第一曲 夜ニ彷徨ウ 5
「……被害者は四人。ひとりは意識不明の重体です」
医師が端末を操作し、ほぼ同時に、クジの視野に電子カルテの画像が広がった。
ミミヅカミツル
ナミヂナオ
アキシロアキ
タチキタツヤ
ミミヅカミツルが十八歳、他は十七歳だが、誕生日によるもので、学年に違いはない。ハイスクールは同じだ。
重体はミミヅカミツルで、四本の爪が胸を切り裂き、内一本の爪が左の肺に喰い込んでいた。
肺は全摘出され、魔物の爪で傷つけられた部分を切除、残りの部分は培養処置され、再び体内に戻されるという。
アキシロアキは右腕の裂傷。タチキタツヤは顎の骨折だった。
ナミヂナオは無傷だが、魔物に接触しているため、他の三人と共に二週間の隔離処置が決定されている。
ワクチンによってウィルスの発症を抑えることはできても、魔物からの傷によって魔物化する可能性は皆無ではない。
《……からぁ、よくわかんないんだってば》
隔離室で、アキシロアキとナミジナオの尋問が展開されている。
尋問は部下が行っているが、情報は全員に共有されている。
《……じめにぃ、おれらくらいの魔物が現れて、タッツンをやってさ、おれの腕をこんなにしてったんだよぉ》
ギプスに覆われた右腕を振る。
薬で痛覚を麻痺させられているため痛みを感じないのだろうが、実はかなりの重傷である。肉だけでなく、血管も神経も引き裂かれているため、いずれ神経を繋ぐための手術が必要だ。リハビリだけで半年以上かかるだろう。
《……んでぇ、少ししたら、黒くてでっかい化け物が現れてぇ――》
癖なのか、最初の文字を省略し、語尾を伸ばす喋り方をする。
ラリッているのかと思ったが、薬物反応はない。
視野の片隅に、部下のメンタルモードが表示されている。
いらついているのがわかり、内心で苦笑を浮かべる。
強化人間の多くが軍人あがりだ。部隊でこの手の喋り方をする奴がいれば、問答無用で鉄拳が飛ぶ。
喋っているのは、ほとんどアキシロアキであり、ナミジナオは口を開いていない。
最初に何も覚えていませんと言っただけだ。
何か隠しているな、と思う。
それはアキシロアキも同じだ。饒舌も沈黙も同じだ。
違法ブレードはすでに回収した。
未成年でも逮捕は免れない。
罪悪感は無いらしく、それを告げても、少年達は肩をすくめるだけだった。
――ってもさぁ、武器は必要だもんなぁ。
言外に、魔物から身を護るためには――と言っているようだった。
銃刀法については、廃止の案が何度か俎上されては消えている。
この国で武器の所持を認めれば、何が起きるかは火を見るよりも明らかだ。
間違いなく犯罪を誘発する。
この国の人間は精神年齢が低い。
武器を持てば、ちょっとした不平不満が重大事件に暴発しかねない。
だが、廃止を訴える者達は、魔物から身を護るために武器が必要だと説く。
それは砂に沁み込む水のように、世論に影響を与えている。
武器の密売が横行し、特に対魔物用の武器を扱う業者は検挙されても英雄視されるくらいだ。
少年達が武器の販売人を庇っている可能性は高い。
ネットで手に入れたと言っているが、少年達が口にしたURLは架空のものだった。
とは言え、それを追及する気は無い。
こちらの目的は、あくまでも魔物だ。
人間に害を与える魔物は絶対に逃がすわけにはいかない。
それを許せば、だから魔物は危険なんだ、という声があがる。
その声が高まれば、魔物を排除しようという輩も必ず現れる。実際に攻撃に出る馬鹿も出るだろう。今でもそれは少なくない。
問題なのは、集団行動としての排除行為だ。
『ハロウィンの狂気』のような――
それは阻止しなければならない。
そう言うと、魔物の味方なのか、と言われるが、逆だ。魔物を攻撃すれば魔物の逆襲を招く。
待つのは泥沼の戦いだ。
社会は薄氷の上に成り立っている。