04.「では、今日からはミリアと呼ぶことにします」
身の回りことはユナがしてくれた。
ハツカは基本的にずっと布団でゴーレムのメンテナンス作業を見ていた。
ゴーレム使いではあるが、初めての光景につい見入ってしまったのである。
まず想像以上にゴーレムが汚れていたこと。
定期的に川などで全身を磨くことはしていたが、
こうしてバラしてパーツごとに綺麗にするのとでは全然違う。
今まで触れなかったところの汚れが落ちる様は見ていて気持ちが良かった。
次に回路の再構築。
岩の表面に出ている緑のラインのことだけだと思っていたが、
それ意外にも細かい「ルーン」が刻まれていることを知った。
これは今までのマイスターでもしてもらっていたが、
127個全部をチェックしてもらうのは初めてだ。
作業としては擦れて薄くなったところにマナの欠片を再度打ち込みなおす。
どうしてマイスターの数が少ないかというと、
この込めなおす作業が繊細さと知識、
そして何より「回路の流れ」を感覚的に理解できるセンスが必要なためだ。
言葉にして説明は難しいが、川に手を入れて水の流れや変化を感じるというのが近いかもしれない。
日用品や量産品のルーンアイテムと比べて
遺跡などから発掘されたアーティファクトは新しく作ることができない。
だから作業はできるだけ「元の状態」に戻すための作業だ。
回路構成には当然ながらルールがあるのだが、複雑なため知識を得るには多くの経験を必要とする。
そういう意味ではラエルがそこまで理解していることが不自然ではある。
最後に刻みなおしたマナの定着化である。
これは別室で行われているらしく、そこはハツカには見せてもらえなかった。
作業としては「マナの流れ」に漬け込むこと。
段階にあわせて濃度の調整が重要らしく、
まるで煮込み料理をしているかのようにずっと付きっ切りである必要があるらしい。
マナの流れというのはどこにでるあるわけではなく、
だから工房が設置できる場所に制限があるのはこのため。
マナの流れが溜まる場所……つまりは工房が「ルーン溜まり(パド)」と呼ばれる所以である。
体調も落ち着いてきたハツカはミラリアという村のことも多少なりとも観察していた。
規模としては小さなもので、家の数は30もないだろう。
驚いたことに村人の種族が人と亜人……エルフが半々といった構成。
王国とエルフの里が「約」を結んでから20年と少し……
エルフ自体を人里で見ることが珍しいというのにこの村では隔たりなく暮らしていた。
深入りするつもりはないが、他にもこの村には不自然なことが多い。
正直、周辺の町からアクセスが良いとはいえない立地なうえ、
村自体が新しいように感じられるのだ。
新しい、といっても勿論2年や3年ではなく10年以上は経っているだろうが……
あえてこの場所に新しく村を作ったということである。
しかも人とエルフがそれぞれに寄り添いあって。
建物も古くない感じであるし、何より家々の配置に計画性を感じる。
(……はぐれ者たちの村、というには雰囲気が明るいですが)
ハツカが窓から外を見ると10メータほどの木が見える。
工房のすぐ横に立っており、その木を中心として村が広がっているのだ。
エルフは樹木を信仰すると聞いたことがあるが、その類だろうか。
「ハツカちゃん、お昼ご飯だよー」
まあ、そんな村の不自然さよりも自分にとって一番関係あることは……
「また、このパンですか……」
食事が美味しくないことである。
マズい、というよりは全体的に味が薄い。
「そんな顔するほど、このパン美味しくないかな?」
最初はビクビクして近寄りもしてこなかったボーガンだが、
今では普通に接してくれていた。
「村に窯が一つしかないからねー。
それにケイネットさん、適当だし」
どうにも狭い窯で無理やりたくさんのパンを焼くためにうまく焼けていないらしい。
そのパンとあわせて全然美味しくない木の実やサラダが日々のメニューである。
菜食メインのエルフが多い村ではあまり狩猟が行われないらしく、
肉というものが中々に食卓に上がらないと聞いた。
ちなみにハツカは肉が大好物でサラダはあまり好みではない。
仏頂面で食べる彼女の様子にボーガンとユナは苦笑いする。
「おーし、いいところまできた」
そこへ奥から作業していたラエルが出てくる。
「ハツカ、バラしたこともないって聞いたが……
もしかしてゴーレムのコアを見たことがないのか」
「コア……?」
ラエルの手にあるのは拳より大きいくらいの青い結晶。
それを手渡され、ハツカは持ち上げて見る。
「あー……もしかしてその様子だと、
ゴーレム……いやドールがどういうものか知らなさそうだな」
「え、ええ……そうなる、んですかね」
ここ数日の作業でわかったことは、ラエルとハツカの間には大きな知識の隔たりがあるということ。
最初はハツカは意地を張っていたが、ゴーレムに関しては素直に聞くようにしていた。
それがわかったので、ラエルも意地の悪い言い方をせずきちんと説明をするようにしている。
「そもそもドールってのは人が決めた言い方で、正式にはクレードルという」
「……ゆりかご?」
結晶の中心に、淡い光が揺らめいているのが見える。
「そう。
ドールというのはタイプは色々あっても、
結局はどれも眠る妖精を守るために作られたモノなんだよ」
彼が淡い光を指さす。
「だからゴーレムは歩くベッドなんだ。
何か環境に変化があり移動する必要があるときに、勝手に妖精のために動く」
「……?
でもドールは私たちマスターの言うことを聞いてくれますよね?」
「妖精は人に対して元々好意的なんだよ。
どうして寝てるかは俺も知らないけれど、
でも無意識に人のためにしてあげたいって考えているから、
マスターの呼びかけに応えるんじゃないかってさ」
その言葉に、ハツカはゴーレムに対する自分の認識が根本から変わるのを自覚した。
ドールは単なる道具、だと思っていたが……
「そう、ですか」
それが何なのか……わかるだけで愛おしいという気持ちが湧いてきた。
自分が動かす、のではない。
自分のために動いてくれていた、ということ。
「……この子、名前はつけてるのか?」
ハツカの表情を見て、ラエルは優しい表情を浮かべていた。
彼はマイスター。
ルーンを愛する人こそが、彼にとっての正しいビジネスパートナーなのだ。
「そういえば……ゴーレムとしか呼んだことがないですね」
結晶を眺める。
そこに何か刻まれているのがわかったが、古いルーンのため読めなかった。
「なんて書いてあるんです?」
「――ミリア。多分、その妖精の名前だよ」
ハツカは頷いた。
「では、今日からはミリアと呼ぶことにします」
「ああ、そうしてあげてくれ」
満足したようにラエルは頷き、作業に戻る。
「後は元の配置に置いたら自動修復で一日あれば結合される。
作業はそれで完了だ」
今までメンテナンスは費用がかかるし、その間は動けないので憂鬱だった。
待ち遠しい、というより早く稼ぎに行かねばならないというもどしかしさ。
けれど、今回はいつもとは違う意味で、終わりが待ち遠しかった。