第一曲 夜ニ彷徨ウ 3
水飲み場で口を漱いでいると、軽い足音が響いた。
「あ。ここにいた」
押さえつけられていた女だった。女というより、まだ少女と呼んだ方がいい。
十五か、六か。
歳に似合わず、化粧が濃い。黒いマスカラを上にも下にも塗っている。
黒いタンクトップに黒のミニスカート。その上に、シースルーのジャケットを羽織っている。手首と腰に銀のアクセサリ。髪は黄色だった。元は何色だったかわからない。脱色した髪を黄色く染めている。
「何の用?」
手の甲で口を拭いながら訊いた。
「お礼を言おうと思って」
にへら、と笑いながら、少女が近づいてくる。あっさりと間合いに入った。
警戒心がかけらも無い。
「……あんた、怖くないの?」
「え。なんで?」
「僕、魔物だよ」
「え。だってたすけてくれたじゃない」
「たすけたつもりはないよ」
「え。でも。あたしはたすかったからたすけてくれたんだよ」
「たすかった、ねえ」
「え。なに?」
「あんた、あいつらに大事にされてたろ」
少女が不思議そうな貌をする。レイプされそうになったのに、と言いたいに違いない。
「あんたの貌、きれいだからさ」
「え。ほんと?」
「殴られた痕が無い」
「……」
「血の匂いもしない。どこも内出血していない。あいつら、あんたに抵抗されてもあんたを殴ったりはしなかったんだ。僕が通りかからなくても、あんたが本気で嫌がれば、途中でやめたんじゃないの」
「……」
少女の眼が、背後の闇に動いた。後にしてきた男達に意識を向けたようだった。
脳裏に何が去来したものか。
「あたし、戻った方がいいかな」
ぽつり、と言った。
「さあね。僕には関係ない」
だが、普通に考えれば、戻らない方がいい。
途中でやめただろう、と言ったが、実際のところ、どうなったかはわからない。
「落ち着いたら戻ろうかな」
少女の言葉に、軽く眉を動かした。
「本気?」
「ん。だって。今まで優しかったし――」
それは下心があったからだ、と思ったが、口にはしなかった。下心だけではなかった可能性もある。
少女の服はどこも破かれていない。
殴らなかったことも含め、男達が手荒な真似を避けたことがわかる。
だからと言って、レイプの免罪符になるわけではないが。
いずれにせよ、決めるのは少女だ。
「ね。名前教えてくれる?」
にへら、と笑って、少女が言った。切り換えが早い。
あまり物事を深く考えるタイプではないのかもしれない。
「カン――」
「あたしはキナ。キィちゃんでいいよ」
「キナの方が呼びやすい」
少女は愉しそうに笑った。
「好きに呼んで」
童顔に子供のような表情を浮かべる。人懐っこいのは性格だろう。
こんな調子で男達にも近づいたのだとしたら、男達が少女を可愛がったとしても不思議ではない。肩をすくめると、遠くで悲鳴が響いた。




