第二曲 夜ニ歌エバ 2
猫の声がした。
樹の根本に、黒い子猫がうずくまっていた。
完全な黒猫ではなく、頭頂部に金色の毛が混ざっている。
「あー。猫さんがいる――」
シアが声をあげた。無邪気に駆け寄って行く。
跪いて白い手を伸ばす。猫に触れる前に、その手を掴んだ。
「オーマ?」
「不用意に触るな。それから、裸足で走るな」
「ごめんなさい。でも猫さんなら大丈夫だよ」
子供のように謝ってから、にこり、と笑う。
ドウマは息を吐いて、手を放した。
笑みを浮かべたまま、シアは猫に向かって両手を広げた。
おいで、と声をかける。
猫は金色の眼でシアの貌を見つめた。
身体を起こし、小さな舌でシアの指を舐める。
シアの手が猫を抱き上げた。細い尾が動いた。付け根のところで二本に分かれている。
「だめ」
取り上げようとしたのを察したか。シアは猫を抱いて、離れようとした。
「ただの猫じゃない。『猫又』だ」
「ねこ、ま、た?」
「日本の妖怪だ。普通は存在しない。だが、現実に存在しているなら、Dウィルスの関与を否定できない。猫にも感染するという話は聞いたことがないが――」
「じゃあ、名前はたー君だね」
にこり、と笑ってシアが言う。
「……猫又の『た』か」
説明は素通りだろう。
「まー君もいいけど」
「その理屈だと、ねー君も、こー君も有りだな」
「たー君がかわいい」
「好きにしろ」
猫はシアの腕に抱かれて、気持ち良さそうに眼を細めている。
「ちょっと貸せ」
シアの胸から猫を摘み上げた。
「オスか」
首の後ろを掴まれた猫は、だらり、と両手、両足を垂らしている。
胸の辺りの毛が乱れていた。指の先で猫の毛を掻き分けると、胸から腹にかけて傷痕があった。受傷時は相当の出血があっただろうが、今はほとんど塞がっている。
傷に沿って指を這わすと、猫は嫌そうに身をよじった。
「オーマ」
苛めているとでも思ったか、シアが手を伸ばしてくる。
「連れて帰りたいのか」
「うん。そうしてもいい?」
子供のように無邪気な貌。
「いいよ」
猫を渡すと、シアは嬉しそうに笑った。




