けたら幸いです。
これは、とある昔の話。
伝承、伝説、御伽噺と呼ばれ、今に伝わる話だ。
とある集落で何の前触れもなく起きた、凄惨な事件――『吸血鬼の誕生』――もまた、それらに準ずる、いや、それらを代表する話である。
どこにでもある集落。何の特別性もない、目立たない集落であった。そこに住む者達は皆優しく、家族のように仲良く、幸せに暮らしていた。まさに平和、と呼べる集落であり、この平和がこのままいつまでも、未来永劫保ち続けられる。そう、誰しもが確信していた。
しかし、それは突如、一瞬にして壊されることになる。東方の国で言われている、諸行無常、という言葉通り、絵に描いた平和は跡形もなく崩されたのだ。ゾンビのような唸り声。生まれて間もない赤子の泣き声。一つ、また一つと消えていく甲高い悲鳴。負け犬のように響き渡る怒号。怨みの籠った念が集落全てを染める。土を赤く染める血、崩壊した建物、辺りを照らす炎、逃げ場のない檻。そこはまさしく、地上に現れた地獄であった。
炎の檻を作り上げたのはたった一人。唯一燃え上がる炎の中、無傷で立っていたたった一つの生命であった。真っ赤な液体を全身に浴び、それが滴り落ちる中で炎を見上げ、どこか悲しいような、寂しいような、落胆したような、諦めたような、何かを失ったような、そんな目をしていた。
この生き残りこそが、幸せに暮らしていた人々を理由もなく虐殺した化け物。人々の中でそれは現実であり、伝承での登場人物であり、許し難い存在であった。
『吸血鬼の誕生』
そこに嘘はない。
全てが空想でも、妄想でも、作り話のでもなく、正真正銘の事実である。
これが平和を壊した、という認識を人々に植え付けることになったこともまた、事実である。
人々が吸血鬼に対し復讐という名の虐殺――後に吸血鬼狩り――をするようになったことは想像に難くない。
その中で、『吸血鬼の誕生』にはある真実が抜き取られ、語られていなかったことは今となっては誰にも分からない。吸血鬼の始祖でない限り、誰も。
さて、そんな『吸血鬼の誕生』の物語に等しく有名な伝承がある。『吸血鬼の誕生』に対抗する話だ。
親に捨てられ、周りから蔑まわれ、人として扱われなかった者がいた。いつからいたのか、どこから来たのか、村人達は何も分からなかった。それでも、その者は魔女とはまた一風変わった、特別な力を持っていた。それこそが、神より与えられた聖なる力――闇から人々を守り、人々に幸福を齎す力――はその者をあろうことか、この地に縛り付けたのだ。その力を何としても保持しよう、と村人は容易にその者を地下に閉じ込め、暴力と暴言を幾度となく浴びせた。その者が死んだような顔をするようになっても、村人の蛮行は続き、その者は表情が死んでいく、という感覚を否応なく味わったのだ。それきり、人らしい表情をしなくなったその者を村人達はヒトデナシ、と呼ぶようになった。しかし、やはり罰が当たったのだろう。最終的に村人達は死に絶え、その者は助け出されたのである。
それからというもの、その者は聖なる力を存分に振るい、人々を豊かで幸せな未来へと導いていった。
後にその者は人々からこう呼ばれた。吸血鬼とは対となる存在、『聖女』と。
そして、人々は考えた。聖女は吸血鬼と同時期に誕生し、吸血鬼から人々を守るために神から遣わされたのだ、と。
しかし、『聖女の誕生』は『吸血鬼の誕生』と比べると、疑問が残るものだった。聖女をかの憎き村人から救い出したのは果たして誰なのか、それとも、聖女自身で道を切り開いたのか、村人達が自滅したのか、ありとあらゆる仮説が飛び交うだけで、真実は闇に葬られたまま、現在まで『聖女の誕生』は語り続けられ、広く愛されている。
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