05.「支払いましたからね! 追加料金があっても払いませんからね!」
ゴーレムの操作を言葉で説明することは難しい。
自分の意のままに操る、といっても自分の体があり、
その上でもう一つの体を動かすのだ。
翼がないものに、翼の動かし方を説明するようなものである。
「立って、ミリア」
ハツカの言葉に呼応するようにゴーレムの瞳が光る。
体の動きを確認するようにゆっくりと動く。
「よし」
ゴーレムは忠誠を誓う騎士のように片膝をつき、
恭しく手を差し出してくる。
その様子に満足そうにハツカは頷いた。
「ラエル、ありがとうございました」
気にしていた足の関節部の違和感はもうない。
「ああ、綺麗になったな」
ラエルも頷く。
そこでハツカは今更ながら、重要なことを確認していなかったことに気づく。
(そういえば、料金交渉せずに始めてしまいました……)
ゴーレムのメンテナンス費、一週間分の宿泊費と食費。
仕事を終えてきたばかりだから勿論余裕はあるのだが……
それは適正価格であった場合だ。
「それでハツカ、代金なんだけど」
「あっ、はい、そうですよね!」
同じタイミングで相手も思い出したらしい。
「はい、これ」
「……どうも」
ボーガンが数枚の紙束を持ってきてハツカに手渡す。
「総額で3万6000ラピスだな。
金額の明細と作業明細に関してはその請求書につけた資料通りだ」
「……?」
告げられた価格にハツカは聞き間違いかと思い、明細を再度確認をする。
「……これは、間違い、ないんですよね?」
「ん、ああ。まさか……払えないって話か」
ラエルも金額を決めずに作業を始めてしまったことに「しまった」という顔をしていた。
しかも今回は、マイスター側から「作業をさせてくれ」と提案している。
どんな商売も先に見積もりをして、それを両方承諾してからがルールだ。
もう作業を終えて事後承諾となってしまっているので
金額が折り合わなかった場合、ラエル側が折れることになる。
・メンテナンス費(詳細は別紙参照)
22000ラピス
・ルーンクリーニング代
4000ラピス
・宿泊代
4000ラピス
・食事代
6000ラピス
さて、その金額は
「……安い」
この内容であれば、6万5000が相場だと考えていた。
「いいのですか?」
「いや、いいもなにもそんなもんだよ」
ハツカは目にもとまらぬ速さで書類にサインをして、
荷物から取り出した硬貨をばっと渡す。
その勢いに、受け取ったボーガンが「おぉ」と呻いてきょとんとする。
「支払いましたからね!
追加料金があっても払いませんからね!」
そう言ってゴーレムの肩に乗る。
「ラエル。重ね重ねありがとうございました。
ゴーレムも今までにないくらいに調子がいいです」
「ああ、俺もゴーレムなんて触れる機会がなかったから楽しかったよ」
そして出会ってから一番の笑顔で笑う。
「大切に使われているルーンを見ると気持ちがいいもんだからな」
その笑顔に、ハツカは笑みで返した。
「ありがとうございます」
こんなにすっきりした気持ちで笑ったのはいつ以来だろうか。
ゴーレムがのっしのっしと地面を揺らしながら歩き始める。
「またのご利用を」
マイスターの声に、振り向かずに手を振ってルーンパドを出る。
ゴーレムが歩けばこんな小さな村だ、誰だって何事だと家から出てくる。
そしてハツカの姿を見つけると、村人が手を振ってくれた。
その中にユナの姿もあり「また来てねー」とゆらゆらしていた。
「……ミラリアか」
村を出てしばらくしてから、ハツカは振り返る。
少し大きな木を中心として広がる奇妙な村の名前を呟いた。
1ラピス=10円的なイメージ。
パンは100円、この村の一週間の滞在費が10万円。
総額36万。彼女が考える相場が65万と考えると、破格・・・なはず。
まあこんな専門性を有する特注機械をオーバーホールしたら普通は100万くらいしそうですが。