02.「いじらないとメンテナンスにならないだろ」
「ラエル! ラエル、大変だ!」
工房に転がり込んできたのは大柄な青年。
青年の名前はボーガンといい、
栗色の短髪と横に大きい体格のため村では「栗のボー」と呼ばれている。
「村に、村に女の子を乗せた岩ん化け物がきた! でかい! 歩くと揺れる!」
ボーガンの図体はデカいのだがいかんせん小心者。
要領を得ない言葉にラエルと呼ばれた少年は首を傾げる。
「……ゴーレム?」
「ゴーレム? ゴーレムのことはわからんけど、とにかくでかい! 潰されそうだ!」
ズゥン……ズゥン……。
確かに大きいらしい。
徐々に足音が近づいてくるのがわかった。
「もしかして冒険者なのか。なんかこっちに来てるみたいだけど」
「ん、ああ……なんか宿ないかって聞かれて、
おっかないからサナェルがラエルの工房を教えたんだ。
だから俺、先に来て今言ってるんだ」
「まあ、確かにゴーレムなんか来たらなぁ」
のんびりとした口調のラエルとは対照的に
ボーガンは身振り手振りで大げさに慌てていた。
「……こんばんはです」
そこへ、少女の声が聞こえた。
ボーガンは慌ててラエルの後ろに隠れる。
「宿はこっちと言われて来たんですが……あってます?」
警戒しているのか、硬い声だ。
ボーガンが開けっ放しだった扉からラエルが出ると、
目の前には岩の壁があった。
それがゴーレムだと気づき見上げても、近すぎるせいでマスターの姿が見えない。
ラエルは少し考えてから、
「あー、宿ではないけれどな。
ゴーレムを置くスペースならそっちにあるよ」
そう言って手振りで横に回るように伝える。
「工房の大扉をあけるから、そっちから入ってくれ」
「……わかりました」
彼女は素直にそう言って移動をする。
静かな村にゴーレムの足音が響き渡った。
ラエルの家と工房は繋がっている。
工房の作業場は50メータと広く、
そのスペースを目一杯使うことは一年に一度しかない。
小まめに整理整頓はしているほうだが壁には様々な工具が置かれていた。
扉を開けるとそこから黄土色のゴーレムがのっそりと入ってきた。
「……もしかしてルーンパド、ですか」
ゴーレムの手に乗り、少女が降りてくる。
後ろでまとめた薄い赤色の髪がふわりと舞う。
小柄な少女ではあるがくっきりとした瞳と整った顔立ちが印象的だ。
麻のローブを纏い大きなザックを背負っている。
冒険者にしては若いが、その落ち着いた印象から新米ではなさそうだった。
ブーツなどもかなり使い込まれており旅にも慣れているように見える。
「そうだよ。看板は出してないけれど、
認可も受けてるから正式なルーンパド、一応な」
「……本当ですか?」
「なんだよ、こんな辺境の田舎にこんな施設があるのが不自然だって言うのか?」
「あなたの言葉の通りですが……自覚はあるんですね」
対照的にラエルはぱっとしない少年だ。
よれよれの服に汚い作業ズボンに随分と年季の入った燕尾色のコートのちぐはぐ感。
髪もボサボサで緊張感のない緩い表情がなんともいえない。
強いて言うならひょろりとして長身であることだけは、
もしかしたら記憶の片隅には残るかもしれない。
ハツカが野に咲く花なら、ラエルは温室の隅で気づいたら生えていた名もない雑草とでもいうべきか。
(人は見た目だけでは判断できないのはわかってますが……)
薬にも毒にもならなさそうな相手だとハツカは感じた。
16であるハツカと歳もそう変わらなさそうである。
「ええと……」
「ラエル=カーネイドだよ。
このパドは俺しか住んでなくてね。マイスターも俺一人だよ」
「ハツカ=エーデライズです。
そう、あなたがマイスター、ですか……」
言い淀む彼女にラエルは苦笑する。
「はっきり言ったら?
こんな若いマイスターが一人ってのは不自然だって」
「先ほどからまるで私が無遠慮に振舞ってるように言うのは止めてもらえませんか」
そう言ってからハツカは自分の顔を触り
「……もしかして顔に出てます?」
「もしかしなくても出てるよ」
――ルーンパド。
「文字溜まり」と呼ばれるそれはルーンに携わる工房のことだ。
魔力を込められた「道具」はひとまとめで「ルーン」という総称で呼ばれており、
ルーンパドといっても生産からメンテナンスまで工房によってまちまちだ。
また扱うカテゴリーの得手不得手があり、大体は日用品の整備くらいのレベルの工房が多い。
それでもマイスターと呼ばれる人間は希少であり、また生産ができるルーンパドは都市部にしかない。
ましてやゴーレムのような「アーティファクト」と呼ばれる古代遺産を扱えるルーンパドは数えるほどだ。
「それにしてもゴーレムだなんて珍しいな」
「知ってるのですか?」
「馬鹿にしてんのかよ。
どう見てもゴーレムだろう」
「まあ……ゴーレムですが」
ハツカもそこまでパドを知っているわけではないが、
このパドは自分の行きつけのところと比べても遜色がない……
いや、もしかしたらそれ以上に設備が整っているかもしれない。
こんな片田舎にこの規模のパドがあるのははっきりと言って異様だった。
彼は簡単にゴーレムだと言うが、
そもそもゴーレムという言葉は知っていても実際に見たことがない人の方が多いはずだ。
「……あの」
しかしハツカの目的はメンテナンスではない。
ゴーレムクラスのルーンはそもそも王国でも
ケーレンハイトとあと2、3ある都市くらいでしか整備できないのだ。
だからこのミラリアもとりあえず泊まれたらいいのである。
「なあ、あんた」
それを告げようとするより先に、ラエルの弾んだ声が響く。
「この子、俺に整備させてくれないか?
ゴーレムなんてさ、触るの久々なんだ」
「えっ……」
その声にハツカは戸惑う。
この得体のしれない少年は、アーティファクトを整備とすると言ったのである。
都心部でも限られたマイスターでしか手に負えないゴーレムを、だ。
ハツカはそこで一呼吸を置き、首を振った。
「……あなたにこの子を調整できるとは思いません。
そもそも私は宿を探しに来たのであって整備は別のところでします」
はっきりとそう告げるが、ラエルはまた苦笑いをした。
「まあ、そう言われるとは思ったけどさ。
でも右足の駆動部のラインの噛み合いが良くないだろ?
どこで整備するかは知らないけどこのままだと結構移動に時間かかる。
多分、あと7000メータも歩けば歩行に支障が出るだろうしな」
「……!」
調子が良くない……確かにそれはハツカも感じていた。
(あまりに具体的ですね……)
当てずっぽう、にしては断言してきている。
わずかの時間で、初めて見るゴーレムの状態を見抜いたというのだろうか。
(それに……触るのが久々とさっき言っていたのも気になります)
あり得る話ではない。
けれど……
「条件があります」
相手が若いからといって侮るのは……面白くない。
「私が見ている前でなら、構いません」
いつも自分が言われていることだから。
こんな小娘を信用していいのか、と。
「旅路で疲れているんじゃないのか?」
「大丈夫です。作業を見られて困るものでもないでしょう」
ハツカの試すような言い方に、ラエルは出会ってまだ間もないのに何度も見た苦笑を浮かべる。
物陰に隠れていたボーガンに声をかける。
「ボーガン、作業を悪いけど手伝ってほしい。
あ、先にユナのところに行って毛布と彼女への夕食を頼んでおいてくれ」
「お、あ、わかった!」
慌てた様子でボーガンが部屋から出ていく。
それを見届けてからラエルがまず行ったのは
「とりあえず、暖炉をつけるとするよ」
薪を入れて暖炉に火をくべることからだった。
「……ありがとう、ございます」
ハツカは自分の体が思ったよりも冷えていることに気づいた。
暖炉の横、壁に背を預けて座る。
「ゴーレムはどうすればいいですか」
「ああ、そこの中央に仰向けにして欲しい」
ハツカはゴーレムに向けて手を伸ばす。
「……休んでください」
彼女のイメージした通りゴーレムはゆっくりと座り込んだ後、仰向けに寝転がった。
できるだけ静かに動かしたつもりだったが、それでも地面が揺れる。
「おぉ、上手だな」
「……とってつけたようなお世辞はいりません」
「いや、素直に感心してるんだけどな」
想像以上に疲労がたまっていたらしい。
思いのほか操縦が乱れてしまった。
ラエルはさっそくと工具箱を持ってきてゴーレムの点検を始める。
「変なところ、いじらないで下さい」
まだハツカはラエルの腕を少しも信用していない。
どうせ結局は手付かずになるのだろうと思っている。
それはマイスターにも伝わっているが、
「いじらないとメンテナンスにならないだろ」
技術者は腕で証明するものだ。
もうハツカの方を見向きもしないで手を動かしていた。
「あと一つ」
ハツカは口を開く。
「あんた、ではなくきちんと名前で呼んでください」
振り返りもせず、ラエルは手を上げて応えた。
「わかったよ、ハツカさん」
「……さんはいりません、何故だかあなたにそう言われると馬鹿にされているような気がします」
「ハツカ、思うんだが口悪いな。まだ俺たち、出会ってさして時間は経っていないはずなんだが」
「ラエル、あなたも人のことは言えないと思いますが」
暖炉が暖気を放ち始める。
パド全体はまだ寒いが、ストーブの傍であれば十分暖かい。
ハツカは一瞬たりとも自分のゴーレムを触る青年から目を逸らすまいと考えていたが、
疲労のたまっていた体は眠気に勝てずにすぐ意識を失ってしまった。
「これは……やりごたえがあるな」
そのことにラエルは全く気付かず、
新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせて作業を始めたのだった。