序章 沖田総司と神隠し
幾つかの注意書きを記させてほしい。
一つ目。これはあくまで僕の妄想を書き記し続けたようなものだ。故に、史実と大幅に違うところが多い。その辺りについては何もつつかないでもらいたい。
二つ目。一つ目と矛盾するが、一部に史実通りのところを取り入れた。ここにおける史実とは、一般的に有力な説のことであり、様々な文献を考慮したものではない。それゆえ、曖昧な描写も多々あるだろうが許してほしいが、どこに史実が紛れ込んでいるか探してもらいたい。
三つ目。刀について。これに関しては、ほとんどは史実とIf世界(沖田の飛んだ先であるパラレルワールド世界のことだ。これから、この世界のことをIf世界と表記する)と同じである。二つ目同様、一番有力な説を取り入れてはいるが、一部、特殊な描写をする為にそれらとは異なる説を取り入れてある。まあ、別名、とあるゲームに出てきた刀を使っただけ、とも言えるが。
四つ目。一部の人物や団体がかなり酷い扱いをされている。ないしは、重要人物でもほとんど出てこない、ということもあり得る。
これに関しては「ただの私怨」ということと、「別になんという理由もなく」、「描写上の問題」、「大体史実通り」の四つがあげられる。大体出てこない人のほとんどは「理由なし」であるが、「作者の無知」もあるだろう。
五つ目。生死に関しても一部異なる人がいる。これは「こうあってもいいのではないか」と思った結果だ。
六つ目。描写の関係で、「近藤勇」という人物は「史実」、「回想」の他出てこない。これに関しては後々書き記すつもりである。
以上のことを踏まえていてほしい。
「……………まずい!ぜっったい、切腹させられる……………!」
僕は、酷く冷えきった、如月の京の町を走り抜けていた。
『指定の場所に、卯の刻迄に集合致し候のこと』
そう、局長と副長に念を押されていた。
にもかかわらず、僕は堂々と寝坊をしでかして、今、寅の三つ刻である。
つまり、後一刻で間に合わなければ、この世ともおさらばさせられてしまいかねないのだ。
たかだか遅刻で、と思った人もいるだろう。
そんな人に言わせてほしい。……………阿呆か、と。
確かに、普通の組織とかなら多少は免除されたかもしれない。
だが、僕のいるとこは、そう言うわけにはいかない。
何せ、僕……………沖田総司の所属する、『新撰組』には、鉄の掟こと局中法度があるのだ。それも、とても厳しい。
だからこそ、できる限りの力を振り絞って、僕は全力で走っていた。
そう。ただひたすらに。
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「……………遅かったじゃないか、沖田。だが、来た分だけまともか」
僕の師(新撰組になる以前からの師匠)で、この新撰組の局長である近藤勇が、後半を強調してそう言った。
見た目、髪は長くはない黒で、僕達と同じ和装羽織を羽織っている。瞳は黒く、どことなく何かを見透かす、かつ、優しげなものだ。
その表情は、数分行方の分からなかった子どもを見つけた母のものに近い何かであった。
「……………………へ?何か、あったんです?いや、遅れた私も悪ぅございますけど?」
僕が尋ねると、いぶかしんだような表情をした。
「神隠し、だ」
「神隠し?ありゃ子どもだけでしょう?」
「子どもだけな訳があるか。ありゃ大人にもあり得る。子どもに発生しやすいというだけだ」
僕はそれを聞いてあきれ果てた。流石に、僕のような大人の男なぞ捕まえて面白い神様はいない(という割りに、僕は持病持ちで、たまに吐血することもあるのだが)だろう。
「今回、早めに来いと言ったのは、トシがこの件について重大視していて、できるかぎり皆、揃っている方が安全だと考えたからだ」
近藤さんはそう言った。どうやら、心配性な鬼の副長様が事件
を大々的にしてしまったようだ。
「いやー、あの人はほんっと心配しすぎですよ。あのお堅い頭だから、ちょっとの柔軟もききやしないんでしょう」
「心配のし過ぎか。そうならいいのだがなぁ……………」
「それ以外あり得ます?考えられませんって!」
いつも通りおどけて、僕はそう言った。
そんな話が、これからの伏線になろうとなんて、僕は想像すらできやしなかった。
いや、したくなかったのかもしれない。
どことなく響く耳鳴りを、ただの持病の仕業として、いつも通り修行に励む。
それだけで良かったのだから。
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笑えない事実ってのは、いつでも存在する。
その日の耳鳴りは、一段と長く続いた。
(はては、このまま死んでしまうのではないのか)
そう疑念を抱きつつ、打刀、大和守安定の柄をそっと撫でた。
───斬れすぎるが故、使いづらいとされる、その刀を。
夕刻には、まだ早い。
どこかから、副長である土方歳三の声が聞こえた。
「全員、生きていた。これだけでも、ありがたいことだ」
それに返すように、
「土方さんが心配性なだけですよぅ。やっぱ、それも副長だからです?それとも、鬼の目にもなんとやら、というやつですか?」
と僕は冗談をかました。
殴られやしないか、少しばかり心配ではあったが、そんなことはなかった。
寧ろ、土方さんはケラケラと笑い、
「そうか、俺が心配性なだけか」
と言った。
「心配性なんですよ、きっと」
「で、後者ならどうだ?」
「やっぱり、鬼なのだなぁとだけ」
「よし沖田。そこを動くな?」
土方さんは彼の愛刀、和泉守兼定を取り出し、僕の首にピタリとあてた。
「嫌だなぁ。冗談ですよぉ、土方さん」
おどけて僕はそう言った。
首を切り落とされるのは御免だ。
「だから、刀をしまってくださいって」
「謝れば済むだろうに」
「ごめんなさい……と言っても許してはくれそうにないのは何でですかぁ?」
「誠意が見えん」
「理不尽な」
どうせ冗談だ、とわかっているからこそ出来る、やり取りをお互いにかわす。
僕が彼の扱いに慣れたのか、彼が合わせているのか、はたまた、僕が何気なく彼に慣れられたのか。
そんなことはどうでも良かった。
土方さんは、刀を鞘にしまった。
そして、いつの間にか、僕の隣に座っていた土方さんは、僕の顔色を伺った。
「体調の方はどうだ?」
「大丈夫ですよぉ。私、そんなにやわじゃないですよ」
「……………」
どことなく、彼は寂しそうな顔を浮かべていた。
それと同時に、耳鳴りが酷くなった。
頭痛も併発し、しかもそれが、頭が割れそうなほどのものだ。
お得意の道化で、副長にバレないように隠した。
そうでなければ、心配されてしまう。
「……………」
昼は、そんな感じに過ぎた。
そこまでは、きっと、これからの序章に過ぎなかったのだ。
その事をきっと、こっちの土方さんも、予見していたのだろう。
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「うぅ……………」
世界そのものさえ、紅く包む夕日は、どうも苦手だ。
否、本当は別段、どうということもないが、この日だけはどうも嫌な予感しかしなかった。
頭痛に耐えきれず、副長に休息を貰うほどだ。
にも関わらず、吐き気のようなものはない。
気味が悪い、とさえ感じるのだ。
「……………これが神隠しの前兆とかだったらほんっと笑えないな」
ぼそり、と僕は呟いた。
ゆっくりと、時計を見やった。
……………羊の一刻。
まだ、早い。
いや、冬場だからこそ………………。
「おい、沖田」
低い声が、僕の後ろから聞こえてきた。
「なんですか、土方さん。頭痛ならいまだ収まる気配なし、ですけど?」
僕は顔をしかめ、土方さんとおぼしき声の主の方を見ずに、そう言った。
そんな態度では普通、たたっ斬られてもおかしくない。
けれども、土方さんは何もせず、僕にこう告げた。
「……………局長に用事があるんだ。探してきてくれないか?」
僕は、そちらを見ることなく、こう返した。
「何故です?先生に用事なら、自分で行けばいいじゃあないですか。私を使う必要があるんですかぁ?」
どこかから聞こえる、時計の音が強くなる。
異様な不安に襲われてくる。
……………何故だろうか。
「自力で行こうにも、個人で教えねばならぬやつがいてな」
嘘だ。そんな筈がない。
何せ、剣術の下手な(あくまで、僕や先生に比べ、であるが)土方さんが、誰かに個人で教えよう等とは思えない筈だ。
そう指摘しようとするが、声が出ない。
代わりに、僕はこう言った。
「……………分かりましたよ、我が儘な副長さま」
一度も僕は土方さんの方を見やることなく、そのまま庭に降り、先生を探すため、あるきだした。
先ほどまでの頭痛は嘘のように消えていた。
だが、目眩がしはじめて来た。
(一刻も早く、見つけねば……………)
先生の名を呼びつつ、周囲を探し回った。
だが、見つかる気配が全くもってない。
それどころか、あまりにおかしすぎるのだ。
(……………あまりに、静かすぎやしないか?)
普段なら、誰かしら剣術の練習をしている筈だ。
剣術の練習をしているなら、木刀なり実刀なり、ぶつけ合っている音が聞こえる筈だ。しかし、そんな物音も聞こえない。
あの副長が嘘をついたと言えど、流石にここまで人がいない等と言うことはあり得ない。
にも関わらず、誰一人もいる気配がない。
声も、影も、姿も。何もかも。
そこにあるのは、荒らされた形跡一つない、いつも通りの屯所だ。
ただ、人のいないだけの。
「誰か、いないのか……?」
初めは、小さく呟くよう、そう言った。
「……………」
様々な部屋を巡るが、誰一人の気配もない。
先ほどまでいたはずの、土方さんとおぼしき人物もいない。
「誰か。いないのか」
先ほどよりは声をあげ、全ての部屋の捜索を急いだ。
茜色が強く、刺さるように強くなる。
青色の鞘の大和守も、赤く染まったように見える。
……………もう一振りの愛刀、加州清光と、同じような。
「…………………………うぅ」
自然と、そんな、か細い声がでた。
……………怖い。
ひたすらに、怖い。
鞘を強く握る。
廊下をひたすら走り、部屋をくまなく探し、それでも、誰も見つからない。
時計の音が、幾重にも響く。
脳を破りさろうとせんがごとく。
ただただ、強く強く。
同時に、夕日も更に深く差し込む。
沈みきれ、と祈りたくなるほどにまぶしい。
「う………くぅ…………」
ふらふらと、さ迷い歩き続けた。
もう、何も、考えられないほどに。
いつの間にか、耳鳴りが戻ってきた。
景色の全てが、ぼやけ始める。
夕日の赤は、時とともに酷く強くなる。
景色の全てが紅く染まった時。
「っ……………うぅ……………ふぅ……………」
そう言を発し、僕は、意識を失い、庭に倒れた。
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「……………~♪」
……………遠くから、誰かの祈るような声が聞こえる。
否、綺麗で、可愛らしい、それでいて、凛とした歌声だ。
幼い、女の子が、何かを歌っている。
異国の言葉だろうか、上手くは聴きとれない。
切支丹達の、所謂、聖歌とかいうものだろうか。
なのに、とても、穏やかな気分になる。
「~♪……………~♪」
……………それだけで、先ほどまでの気分の悪さが、ふっと緩んだ。
(嗚呼、誰かが助けてくれたのか……………)
もっと、聴かせておくれ。
出来れば、その声が出なくなる、その時まで……。
「……………」
はたりと、歌が途絶えた。
代わりに、誰かが襖をあける音が聞こえた。
───恐ろしく、厳しそうな雰囲気と、気色を纏いながら。
「!?」
僕は、その気配を察し、飛び起きた。
別段、なんの変わったところもない和室の中。
僕のすぐそばには、新撰組の羽織を着た、見慣れない少女が一人、そして、襖の側には、見慣れない、黒く、軽そうな服を着た、土方さんがいた。