08.「そうだよ、アーデルハイド様だよ!」
翼竜種というのはピンキリだ。
空を覆うまで表現するのは言い過ぎだが、それでも巨大な種は城と見間違えるほどのものもいる。
しかし一番多いのは人より少し大きい程度のモノで、
これが結構な数がいるため冒険者たちが遭遇することは多い。
「まったく、逃げ回りやがって!」
まるでライオンのような茶髪と2メータにはなるであろう巨漢の冒険者は吠える。
いかつい強面が野太い声で威嚇する声を聞けば気弱なものであれば気を失うだろう。
だが相手は翼竜種、空から彼をまるであざ笑うかのように甲高く鳴く。
竜……というには間抜けな面をしている青い種だが、
両翼を広げるとそれだけで4メータには達する獰猛な翼竜「ケースト」。
空から急降下して襲い掛かる鋭い牙と爪は冒険者たちにとっては脅威となる。
翼竜種は総じて厄介な相手であり、
彼の得物であるバトルアックスでは動きが遅くて捉えられないでいた。
「――!!」
鳴き声をあげてケーストが迫ってくる。
さすがに彼、デリクが力自慢の冒険者とはいえ正面からぶつかるのは無謀だ。
「こんちきしょうめ……!」
しかし避けるには傷を追っている彼は体力を消耗しすぎていた。
一か八か、バトルアックスで迎え撃とうと構える。
そこへ……
「燃えあがりな!」
まるで火山の噴火のよう炎が吹き荒れる。
広がるのではなく方向性を持った火炎が迫るケートスに直撃した。
馬車よりも強烈な体当たりだったにも関わず、炎は翼竜を弾き飛ばす。
全身を燃やされ声にならない悲鳴を上げて墜落する。
「っ、アーデルハイドか!」
叫ぶデリクに応えたのは自信に満ち溢れた女性の声。
「そうだよ、アーデルハイド様だよ!」
デリクを踏み台にし、槍を構えた冒険者が勢いよく飛び上がる。
「おい、何しやがる!」
怒鳴り声などどこ吹く風、女の冒険者は獰猛な笑みを浮かべていた。
「こいつでおねんねしな!」
手に持っているのは狼のアギトのような矛先を持つ銀の槍。
炎はその矛先より放たれており、今もその余熱で揺らめていた。
容赦なく突き出された槍は地面でジタバタしている翼竜の心臓を貫く。
断末魔を上げ翼竜はすぐに力尽き動かなくなり、
突き刺された槍の熱で内側から焼き爛れていく。
「ちょろい相手だぜ。楽勝すぎるな」
彼女はケートスを足蹴にして槍を引き抜き、「ふんっ」と軽く鼻を鳴らす。
「アーデルハイド!
俺の髪がこげちまっただろうが!」
「んだよ、助けてやったのに随分な物言いじゃねぇか」
彼女はつまらなさそうに振り返る。
槍と同じ銀色の軽鎧を身にまとう長身の冒険者。
華奢な体にどこにそんな力があるのか自分よりも大きな槍を肩に担ぐ。
まだ周囲に残る熱で揺らめく大気の中に、彼女の編み込まれた美しく長い金髪がなびいていた。
少し吊り目になっている瞳、不遜な笑みを浮かべる彼女はまるで狼だ。
美人ではあるが、街中であっても彼女に声をかけようとする男はいないだろう。
ちなみにあまり胸が大きくないことを実は気にしているが、
勝気な彼女にそのことでからかえるような男はいなかった。
「感謝しな、お前のパーティにこのアタシ、
アーデルハイド=アイゾンウェル様がいたことによ」
――アイゾンウェルの魔槍。
数あるアーティファクトの中でもズバ抜けた火力を持つ武器。
王国の冒険者たちの中ではあまりにも有名で、魔槍と言えば彼女のことだと誰もがわかる。
あわせて槍を持つ彼女……アーデルハイドの性格の苛烈さも有名で、
拠点とするケーレンハイトで歩けば誰もが道を開けるほどだ。
「ちっ……まあ助かったよ。向こうにいたのも始末してくれたんだな。
ならこれで依頼は完了だ」
助けられたのは事実、デリクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そんな彼を一瞥することなくアーデルハイドは槍をブンっと振り、
矛先についた翼竜の血を飛ばす。
「つまんねぇな」
まだ矛先から立ち昇る余熱で周囲が揺らめいている。
そんな中、アーデルハイドは吐き捨てるように呟いた。
俺だよワリオだよ