第一曲 夜ニ彷徨ウ 8
二〇XX年。
その年、未知の感染症が人類を襲った。
突然の高熱、嘔吐、痙攣。インフルエンザのような初期症状から十数時間後、人体はこれでもかと言うほどに破壊された。
皮膚は溶け、骨格は歪んだ。全身の細胞は次々と悪性化し、異常な速度で増殖していった。胃や腸や心臓と思しき臓器が三つも四つも患者の身体に生まれてゆく超音波画像は、悪夢のようであった。患者は激痛にのたうち、全身から夥しい量の血を噴き出して、死んでいった。
死亡率九〇%。逆を言えば、一〇%は生き残れるのだが、生き残った者達の姿はもはや人間のそれではなかった。
皮膚も溶け、血塗れの肉塊の中から、ゆらりと持ち上がる白い腕。自らの肉塊を蛹のように脱ぎ捨てながら現れる白い肉体は、直後、変化した。
喉がぱくりと割れ、そこにえらが現れた。肌は瞬時に青碧色の鱗に覆われてゆく。手には水かきが現れ、異様に大きな眼がぎょろりと動く。そこに瞼は無い。
変化は一様ではなかった。
ある者の身体には、蛇のような触手が無数に生えた。ずるりと動いた下半身は脚ではなく、巨大な蛇の下半身だった。
ある者は、人間の姿を留めた。しかし、肌は暗澹とした土の色となり、心臓の鼓動は止まった。なのに、平然と動きまわった。
異様な姿の者達が、病院の隔離室で、世界のどこか路地の片隅で、あるいは恐怖に慄く家族の眼の前で、誕生していった。
ああ、しかも。
異様なのは姿ばかりではなかった。
ある者は素手で獣を引き裂き、月に吠えた。またある者は身体を霧に変え、時に無数の蝙蝠と化して闇を乱舞した。哄笑を超音波に変え、ビルを破壊する者。息吹を雪に変え、数キロ圏内を氷点下に凍らす者。多くが太陽を嫌った。
人間には有り得ない能力と闇を好む生態。
誰もが伝説の魔物を思い浮かべた。
これはもう。
人間とは言えないのではないか。
患者は『魔物』と呼び換えられ、原因となったウィルスはDウィルスと呼ばれた。正式名称は人体を変容させる症状からDenaturation virus (変性ウィルス)とつけられたが、口にする者達は別の意味を込めた。
DemonのD――と。