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世界樹の裾〰彼女が始めた街作りの物語〰  作者: テオ
1章「彼女が始めた街作りの物語」1幕:ドールマスター
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06.「自分のために、自分の場所を作りたいって思うのはおかしいですか?」

ハツカはテルト領の街を2つほど周り、今も依頼を終えたところだった。

力自慢のゴーレムを扱うルーンマスターは需要が高い。

冒険や調査よりもどちらかというと土木工事や獣を追い払うといった内容ではあるが、

何も冒険者だからといっていちいち危険なことに手を出すこともない。


「やっぱ食事と来れば肉ですよね」


彼女が今いるのはキルテッドという1000人規模の街だ。

そこそこ大きく、当然ながらきちんとした宿もある。

宿の一階にある酒場でハツカほくほく顔で肉を頬張っていた。


「ドールマスターの嬢ちゃんよ。

 来てくれて助かったぜ。やっぱゴーレムはすげぇな」


先ほど終えた崩れた家の撤去の依頼。

その依頼主がこの髭面のマスターである。


「いえ、報酬のほかにこんなご馳走をもらっちゃってありがとうございます」


「そんな大層なもんじゃねぇよ」


近隣の森にいるクマの肉を分厚くステーキにしたものだ。

野菜など勿論ない。

重要なのは肉と酒である。

ハツカはそこまで酒は飲む方ではないが、やはり仕事終わりには一杯ひっかけたい。

このあたりの名産である「ポリン」という柑橘系の果物を漬け込んだ酒は実に上手い。

甘いタイプの酒ではあるが、それが不思議と肉の脂をさっぱりとさせてくれる。

そこまで度数も高くないのでハツカも遠慮なく飲んでいた。


「……それにしても」


彼女はまだ持っていたミラリアのルーンパドの請求書を睨む。


「メンテナンス費は安いんですが……この宿泊費と食事代が納得いきません」


その呟きを聞きつけたウェイトレス……マスターの娘が覗き込んでくる。


「えーと6泊で宿泊代4000は安いと思うけど。

 食事代も6000なら、まあ美味しいもの食べれたんじゃないの?」


娘の名前はリンデといい、ハツカよりも少し年上だ。

すらっとしたスレンダーな体つきにハツラツとした口調。

王国では珍しくない栗色の長髪がさらさらとなびいている。

ここの宿にはまだ2泊しかしていないが、彼女が客……

それも男性に対して非常にモテるのは同じ女性から見ても「なるほど」と思う。

媚びた感じがなく、それでいて気遣いもできる美人。

不愛想な自分もこれくらい愛嬌があれば、もっと交渉事もうまくいくのだろうかと思う。


「汚い工房の片隅にいある暖炉の前で布団をひいていただけですよ。

 野宿よりはマシでしたが、快適には程遠いです。

 今から思うと2000が妥当じゃないですか」


「うーん……うちで一泊500だからね」


他に客もいないため、彼女はハツカの正面に「よっこいしょ」と座る。

そしてどこから取り出したのかフォークでひょいっと肉の切れ端を自分の口に放り込む。


「……私の肉です!」


「一切れくらいいいじゃない、明日多めに焼いてあげるからさ」


この宿、ウグイス亭もそこまで良い宿というわけではないが個室でベッドもある。

当然ではあるが工房とは快適さは比べるまでもない。


「食事だって毎回マズいパンと野菜だけで、肉が一度もなかったんですよ!」


「あんた、肉好きだもんね」


叫ぶハツカにマスターはどうどうと落ち着かせるようになだめる。

ちなみにパンの相場は10ラピス。

ウグイス亭は宿泊者には朝昼晩の食事代として一日250ラピスもらっている。

つまり宿泊費500と食事代250あわせて一泊750ラピス。

それが6泊とすればウグイス亭であれば4500ラピス。

それに対してミラリアで請求されたのは10000ラピス。


「宿ですらない場所で、美味しくもない食事……

 それなのに倍以上の価格を支払ったんですよ!」


勿論、主となるメンテナンス費は半値程度なのだから、総額としてはかなり安い。

そこで思考停止をして慌てて村を出たが……改めて明細を見ると納得できない。


「まあ……あんな人の少ない村なら仕方がないんじゃないかな」


マスターもミラリアに関しては名前しか知らないため、何とも言えないところだった。


「宿自体がそもそもなさそうだよね、そこ。

 商隊の定期ルートにも入ってないし」


リンデはマスターの持ってきた果実酒を飲みながら壁に掛けられた地図に視線を向ける。

そこには主な商隊の交易ルートが描かれている。

テルト領と近隣領を巡っている商隊の数は15あるが、

その一つにもミラリアはルートに入っていない。

勿論、臨時便や数か月に1回程度で彼らがルート外を廻ることもあるが……

それもあるシーズン、例えば越冬のための準備が必要な村など、「需要」があるところだけだ。


「そういえば商隊がミラリアへ行くって話、聞いたこともないね」


「そもそもミラリアって村自体、気づいたら出来ていたからなぁ」


親子の会話にハツカは考える。

そういう意味だけでも、ミラリアという村は不自然である。

何故、あえてあそこにあんな村が生まれたのか。

特別に閉鎖的な雰囲気があるわけでもないのに、人の出入りがほぼなさそうだ。


「商隊が定期的に訪問するくらい、需要があればいいんだろうけどな」


「あ、そしたらそこにウグイス亭2号店出そうよ。

 私がマスターとして頑張るからさ」


「おいおい……お前の料理の腕は確かに良いのは認めるけどな。

 客が来ないようなトコじゃあ商売が成り立たないぞ。

 せめてここの隣のエゲレンにしておきなさい」


ウグイス亭に今日は親子しかいないがそれは今の時期だけらしく、

普段は人を雇って宿と酒場を運営している人気店らしい。

リンデはいずれ独立したいと日々口癖のように言っていることはハツカですら知っているが、

開業資金的なことと、別段に必要に迫られているわけでもないので具体的な話ではない。


「……あっ」


何気ない会話で、唐突にハツカの頭の中に閃いたことがあった。


「リンデ、あのですね」


「ん、なに?」


それは、あまりに計画性のない発想。

けれどハツカにとってはまるで天啓のような閃き。


「もし人が来て、商売として成り立つならミラリアで宿を出しても良いのですか?」


「……えーと」


突然のことにきょとんとした彼女は、一度自分の父親の顔を見てから


「その難しい前提が成り立って、加えて開業資金がどうにかなれば、まあ」


あり得ない仮定の話に、一応は頷く。


「……」


しかしハツカは本気も本気、大がつく本気だった。

そもそも彼女が冒険者として稼ぐ理由は「生きていくため」だけである。

今まではその日の食事さえできれば良いのであって、

たまたまゴーレムを手にしたからドールマスターをしているだけだ。

夢どころか目的なんてものもない。

生きるために必死である意味では「なんとなく」で過ごしてきて、

それがこれからも続いていくものであると勝手に思い込んでいた。


しかし……しかし、だ。


(私はそもそもベースすら持っていません)


ゴーレムのメンテナンスの兼ね合いで、

よくケーレンハイトに滞在しているが別段に愛着のある街でもない。

彼女はギルドにも所属していない要は根無し草なのだが、

前々から漠然とはベースとなる場所が欲しいとは思っていた。


「自分のために、自分の場所を作りたいって思うのはおかしいですか?」


その脈絡もない呟きにリンデは首を傾げたが、

中年のマスターには通じたようだった。


「いや、おかしくないさ。

 居場所ってのはあれば安らぐものだ。

 そして今居場所がないから作る……まあ言うのは簡単な話ではあるがな」


感情に関しては肯定はしてくれた。

それだけでハツカにとっては十分だった。


「マスター」


ハツカは冒険者になって初めて、自分がしたいことを見つけ出した。


「ちょっと紹介して欲しい人がいるんですが」


彼女は自分が笑っていることに気づいていなかった。


6泊7日4万5000円 みんなおいでよウグイス亭

毎日肉祭りだよ。美人な看板娘がお酌もしてくれるサービス付き

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