03.「でも、私はここにいますから」
ゴーレムの肩に乗って移動するだけだから
他の冒険者に比べて楽をしているという印象がある。
しかし常にのっしのっし歩くゴーレムの肩というのは非常に疲れる。
操縦に神経を使っているため、移動だけで考えるなら実は歩いた方が楽である。
「ん……」
ぼんやりとした意識の中、ハツカは目を開ける。
(気持ちが、いい)
どうやら自分は布団で寝ているようだ。
暖かい部屋に久々の布団はたまらない。
パーティを組まないため野宿の時はとても気を遣う。
見張りをしてくれる仲間もいないので、
マントをかぶりうずくまってできるだけ隙間がないようにゴーレムに覆わせて寝る。
はたから見ると岩の塊に見えるため安全性は高い方なのだが、
これがまた狭苦しいから圧迫感があるのだ。
それに比べて布団で体を伸ばして寝れる解放感。
まだ体には疲労が大分に残っているのでできれば一日寝て過ごしたいものである。
「っ!」
やっとそこでハツカは目を見開いて飛び起きた。
布団で寝ているのはそもそもおかしい。
自分はルーンパドにいたはずなのだから。
「あっ、おはよー」
そんな彼女に声をかけたのは緊張感の欠片もないゆるゆるとした女性の声。
初めて聞く声にハツカが視線を向けると
布団の横に座りって本にを読んでいた女性がゆらゆらと手を振る。
ハツカはなんとか声を絞り出す。
「おはよう、ございます」
そこにいたのは栗色のショートカットの女性だった。
丸い眼鏡の奥には細い目、ニコニコ笑う穏やかな笑顔。
多分、暖かい日向ででろんとしている猫を人にしたらこんな顔になるのだろう。
年上……恐らくは二十歳前後くらいか。
「パンあるけど食べるー?」
やっと思考が落ち着いてきたハツカは、その言葉に返事をせずに周囲を見回す。
そこは意識を失う前と同じ景色、ルーンパドだった。
どうやら眠ったハツカのためにわざわざ布団を引いて寝かせてくれたらしい。
「すみません、先に水を頂けませんか」
「あ、ごめんねー。寝起きだもんね」
何が楽しいのかウキウキした様子で女性は
傍にあった木の桶からコップに水を汲んでくれる。
暖炉の横にあるため暖かいお湯が体に染みる。
「……っ」
そこでハツカはむせてしまう。
声が出しにくいのは寝起きだからだと思っていたが、
喉が妙に痛いことに気づいた。
「んー、風邪引いちゃったかなー?」
「そう、かもしれません」
想像以上に疲れていたらしい。
ふう、と息吐いて深呼吸する。
冒険者というのは自己管理が重要だ。
目を閉じてゆっきりと自分の状態を確認をすると、
どうも熱っぽいことが自覚できた。
恐らくは言われた通り風邪をひいてしまったのだろう。
「そんなことより……」
自分が何故ここで寝ていたのかを思い出す。
そうだ、ゴーレムの調整を監視するためだ。
「えっと……」
ゆっくりと寝る前にゴーレムがいた場所に視線を向けると
「!?」
――頼れる相棒は頭だけになっていた。
「どういう、ことですか!」
勢いよく立ち上がる。
が、すぐに眩暈がしてよろけてしまった。
女性がすぐに支えてくれてそのまま布団に寝かせつけられてしまう。
「ダメだよー、無理に立ち上がったら」
「いいから……マイスターはどこに!」
女性は肩をすくめて工房の奥に声をかける。
「ラエ君、もーきちんと説明してないのー?」
しばらくすると、奥から泥だらけになったラエルが出てきた。
「ラエ君はやめてくれよ、ユナ。
もう俺だって子供じゃないんだからさ」
「ダメですー。女の子にきちんと話をしない男の子は子供だもんー」
どうやら女性の名前はユナというらしい。
「おはようさん、ハツカ」
「……おはようございます。ラエル、どういうことか説明してくれますか?」
ハツカは律儀に挨拶を返したが、内心ではそれどころではなかった。
「どういうことって……メンテナンスだろ」
「バラバラじゃないですか!」
「そりゃメンテナンスだからな。なんで怒ってんだよ」
そんな二人の様子にユナがめっと怒る。
「ラエ君、ちゃんと説明してあげて。
女の子には優しくしなさいっていつも言ってるでしょー」
バツが悪そうにラエルが頭を掻き、「どう言ったものか」と呟いてから
「これを見てくれ」
縦横1メータはある大きい紙を見せてきた。
汚れた手で持ってきたせいか端に黒い指の跡がついている。
「……これは、ゴーレム?」
「そうだよ、見た通りな。ハツカのゴーレムを構成する127個の岩の構成図だ」
大きなゴーレムだが、実はかなりの個数からなるパーツで構成されている。
腕や胴体は大きい岩だが、その関節部などは小さな岩が組み合わさっているのだ。
そんなことはマスターであるハツカも知っている。
だが……
「もしかして、全部それを書き写したんですが」
「いや、当たり前だ。
だからメンテナンスって言ってるだろ」
ラエルの物言いにユナが小突く。
「ラエ君! めっ!」
そう、知ってはいるがそもそも「バラせる」ということすら初めて知ったのだ。
行きつけのルーンパドでもこんなことをしているのは見たことがない。
メンテナンスというより、そもそもこれはオーバーホールの作業だ。
「不調の原因だけどな。
主な要因は汚れが溜まっていたのと回路がすり減っていたからだよ。
うん、綺麗にしてあげて回路を刻みなおしてあげれば大丈夫だ」
「……できるんですか?」
「あぁ?
バラして組みなおすだけだぞ」
どうやら根本的な認識にズレがある。
そう、バラして組みなおすだけ、という言葉が
そもそも大都市のマイスターですらできないことなのだ。
「それにしても、丁寧に使ってるな。
ハツカがゴーレムを大事にしているのがよくわかる」
そこでそれまでの憎らしい口調から一転して、
ラエルはどこか興奮したような口調で話始める。
まさか彼から褒められるとは思っていなかったハツカは
どういう顔をすればいいかわからなかった。
「もー、ラエ君。
ルーンのことになるとすぐに人の話を聞かないんだからー」
代弁してくれたのはユナだった。
「ハツカちゃんはメンテナンスにどれくらいかかるって心配してるのー」
若干は違うが、とりあえずハツカは黙っていた。
「ん、ああ悪い。
回路の刻みなおしと再構成にあと一週間は欲しい。
汚れはボーガンが綺麗にしてくれるから」
「もー、兄さんをまたこき使って。ちゃんとお給金頂戴ねー?」
「わかってるって」
ハツカは気が抜けて布団に体を沈める。
そもそもバラして直せるのかわからないが、
今ここで中断させても自分ではどうしようもない。
初対面のマイスターに任せるしかないという事実に、力が抜けてしまった。
「ハツカちゃん、ちょうど体調悪いみたいだから休んでいかないー?」
「……ゴーレムがバラバラなんですから、私は休むしかありません」
どこか拗ねたような口調になってしまったことに、自覚はなかった。
ユナに良い意味で子ども扱いなんてされたことが久々だったからかもしれない。
「でも、私はここにいますから」
正直、パドは屋根があるだけで休むことに良い環境とは言えないが、
そこは譲れないところだった。
「……ボーガン、薪を多めに持ってきてくれ!」
「私はお薬をばあやからもらってくるねー」
ハツカのやりたいようにさせた方がいいと二人は考えたのだろう。
喉が痛く声を出しづらいハツカにはありがたかった。