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ネガティブアタック  作者: 海深真明
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第5回

第5回目です。

よろしくお願いします。

本日出席すべき講義がすべて終わった。ラウンジを抜け、塾を出ようとしたところ、「ドン」と経田に呼び止められた。

 大勢がいる前で、その呼び名は正直やめてもらいたい。このラウンジは講師控室の前にあり、また、他に場所がないこともあって人が集まりやすい。人通りも盛んだ。

「暇だろう。パチンコ行こうぜ」

 経田が言った。

 実際、帰るところだったので時間があると言えばある。しかし、受験生なのに暇と言われるのは心外である。

 

 それがしはパチンコをやらない。高校のとき、友人に誘われて興味本位で行って以降、行ったことがない。第一、お金がもったいない。そんな金があるのなら、本や漫画を買った方がいい。その方が有意義な時間を過ごせる。また、玉の転がる音や電子音、煽り立てる店員の掛け声等々でやかましく、店を出ても耳の聞こえが戻るのにしばらく時間がかかる。さらには、たばこのにおいが服や髪などに付く。これはいつまで経っても取れない。服や髪に着いたにおいは洗濯や風呂で、気にならない程度には取れる。しかし、カバンなど普段洗濯しない、あるいは洗濯できないものに付いたにおいはいつまでも取れず、それがしを不快にさせる。それゆえ、それがしはパチンコに行かない。

 それに比べ、経田はマニアである。よくそれだけの金があるな、とそれがしは不思議に思う。会うたびに今日はいくら勝っただの、すって金がないだのと言っているから、暇さえあれば行っているのだろう。日課のようなものかもしれない。あるいは、依存症か。

 経田は昼食をカップラーメンで済ますことが多いが、そのときは食費をパチンコに注ぎ込んだ結果であることが大半だ。それがしがやんわりと非難をすると、一ヵ月分の給料をたったの数時間ですった講師の話を持ち出してきて、俺もそんなことをやってみたいとうそぶく。こんなのに付き合ってはいられない。


 しかし、この日は何の気の迷いか、経田について行くことにした。

 経田に続いて、塾近くのパチンコ店に入った。これは塾生を当て込んで建てたのか、というほど近い。と言っても、近くにソープランドもあるから、もともとこの辺りは歓楽街だったのかもしれない。

 経田が話しかけてくるが、店内の喧騒で何を言っているのか分からない。袖を引っ張るので、引っ張られるがままついて行く。経田はあれこれ台を見て回り、たばこをふかしながら打っている女性のすぐ隣に座った。

 経田の様子を見ながら、その横に座る女性の様子も窺う。年のころは三十代ぐらいだろうか。足元に玉がぎっしりと詰まった箱を三箱積んでいるものの、台に残っている玉は減る一方である。

 とうとう女性が台を離れる。経田も当たらないので両替をしに席を立った。これなら出るかもしれない、それがしにしては珍しくやってみる気になった。今まで女性がたくさん玉を出していたのだから、出る台なのだろう、ただそれだけだった。

 小銭入れから五〇〇円硬貨を取り出し、交換機に投入しながら席に着く。操作レバーを握った右手に機械的な振動が伝わってくる。どこを狙えばいいのか分からないので、むやみやたらと玉を打った。そのうちの一発が見事に当たったようである。ようであると言うのは、何が何だかさっぱり分からないうちにそうなってしまったからだ。

 いつの間にか戻ってきていた経田が、ここへ入れろと台の下あたりを指さす。 後はもう、ぼうっとレバーをただ握っているだけで玉は増え、一箱いっぱいに貯まった。後の処理は経田に任せ、それがしはわずか数分の間に六〇〇〇円ほど儲けることができた。

 これに気を良くしたそれがしはもう一度店に入り、もう一度同じ台に座った。すると、また運良くかかり、今回も六〇〇〇円ほど儲けた。それがしは笑いが止まらなかった。

「なんであの台に座った?」

 経田が尋ねる。

「前に座っていた女の人が出していたじゃないか。だからだよ」

「あれは、飲まれ始めたから打つのは止めたんだよ」

 呆れながらそれがしに説明した。

 ビギナーズラックというものは存在するようだ。高校のときの負け分も、今回の勝ち分で取り返してしまった。パチンコでトータル+なのはそれがしだけではなかろうかと思う。もっとも、そんなことをいちいち覚えている人間は少ないかもしれないが。

「やはりあれだね。勝つときは勝つし、負けるときは負けるのがギャンブルと言うものだ。だから一回でかからないようなら、その日は止めた方がいいね」

 それがしは経田にそう語った。こういうのも釈迦に説法と言うのだろうか。


 勝ちに気を良くしたそれがしは経田に夕飯をおごった。そして二人で四〇〇〇円弱使った。普段、家から弁当を持ってきて食べているそれがしにしては、食事にこれだけ割くのは異例のことである。残りは何に使ったか覚えていない。悪銭身につかずといったところか。

 それがしが味をしめて、その後もパチンコ店に通ったかと言うと、幸運なことにそうはならなかった。それがしが勝てたのは単なる幸運に過ぎないと重々承知していた。また、資金もなかったからである。この二点によりそれがしはパチンコにはまらずに済んだので感謝している。

 経田のパチンコ話を聞くにつれ、その感はますます強まっていった。


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