救イノ時ヲ待ツ少女 中編
第八夜 虚姿呪魂
ある少女は考える
何故、どうして私なのか。
何が悪かったのか。
何を間違えたのか。
正解を知らぬ少女は嘆く。
幸い彼女には考え、嘆く時間は腐るほどあった。
何を知り、何を聞き、何を話し
そして
何を恨む。
自らの人生を憎むか。
他人の人生を恨むか。
少女は分からない。
しかし
少女は認めない。
自らの運命を否定する。
それが、たとえ安寧を遠ざけようとも。
そして自らの記憶を探り出す。
自分の悲劇を
自分の喜劇を
少女にはただ一人の
認めてくれる者が欲しかった。
否定され、蔑まれた日々。
努力を続けた結果、他者に憎まれ
不公平だと孤立し、誰からも認められなかった。
自分の努力は報われず
他者は報われた。
報われぬ者には死が与えられた。
自らでも嫌気がさす程の人生。
そんな人生を少しでもいい
そんな黒に染まった怨恨に
ほんの少しの
純白の薬が欲しかった。
偽善という軽薄な物は
要らない。
少女はただそれだけの
小さな、しかし染みれば大きく広がる
大きく、小さな
染みが欲しかった。
だが
それを許さなかった現実は
少女を縛る世界へと攫っていってしまった。
「地縛霊」とはその地に縛られた霊と言われるが
その少女はさながら「自縛霊」だろう。
自らを縛り
霊になった自らを認めない。
だからその少女は今も消えない
今も認めない
たとえ同意者が存在したとしても
今の彼女には気付くことは無い。
町に着いたレインと牙は
さっきの声の主を探しながらも
今の被害の原因を探ることにした。
「にしても、なんか昼なのに薄暗いな。
俺が前に来た時にはこんなにも
濁ったような雰囲気じゃなかったぜ。」
去年位に来たことがある牙にとって
結構見覚えのある町の風景で
建物自体は変わってはいないのだが
人がいない事を理由としては
明らかに違うような気がした。
というか霧がかかっていた。
「そりゃそうじゃ。
なんせこの辺一帯には瘴気が溜まりに
溜まっているからのう。それが霧になっておるのじゃろう。」
あまり聞き覚えのない
言葉が出てきて少し気になりながらも
大体理解は出来ていたので
聞くことはなかった。
「なんにしても急がないとな。
手遅れになりかねない人もいる可能性が
あるからな。」
救出をする為には人々を
外に出すのも必要だが
それよりも元凶を仕留めた方が適策と判断
しての事なのだが
「ところでさ、レイン。ひとつ聞いていいか?
何で、俺の後ろに引っ付きながら歩いてんの?歩きにくいのだが。」
そう言う通りレインは
牙の服を掴みながらずっと
くっついたまま中腰で歩いているのだが
その理由を聞く前にレインは答えた。
「流石に吸血鬼といえども
この薄着は少し冷えるからのう。
なんせもう12月じゃし。」
だったらなんか羽織れよ。
牙はそう思いながら
あまり納得いかない理由だったので
少し引き攣った
笑いのレインに一つ提案をしてみたのだが
「寒いのは分かったけど
結構この町広いからさ
ここは手分けをして探した方がよくない?
俺は元凶探すからさレインはさっきの声のぬ...ムグッ!?」
その提案が言い切る前にレインは
牙の口を手で塞ぎながら
涙目でこちらを見ながら
慌てて提案を拒否した。
「そ!そんなこと認めるわけないじゃろ!
もしなんかと会ったらどうするつもりじゃ!
それにバックアップは大切じゃぞ!」
なんかに会うって言われてもなぁ。
探しているんだから会った方がいいだろ。
牙はレインの慌てっぷりを見ながら
子供でも分かる一つの仮説を
立て
聞いて確かめてみた。
「もしかしてだけどさ、レイン。
幽霊とかダメなやつ?」
図星を付かれたような反応が一瞬出ていたが
恐らく今までのカリスマ性を
そのままにしたかったのだろう。
「そ!そんなわけないじゃろ!
幽霊なんか何度も死を目の当たりしておる
儂等吸血鬼にとってそんなもの...」
「あっ。足のない薄く見える矢の刺さった老人がいる。」
「ヒャァァァァァァ!?」
抗議しているレインの言葉を遮り
試しに
幽霊と言えばみたいな形相
を思い浮かべ言ってみた所を見ると
相当な怖がりのようだ。
「ほら。やっぱり怖いんじゃん。
認めろよw大丈夫だって
折鶴に言わねぇからよwww」
笑いを抑えきれずに
にやけながらレインをからかっていると
レインも流石に怒ったみたいで
「儂にだって怖いものくらいあるわ!
いい加減にしないとお主の
口をその通りに引きちぎるぞ。」
そんな脅しを食らった牙は
すぐに元の状態に戻って
探索を続けたのだが
「なぁ。あの少女ってなん...」
普通に見つけた白い服を着た少女
をレインに聞こうとしたのだが
この状況だとそれは驚かすための
嘘にしか聞こえないせいで
早とちりしたレインは牙の口を
ちぎった。
「やめろと言うのが聞こえんかったのか!
二度目はなしじゃ!」
そう言われ引きちぎられた口に
痛みを感じながからも
再生すると同時に
事実を伝えた。
「いや。冗談とかそう言う話じゃねえよ!
あっち見てみろよ!」
そう言いながらさっき見た方向に指を
指すと確かにそこには少女がいた。
その隣で怯えながらみたレインは
顔を青ざめながら
失神しているかの勢いで倒れた。
その少女は白い服を着ていた。
どこからどう見ても普通の女の子だった。
レインも冷静になると
すぐにその女の子の場所へと
行って話を聞くことにした。
「お嬢ちゃん。こんな所にいると危ないよ。
早くこの町から出た方がいいよ。」
牙はそう言いながら手を引っ張って
町の外へ連れていこうとしたのだが
その少女は
その場から動かなかった。
「どうしたんだ?そっちに何かあるのか?」
その少女は二人が向かう方向とは逆を
指していた。
そしてその少女は手を振り払い
その方向へと走っていった。
「あっ!そっちは危ないよ!
戻ってき...」
そう言いながら追いかける頃には
霧に飲まれ
姿を見失ってしまった。
「お前様よ。何をしておるのじゃ。
早く追うぞ。」
牙は一時的ではあるがその場から動こうとはしなかった。
少し気になる事があって
考えていたのだ
あの少女の手は
明らかに熱がなかった。
その事実から推測を立て考え込んでいたため
レインの声に反応するのに少し遅れた。
「ああ。すぐに探そう。」
そしてその少女を追いながら
町の中心部へと走っていった。
しばらく走ると
さっきの少女が石像の前にいた。
「お前様よ!さっきの童じゃ!
今度こそ捕まえてこの場から離れさせるぞ!」
レインの言葉を聞くと同時に
足のスピードを上げて
少女の近くへと走っていったのだが
その少女は石像の前でなにかを触っている
行動をとると
その石像が突然横にずれて
動いた石像の下には地下へと続く階段があった。
「マジかよ。こんなもんがこの町にあるとか
もう普通だとは思えねぇーな。」
そして二人は少し考えながらも
その階段を降りていった。
「もしかしてだけど俺達をどこかに
招いているのか?
つーか誰がこんな趣味の悪いもん作ったんだ?」
前に来た時にはそんな町だとは正直
思ってもいなかったので
少し驚いていたところで
急いでいるような口調でレインが
話しかけてきた。
「ここで止まっておっても仕方ないじゃろ。
さっさと行くぞ。」
階段は相当地下にあり
相当昔のものだと予想がつくほど
寂れていた。
そしてその階段を降りきった先にはさっきの少女はいなかった。
その地下室は
小さく
とても寒い所だった。
一本道の通路の横には
牢屋があった。
「お前様よ。儂気づいたぞ。
あの童。人間では無いな。」
レインが震えながら
か細い声でこちらに結論を出したところで
それを無視していた牙は一番奥の牢屋の中にある死体に気づいた。
その死体の周りには
食料と呼べるものはなかった。
そしてもう肉はなく
屍のみ残っていた。
牙はその光景を見ながら少し
固まっていた。
言葉が出なかった。
「恐らく、相当前の死体じゃろう。
食料の痕跡すらもないということは
餓死の可能性が高いのう。」
いつの間にか復活していたレインの声が
後ろから聞こえると同時に
正常に戻った。
牙はそしてその予想に返答した。
「そうだな。さっきの女の子の幽霊が
何故こっちに呼んだのかは
分からないが
とりあえず町を...何してんだ?」
その後の事を話そうとしている
時に後ろにいるレインは耳を塞ぎながら
蹲っていた
恐らく、幽霊という言葉に反応したのだろう。
そんなレインを放っておいて
そのまま町の探索に戻った。
しばらく町を歩いていると
レインがなにかに気付いた。
「囲まれておるのう。
この気配は人間では無い、正確には
死体じゃな。」
そう言われた時にはもう
周りには大勢の人に囲まれていた。
「こいつらは敵として認めてもいいんだよな。」
その承認を得る前に
人の形をした傀儡は
二人を襲ってきた。
「とりあえず気になることが多いが
此奴等の相手が先じゃ!
お前様は儂の反対を頼む!」
そう言われ、背中を向け合う二人に
百はいるであろう傀儡達は
殴り掛かってきた。
その大勢の傀儡を掴んでは
投げては飛ばしたりと
なぎ倒しにするが
効果が無いのか
起き上がっては向かってくるため
消耗戦となった。
「レイン!これじゃ埒が明かない!
解呪術で一気に決めるぞ!」
レインはその声に反応したようでこちらに
視線だけを向けて叫んだ。
「折鶴!儂等は此奴等を一掃する為に
少し隙ができる!
その間の此奴等を止めて置いてくれ!」
その声を何処から聞いたのか
二人の周りには広範囲の影が
出ていた。
その影は傀儡達を
縛りながらその場に留めていた。
その状況の隙を突いて
何が何だか分からない牙にレインは
説明した。
「この量の解呪は相当骨が折れる!
だから儂一人のでは無理じゃ!
だから今から儂が解呪の術式を組む!
そしてお前様はアルカードを
呼び出してさえくれれば
後は彼奴が知っておる!」
そう言われながら
レインは術式を組み始めた。
「この世に蔓延る
優しき魑魅魍魎の類よ。
この世に縛られし
悲しき魂を
安寧へと導け。
今じゃ!」
そう叫ばれた瞬間に
自分の喉の頚動脈を手刀で
裂いた。
少し前に知った事だがこれがアルカードと
牙を入れ替えるトリガーらしい。
その瞬間牙以外の時間は
止まった。
そして自分の意識の中にある存在が
現れた。
「久しぶりだなぁ。
前に会ったのは半月前だったか?
お前が餓死しそうになった時のよ。」
若い声で
かなり親しい感じで話してくる
奴は
「あぁ、そうだよ。
久しぶりだな。アルカード。」
恐らく初めて全体像を見ただろう。
全体的に
若い。
身長は牙と同じくらいの
180cm位だろう
少し長髪で
牙にそっくりだった。
今までは体を気絶したり
無意識に出てきたため
自分から呼ぶのは初めてだった。
「大体理解はしているよな。
ということで時間が無いんだ。頼む。」
自分の意識外から見ているらしく
アルカードは今の状況を
知っているので
説明は省いた。
「別にいいけどよ。
この術式は結構力を使うから
お前の体に負担はでかいからな。」
そんなことは承知の上だった。
それを承諾するように
小さく頷き
「分かったよ。やってやるよ。
相も変わらずお人好しだな。
お前も、俺も。」
その瞬間牙の意識は途切れた。
アルカードと牙の会話は
現実の経過時間では
1秒以下になっている。
そして
レインが組んだ術式に
牙の体を借りたアルカードは
両手を付けて唱えた。
「久しぶりのシャバの空気だが
濁ってんな。
おっと。そんなこと言ってられねぇな。
いくか。
死ノ世界カラ主ヲ呼ブ
死ヲ司ル神ヨ
今コノ場ニ顕現セヨ。
死神降臨。」
その瞬間に
レインが組んだ術式から
骸骨に黒いローブを纏い
鎌を持った死神が現れた。
「死滅」
アルカードがそう唱えた瞬間に
死神は周りに一振り、鎌を振った。
その瞬間に死体の傀儡は
動かなくなった。
そしてその死神は消え
レインは感嘆するように
話しかけた。
「相変わらず凄い力じゃのう。
アルカード。」
「お前が組んだ術式だろうレイン。
凄いのはお前の方だよ。
それより、もう憑代が持たなそうだな。
多分こいつは暫く寝るだろうから
頼んだぞ。」
そう言いながら消えてった意識を
見送ったレインは
折鶴に伝えた。
「折鶴。
一旦そっちに戻って作戦会議じゃ。
転送頼むぞ。」
そう言い
牙を抱えその場を一旦去っていった。