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世界樹の裾〰彼女が始めた街作りの物語〰  作者: テオ
1章「彼女が始めた街作りの物語」1幕:ドールマスター
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01.「ミラリア……聞いたことのない村ですね」

本作は横書きで読むことを前提としており、

縦書きに変換・PDF化すると非常に読み辛くなりますので予めご了承ください。

静かな山に響く鈍い音。

鳥は慌てて飛び去り、また獣たちも我先にと逃げていく。


「……ふう」


その音の正体は道を塞いでいた狼たちを少女が力づくで退かせた音だった。

たかが狼程度、彼女の相手ではない。


ドールマスターは勝ち組。


――よく言われる。

言われなくても初対面の相手の顔には大体そう書いてある。

もう聞き飽きたし、見飽きものだ。


単純に「ドール」と言っても人ぐらいのモノからオーガよりも大きいサイズのやつもいるので、

ドールマスターというクラスに対する他人のイメージはバラバラだ。

そしてドールマスターの人数も少ないから偏見、

とまでは言わなくても変な先入観を持たれることの方が多い。


「そりゃ、確かに便利ですけど」


ハツカは顔にかかった前髪を払いながら疲れた口調で独り言ちる。

大陸では珍しい薄い赤髪を無造作に後ろで縛っただけで、

身にまとう薄汚れた無地のローブもお洒落とは程遠い。

まだ幼さを残す少女だが可憐さなどはまるでなく、

どこか勝気な感じを持ちそれは道端に咲く花のような逞しさに近かった。


ドゥン……ドゥン……


周囲に響き渡る鈍い音。

岩を地面に叩きつけているような音……いや、実際に言葉通りだ。


「……地図が間違っていなければこの先に村があるはず」


彼女が腰かけているのは巨大な黄土色の岩の塊。

塊と言っても岩が組み合わさってずんぐりとした人型を形成しており、

表面には規則正しい緑のラインが幾重にも描かれている。

小柄なハツカを3人縦に並べたくらいの背丈……大体4メータくらいだろう。


ゴーレム。

ドールの中でも一際大型のタイプだ。

ゴーレムはマスターが肩から落ちないように手を添えて

顔にあたる部分にある一つ目から出る光が夜道を照らしていた。

緑のラインも淡く発光しているため、

遠目から見れば薄気味悪いお化けにでも見えるのではないだろうか。


「ん……それにしてもそろそろメンテナンスの時期ですか」


ゴーレムは岩の塊だから当然固い。

それがドールマスターの意のままに動くのだから、

他人から見たらそれはそれは頼もしい限りだろう。

先ほども腕を叩きつけるだけで地面は陥没し、狼たちは我先にと逃げだした。

パワーは見た目以上に高く攻撃力は十分なうえ、

ちょっとした魔法であっても表面に施された防護の加護で弾くため防御力も高い。

しかも損傷しても時間が経てばゆっくりとだが自然修復もする。

あまりのハイスペックぶりに他の冒険者から僻みの目で見られるのも当然と言えるだろう。


しかし実際使ってみればわかる……万能とは程遠いことが。


「わっ……」


顔に枝が当たり、ハツカは顔をしかめる。

うっそうとした森の中では彼女の座る位置はちょうど枝が迫り出していることが多い。

森に入ってから顔に当たるのはもう5回目で、顔には小さな擦り傷がいくつもできていた。

ゴーレムの操作には自身のマナを消費する。

魔力で意のままに操る、というよりは方向性を決めてあげるイメージだ。

これが結構な集中力を要し、操縦以外のことに対して注意力が散漫となる。

更に肩に乗るマスターは添えられたゴーレムの手以外の防御もなく無防備だ。

高い位置にいるとはいえ、集中的に狙われると危険である。

また歩くだけならマシだが、戦闘ともなるとマスターの疲労も高いため長期戦には弱い。


「……やっぱり、関節から少し異音がします」


そして何よりドールマスターの弱点は運用のコストである。

ドールは定期的なメンテナンスは必須なうえ、

大都市にいる専門のマイスターに頼まなければならない。

おまけにそれが高額ともなればもう察しはつくだろう。

高いランニングコストからドールの維持のために稼ぐという

何のために働くか本末転倒な形になりがちなクラスがドールマスターなのであった。

その例にも漏れず、冒険者であるハツカ=エーデライズもその一人である。

ドールはマスター登録を行った者以外は操作ができないため盗難の心配がないことは救いだが、

その性質上どうしてもパーティを組んだりギルドに所属したりすることは難しかった。

理由の一番は報酬の取り分で揉めるためである。

ドールマスターは維持のために多額が必要だからやむを得ないのだが、

それをきちんと理解と納得をしてもらうのは骨が折れる。

周囲もそのデメリットを踏まえた上で、組もうと思う者は中々にいなかった。


今回の彼女の仕事は商隊の街から街への護送。

勿論ソロだが、ゴーレムが付き従う商隊を襲う馬鹿もいない。

無事に送り届け終わったのでそのまま何日か滞在しても良かったのだが、

どうにも「きな臭い」感じがしたので彼女はすぐに街を発った。

小さな理由は色々とあるのだが、一言にまとめると「なんとなく」である。

曖昧な基準ではあるが、ハツカはそういった自分の直観を信じていた。

ハツカはドールマスターである自身が一番の弱点と自覚している。

ギルドにも所属していない冒険者には後ろ盾というものがない……

つまり、自分の身は自分で守らなければいけないのだから。


「ミラリア……聞いたことのない村ですね」


ハツカの普段の行動範囲は王都の北に位置する都市「ケーレンハイト」周辺で、

今いるテルト領は更にそこから北……随分と遠いところまできてしまったものだ。

王都から馬車で来れば20日はかかるだろう。

報酬が良かったのでつい受けてしまったがこれは失敗だったかもしれない。

幸い地図を買えたので迷子にはならないが、

ケーレンハイトまで不調のゴーレムで帰るのは骨が折れそうだ。


「寒い、です……」


ハツカの口から白い息が漏れる。

テルト領はどうやら気温の低い地域らしい。

先ほどの街で十分に食料が補充できなかったので、

ミラリアという村に寄ることにしたのだが……

治安が良さそうであれば数日くらいは滞在して休むのも悪くない。


「見えた……」


日が暮れてから数刻。

そこまで遅い時間ではないため、村には明かりが灯っているのが見えた。


「ミラリア……」


繰り返し街の名前を呟く。

初めて見た村。

そして暗がりなので村のことは全然見えていない。

正直、こんな片田舎にある村に期待できる要素なんてない。

精々良くて食事が美味しいといったレベルだろう。


けれど、何故か、


――きっと良いことがある


ハツカは直感でそう感じた。


――ミラリア


それは後に「世界樹の裾」と呼ばれることになる街の名前。

その街……まだ今は辺境の村ではあるけれども、

この物語は王国で知らぬ者がいない大冒険として名を馳せることになる

ハツカ=エーデライズの訪問から始まった。


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