第三曲 夜ニ踊レ 5
ひと月が過ぎた。
僕はもう少女の部屋に行ってはいなかった。その日、庭を訪れたのは、エンを求めてのことだった。ひとりで遊んでいても面白くないからだ。
エンはまた少女の部屋だろう。
少女の部屋に眼を向けて、僕は窓を覗き込む男の姿を認めた。
――何してんの?
声をかけた時には、食糧を運んでくる業者だと気づいた。
男はぎくりと振り向き、僕が子供だとわかると、何も言わずに離れて行った。
気味が悪いものを見たような眼だった。
僕は窓枠に手をかけて、身体を持ち上げた。
部屋の中を覗き込む。
男が見たであろう光景がそこにあった。
医療用カプセルに坐り、カプセルの中の少女に話しかけているエン。
翼の生えた猫の身体。その貌は猫のそれではなく、人間の貌だった。その姿が人間の眼にどう映るか、僕達は知っていた。
化け物の家――
そんな噂が街に広まるのだが、街に行かない僕達には知る由もなかった。
暴動は前触れもなく始まった。
トラックを先頭にした車両の群れが、スタンビードのように押し寄せたのだ。
門扉と壁のセキュリティは対侵入者用だ。二トントラックの激突に耐えられるものではない。家のセキュリティも。
激しい音と立ち上る黒煙に僕達がかけつけた時は、何もかもが蹂躙されていた。楽園のようだと思った庭も。白い壁の家も。
少女の部屋も。
壁は崩れ、カーテンは破れ、調度品は全て破壊されていた。
医療用カプセルも。
ガラスは砕け、床に散っていた。
少女が抱いていた猫のぬいぐるみも、ひきちぎられ、白い綿がこぼれていた。潰れた内臓のように。そして。
少女も。
床に投げ出された身体は、首があらぬ方向に曲がっていた。四肢も壊れた人形のように砕かれていた。この小さな身体のどこにこれだけの血があったのか。そう思えるほど、夥しい量の血が床に流れていた。
即死だったと思いたい。
カプセルから出された瞬間に呼吸を止めたのだと。
煙の匂いが充満していた。
連中は火もつけたのだ。
スプリンクラーが作動していた。
雨のように水が降り注いでいた。
びきり、
何かが破れる音がした。
びきり、びきり、
黒い炎を吐き出しながら、エンの身体が膨れ上がっていく音だった。
成獣化。
仔猫の姿が見る間に大形の肉食獣に変化していく。
全身を包む黒い霧のような殺気。
GYYEEEEE――
エンの喉から呪詛の叫びが迸った。
窓の外で、人間達が耳を押さえた。
少女を殺し、家を破壊し、なお略奪でもする気だったのか。数十人はまだいただろう。
そいつらがみんな、耳を押さえて、悲鳴をあげた。
げえっ、と言ったか。ぎゃあ、と言ったか。
それが人間としての最後の声だった。
悲鳴は、やがて、無数の笑い声に変わっていった。
音程の狂った、甲高い哄笑。
け、ひ、ひ、ひ――
き、は、は、は――
銃声が響き、何人かが倒れた。銃を持った男が、笑いながら乱射していた。
その首が、斬、と音をたてて、飛んだ。
背後から鉈を持った男が近づき、銃を乱射した男の首を斬り飛ばしたのだ。
噴き出した血が、鉈の男の貌を濡らす。
その貌も、笑っていた。
直後、その貌が、ごきり、と音をたてて、百八十度回転した。
捩じり殺したのは、女の大腿よりも太い腕を持った大男だった。
そいつも、笑っていた。
その大男に、傍にいた女達が群がった。
大男が腕を振ったが、女達は構わなかった。
貌を潰され、首を折られ、それでも笑いながら、大男の喉笛にかぶりつこうとした。
誰も彼もがまともじゃなかった。
血が血を呼び、死が死を呼んだ。
エンの背中で、巨大な翼が広がった。
破壊された壁から空に向かって、怪鳥のように飛翔していく。
GYYEEEEE――
呪われた声が驟雨のように降り注いだが、僕にはどうすることもできなかった。




