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ネガティブアタック  作者: 海深真明
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第10回

 それがしは、尾治大学自治会が主催する反戦集会に参加した。

 鶴さんや塚田からこの手の集会には何度か誘われていたのだが、あれこれ理由をつけては断っていた。しかし、とうとう断れなくなった。

 中根や有賀の葬儀参列から一週間あまりしか経っていない。八田の死を知ったのは最近と言える。反戦集会なんかに出かけられるような心境ではなかった。それでも、約束と冒険趣味がそれがしをして参加せしめるよう働いた。

 反戦集会の会場に入るとき、サングラスとマスク、帽子が必要だと聞いたときは、実際どきどきした。これを聞かなかったら、反戦集会への興味は随分と小さなものだっただろう。


 これ以上踏み込んだら危険だ。そう知らせるのはそれがしの直感である。しかし、その知らせを押し止めたのは、節操なき好奇心であった。

 尾治大学で待ち合わせをして、みんなでマイクロバスに乗り込む。今までに見たことのない顔もあったが、別の大学の人だと塚田が教えてくれた。

 バスが会場に近づくころ、帽子とマスク、サングラスをつけるよう指示があった。それがしはバックパックの中から三点の「防災グッズ」を取り出し身につけた。


 それがしは一度、鶴さんに尋ねたことがある。

「どうして正しいことをしていると考えているにもかかわらず、ヘルメットやサングラスなどで顔を隠すのか。顔を隠すのは自分の中でもやはり疚しい気持ちがあるからではないのか」

 鶴さんが答えて言うには、

「国家権力はそれほど甘いものではない。顔が割れるだけで、様々な妨害工作を働いてくる。法の範囲内で活動しているにもかかわらずだ。実際、スパイをしろと強要され、寝返った奴もいる。それらに対する対処であって、疚しい気持ちからではない。これはいわば正当防衛である」

 権力の底知れない暗部に触れた気がした。


 バスが止まり、サングラスなどをつけた格好で外にいたのはわずか一分に満たなかった。それでも、顔が割れたのではないかと言う不安があった。それがしは心配性である。

 すぐに集会が始まるかと思ったが、設営する必要があった。それだから朝早く起きなければならなかったのかとようやく納得した。朝起きて朝食を摂る間もなくそれがしは家を出たのだった。


 一一時過ぎに設営が終わった。それがしはこの日になって初めてプロ革マレ派の正式名称を知った。衝立に赤い旗を貼りつけたときである。正式名称は「プロレタリア革命を希求し推進する学生同盟マルクス・レーニン主義派」という長ったらしいものである。この名称は度重なる離散集合、激しい内ゲバを想起させた。 

 少し早いが昼食を済ませた。これは来る途中にバスを降りてコンビニで買ったものだ。そのころになると続々と参加者が集まり出した。学生だけの集会だと思っていたがそうではなく、社会人らしき大人もいた。

 いつの間にか会場の後ろの方で本の販売始まっていた。本好きなそれがしは品揃えに興味がいった。やはり、売られているのは共産主義関係の本ばかりだった。一般の書店で入手できるのだろうかという、見たことも聞いたこともないような本がずらりと並んでいた。二、三手に取ってぱらぱらとページをめくってみたが、特段の興味を覚えず、元あった場所に戻した。

 一方、塚田は「へえ」と言いながら数冊購入していた。それに釣られて文庫サイズのそれほど高くないものを記念に一冊買おうかとも考えたが、買っても読まないだろうと思ったのでやめた。

 鶴さんから再三『共産党宣言』だけでもいいから読め、と言われても未だに読んでいないのに、他の本を読むとは思えなかった。

 それがしは影響受けるのを極度に恐れていたのだ。これだけ多くの人を惹きつけているのだから、それがしのような影響の受けやすい輩はひとたまりもないだろう。


 集会の内容はあまり覚えていない。ただ反戦集会と言うよりも、むしろプロ革マレ派のイデオロギー集会でしかなかった。配られた資料は五〇枚以上あったが、内容はというと推して知るべし、である。

 一番閉口したのは、閉会時に皆で肩を組んで歌ったことである。それがしはこの手の行動が苦手である。おまけに歌を知らない。

 左隣に座っていた塚田が吾輩の肩に手を回し、右隣に座っていた女性も手を回してきたので、それがしもしぶしぶ肩を組んだ。歌に合わせて体を左右に揺らしながら、早く終わればいいと思っていた。

 しかし、その歌は異様に長く、なかなか終わらなかった。一〇番近くまであったのではないか。終わったと思ったら、別の歌が始まった。全くもってうんざりした。


 撤収が終わり、いざ帰る段になると緊張が走った。尾行がどうのと話している。普段鷹揚に構えているのに、こういうときに狼狽えてしまう己が悲しい。

 反対に、普段おどおどしているような塚田がしっかりしているように見えるから不思議である。それがしは不安を紛らわそうと、塚田に「捕まりそうになったら、『違います、違うんです。ただの変質者なんです』って言おう」何て馬鹿なことを言っている。

 尾治大学からマイクロバスに乗ってきた面々が最後に会場を後にした。


 尾行の心配はなくなったとのことで、八時過ぎになってようやく食事を摂ることができた。お腹の中に温かいものが入ると落ち着く。気分的にはデザートまで食べたかったが、そんな雰囲気ではなかったので自重した。


 再びバスに乗り込み、順次今日の感想を言うことになった。それがしの番が回ってきた。まさか、話をあまり聞いていませんでした、とか、寝ていましたとは言えない。幸い、集会で誰かが民主主義が云々と演説していたのを思い出したので、

「集会の中で民主主義の話がありましたが、多くの問題が噴出している現在において、民主主義とは何か、もう一度考えてみる必要があると思いました」

 と具体性に欠けることを言ってお茶を濁した。


 ビラをまいて学生のこの集会への参加を呼びかけていたけれど、こんなイデオロギー集会に本当に人を呼ぶ気があったのだろうか。

 学生の政治離れが言われて久しいが、政治に興味を持ってもその受け皿がこんなでは、政治離れも仕方ないのかもしれない。そういえば、尾治大学にあった国際問題研究会というサークルも明後日な方向にシフトしてしまったらしいし。

 

 尾治大学に着いたのは九時半過ぎで、家に着いたのは一一時近かった。




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