1章 沖田総司とIf世界
「…………なんだ、土方さんか」
僕は安心して、そう言った。
「なんだ、ってなんだよー、沖田ぁー」
子どものように、頬を膨らませ、土方さんはそう言った。
「せっかく助けてやったのによー、ちょーっとひどかねぇか~?」
気の緩む語尾の伸ばし方をするものだから、こちらまで眠くなってくる。
……………おかしい。
『違和感』を感じた。
僕はその違和感を確かめる為に、彼を観察してみることにしてみた。
全体的に、背の高さは今までと大差ない。
服は、異国の者のような、薄く、脆そうな黒い服。
刀の他に、異国の剣と思われる何かをともに携えている。
顔立ちは、どことなく、知っているその顔よりも若い。
その瞳は黒ではなく、まさに『鬼』らしい(もしくは、ウサギらしい)、何かを『視る』ような、深く澄んだ、紅い瞳である。
……………それだけの差がありながらも、不思議と、『新撰組副長、土方歳三』という存在に揺るぎがないような感覚がする。
「…………………………沖田?」
目をぱちくりとさせながら、土方さんとおぼしき人物は、そう言った。
僕は視線をずらし、今度は、女の子の方を観察してみた。
背丈はさほど高くはない。幼子らしい、低めの背丈だ。
長い黒髪は、彼女の腰をゆうに越しており、その身に纏う、新撰組の羽織がまた、とても愛らしさを強調しているように見える。
目はぱちりと丸く、子どもらしい純粋無垢なものだ。
それに似合わぬ、彼女の背丈とほぼ同じくらいの大きな刀(といっても、僕らのような大人の男からしたらそこまで大きくもないが)は、長曽根虎徹と思われる。幼い見た目に反して、その分勇ましくも見える。
胸元に光る、十字架の首飾りも……………。
「んん……!?」
僕は驚きのあまり、目を開き、変な声が出た。
「どうしました、沖田君?」
その女の子は、僕に近づき、首をかしげた。
僕はその子を押し退け、もう一度、その首にかかっているものを見た。
金色に光る、漢数字の十のような形の飾り。
それは、日明を受け、眩しく光る。
喉に引っ掛かりを感じた。
目の前いる、その恐ろしい存在を、僕は、なんの警戒もなく、受け入れようとしていた。
そんな、「切支丹」を……………。
「な、なんで、切支丹がここにいる!?禁教令を知らないのか!?」
僕は、半ば絶叫に近い叫び声をあげてしまった。
禁教令の出ている今、堂々と隠すこともなく邪教進行の象徴を見せることは、禁忌もいいとこだ。火炙りにされたっておかしくない。
にも関わらず、彼女はケロリとしてこう言った。
「ありゃ?沖田君、そんなに宗教に興味あったんですか?しかも、禁教令だなんて何百年か昔のふっるくさい話までしだして」
待ってくれ。幾つかおかしい。
禁教令は現行出ているはずだ。起きた時に、既に解除されていたならおかしくないのだが、何百年も昔、という訳があるまい。
「禁教令自体、島原・天草一揆で廃令になったんですよ?『あれほどの力を民衆でも持てるほどなら、それを利用しない手はない』とかなんとか。……表向きでは、『幕府に反抗する者達の頭数を減らす為に、許可を出すことにした』ってことになってるんですけど、当時からバレバレでしたよ」
少女の解説に、僕は首をかしげた。
いや、その時代なら少なくともあった筈だし、寧ろその事件があって以降、禁教令が厳しくなったはずだ。
なのに、まるで何も問題がないかのように………。
「土方さん!この少女、やっぱり邪教にやられて……!」
僕は助けを求める意味もあってか、そう、赤目の副長に言った。
しかし彼は、助けをくれる訳でもなく、また、一瞬だけ驚いた表情をして………すぐに、ふと笑った。
「……なるほど。おかしいのは、そういうことか」
「何がです?」
少女が副長に問いかけた。
本当ならば切支丹が副長に話しかけるなど、切り伏せるところだが、流石に何の実力もなさそうな少女を斬りつけるのは武士道に反する。それは、切腹案件だ。
そしてそれに、土方さんはあっさり答える。口元に、笑みを浮かべ。
「………これ、ちっと厄介だな。………多分、俺達の知ってる、沖田と違う」