2章 沖田総司と『能力』の発動
土方さんが告げたその言葉は、想定以上に酷く刺さった気がした。
まるで、自分を「偽物」と言われたかのような感覚だ。
だが、自分を「本当」の沖田総司と断定出来るか、と言われると微妙であった。
ここまで、僕の知ってる歴史と違う世界ならば、なおのことだ。
それは少女も同じようで、彼女は少しばかり驚愕していた。
「ま……まってください、トシ!……それって……そんな……」
「まぁ、推論での話だがな。『希代の魔女』の呪いにかけられたか、もしくは『変異者』にそんなやつらがいたか………そんなとこかもしれんがな」
キダイの……マジョ?ヘンイシャ?なんの話だろうか。
ただ、分かったのは、ここは、別世界だ、ということだ。
僕の知っている、あの世界とは。
「は、一くん呼んできますね!彼ならなんとか出来るかもしれません!」
少女は慌てたようにパタパタと走り、部屋を去った。
「おー、行ってら~」
ユルく手を振る副長は、どことなくぼんやりとしている。
その後、彼は、その赤い瞳をこちらに向け、
「………さぁてと、やっと二人になれたな。聞きたいことはあるか?」
と、問いかけてきた。
正直、問いたいことだらけだが、まずは一つ。時間軸を確かめねばなるまい。
「今は、何年の何月何日、ですか……?」
そうくるだろう、と認識していたのだろう。
土方さんはニッコリと笑い、
「1864年……そうだな。言うなれば、If暦元年、皐月五日、だ」
と答えた。
そうか。3ヶ月、か……。
ちょっと待て。おかしい。一ヶ所、本当におかしい。
「い、いふ暦……?何ですか、それ」
「まぁ、昔でいう和暦だな。安政とか、元禄とかみたいな」
「何故それがそうなってんですか」
「さぁ?」
首を傾げつつ、そう言った彼にも、よく、分からないようであった。
もしかしたら、意味など無いのかもしれない。
「意味はあるんじゃないか?繋がる筈のない現実と現実が、繋がった年だ、と考えるとな?」
サトリ妖怪か何かのように、彼は僕の考えていたことをスパッと見抜いた。
「お前からみたら、確かに全てが異質かもしれん。だが、諦めろ。ここは、こういう世界なのだから」
頭が痛くなってきた。
全てが、違いすぎる。
「き、局長は………?近藤さんは、どこに、行ったんですか……?」
混乱する脳を無理に抑え、僕は問いかけた。
声は、震えていた。
心臓が酷く高鳴る。今すぐ、逃げろ、と告げているように。
「局長か?彼女ならさっき、一を迎えに行ったろ?」
「え………?」
笑顔で問答する彼の表情は、まさしく、「悪魔」というに相応しいとも思えた。
鬼の副長、じゃない。「悪魔」の副長。
そうでなければ、最早、「妖怪」だ。
そんな、恐ろしささえ感じる、変わらない笑顔のまま、彼は僕に伝えた。
「お前が恐れていた、あの切支丹の少女。アイツが、局長だよ」
僕は、その言葉を聞き、意識を失った。
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「…………ふぅ。しっかしながら厄介な奴だなぁ、お前。難儀ってとこか?……まぁ、そのうち、慣れるぜ?この世界の、異質性によ」
土方がそう呟いていると、後ろから、陰陽師らしい姿の少年が彼に話しかけた。
「異質の塊みたいな貴方が言うのも、どうかと思いますけどね。……あーあ、これじゃあ『完全治癒』がどこまで効くか分かりませんよ?」
その声に気がつき、土方は、後ろを振り返った。
短い黒の髪に、少年らしい顔つき。
瞳の色は黒だが、どことなくそれも、現実からかけ離れたような深い黒である。
「なんだ、一か。もう来たのか、お前」
「分かってたはずでしょう、貴方の勘は当たるんだから」
『補助系』能力最高位、『完全治癒』。その持ち主たる斎藤一は、ため息をつき、土方にこう言い出した。
「まだ俺、数えで15ですよ~?流石に、容赦無さすぎません?鬼とか悪魔~!って言われてもしょうがないですよ、こりゃ」
ケラケラ楽しそうに笑いながら、土方はこう言った。
「安心しろって。かるーく『能力』を悪用しただけだっての」
その言葉を聞き、斎藤は、再度ため息をついた。
「ほんっと外道ですね、貴方」
「外道?どこが?」
「全てが、です」
「うっわ、ひっでぇ言い種だな、おい」
「酷いと思うなら、まずはそんなことに自分の『能力』を使わないでくれません?」
呆れたようにそう言った斎藤は、倒れた沖田の側に近づき、その額に触れた。
「………『完全治癒』、開始」
触れた右手から、緑色の光が溢れだした。
また、彼の瞳は、言葉に呼応するように、黒から黄色へと変わったのである。
だが、何も起こる気配がない。
光が溢れだしただけで、その他には何もない。
「……あれ?おかしいな……?」
「ん?どうした?」
「何も、起きません。それどころか、『能力』による改変の形跡も見付かりません」
「…………そうか」
土方は、知っていたかのように、目を細めた。
「……まぁ、起こしちまえ。もう、大丈夫だからな」
「あっそうですか。なら、そっちに『能力』移行しますね」
斎藤はまた、詠唱を始め、今度という今度は、『能力』が発動した。